2章の4 ちょっと薄情すぎなんじゃ
「生徒会副会長のマヤです。これから今年度前期の生徒総会を始めます」
役員4人(シークレット含む)は、ステージ脇の長机に陣取り、マヤはマイクを使って議事を進行した。カニ書記長(中身スシ)は議事録を取り、その隣のクロハ会長(中身オロネ)は、クロハ本人がいかにもするような仕草を交えて、運動部・文化部の部長がステージ演台で活動報告をするのを聞いていた。オロネ書記次長(中身カニ)は、ステージ上の部長が交代するたびに演台のマイクの角度を調節したりする、裏方をこなしていた。
会場の空気が不穏な割には、議事は滞りなく進んだ。
(マ・ヤ・さ・ん・、・わ・り・と・ス・ム・ー・ズ・で・す・ね)
(ス・シ・く・ん・こ・れ・か・ら・で・す・よ)
カニ書記長(中身スシ)とマヤは、私語をするわけにいかず、紙に筆跡を残すのも何かと危険なので、背中に指で文字を書き合って通信していた。
「えー、野球部キャプテンのチキです。今年こそ甲子園に行きたいです」
(カニ書記長(中身スシ)ですけど、そうですか、頑張ってください)
カニ書記長(中身スシ)は議事録にシャープペンシルを走らせながら、心の中で部長の発言にツッコミを入れていた。自分はやっぱりツッコミ気質だと思った。
しかしカニそのものがツッコミ気質でないなら、化身としてどうするのが正しいのか。ツッコミたくなっても心の中に留めて我慢か。それともカニの芸風に合わせたツッコミにアレンジして言うか。アレンジするにしても、カニがいつ誰にどういうツッコミをするか覚えないと難しいんじゃないかとか、いろいろ考えた。
カニ書記長(中身スシ)は「今回のように資料冊子を会場で配ると、総会の間じゅう生徒全員の手元にあるわけだ。事前に教室で配っておけば、会場まで持ってこない連中も多いだろうし、質問を考えるどころではないだろうから、その方が執行部にとって有利だったんじゃないか」と思った。
ステージ上では、各部長の前年度の活動実績や大会成績などの報告が続いている。
(あれ?)
スシは、各部の報告が妙なことになっているのに気づいた。
(やたらディテールが細かいような・・・)
そうなのだ。
「演劇部長のホキです。女子ですが男子の役をやっています。宝塚でいう男役です。演劇部は泥縄第二高校において戦後まもなく発足し、幾多の苦難の歴史を・・・」
(ああ、この人も泥縄第二カミセブンだっけ。でも苦難の歴史はどうでもいいから、今を生きる、きみたちの話だけしてほしい)
「柔道部キャプテンのキハです。柔道にはいろんな技があります。生徒会書記長のカニくんの調査によると、柔道マンガで使われる技のベスト3は①背負い投げ②内股③小内刈り、となっています。技は劇中で技名がセリフなどの文字で説明されたものに限定、練習試合や乱取りも含み、成功失敗は問わないとのことです。見栄えがする背負い投げが1位というのは、うなずけるところです」
(あれ? スシは思うけど、カニくんのこの調査って、柔道マンガを3作くらい調べようとして、やってみたら大変だったので1作に絞って、しかもコミックス版全30巻のうち10巻までで挫折したやつじゃなかった?)
カニ書記長(中身スシ)は、離れたところにいたオロネ書記次長(中身カニ)と、目が合った。オロネ書記次長(中身カニ)は「むう」という顔をした。本物のオロネだったら、こういう場面でまずしない顔だ。
隣にいたマヤが、紙を机の上にスッと滑らせて、カニ書記長(中身スシ)にパスした。
(なに、マヤさん、この紙。あ、カニくんの調査説明資料か。なになに、『最初の10巻くらい調べれば統計学的には全巻調査とそう変わらない結果になると思いきや、柔道部キャプテンのキハくんに結果を聞かれたあとに念のため11巻から20巻までを調べたら、①背負い投げ②内股は変わらないけど、③は大外刈りになっていました』・・・。カニくん、結局、30巻全部は調査してないのか。なになに、『それでもダントツ多いのは背負い投げだから、出す技に困ったらデータ的には背負い投げがおすすめ』か。はいはい、わかった、わかった。でも、マヤさん、よくこんな紙持ってたね)
ステージ上の部長たちの活動報告は、話が弾んで長くなっているというより、やむにやまれず、ひねり出すようにして話を続け、結果的に極端につまらない話になっている様子だった。会場も異変に気づいた様子で、ざわつき始めた。
(ひょっとして、昨日の部長会議で予算総額に限りがあるのがわかって、みんな自分のところだけは削られまいとアピールするために、一生懸命話を長くしているんだろうか?)
どうやらその通りだった。
(まずいな。総会のスケジュールが押してしまう)
当初の予定では、化身を交代してセカンドターンに移行する午後2時半というのは、会長が生徒会活動目標の話をするあたり。会長はステージの演台に固定されていて、リハーサル通りに交代するにはうってつけとなるはずだった。しかしこのまま部活報告が押していくと、会長のステージへの出入り時間帯に、化身交代が引っかかる懸念がでてきた。カニ書記長(中身スシ)は、隣に座っているマヤと背中文字通信を再開した。
(ま・や・さ・ん・、・お・し・て・ま・す)
(そ・う・で・す・ね)
(け・し・ん・の・さ・く・せ・ん・へ・ん・こ・う・は・?)
(う・ご・か・す・と・か・え・っ・て・き・け・ん・で・す)
多少の混乱要因で安易にスケジュールを変えない方がいいというマヤに、カニ書記長(中身スシ)は芯の強さを見た。
(おお)
カニ書記長(中身スシ)がステージに目をやると、新聞部長キラが上がるところだった。カニ書記長(中身スシ)が「ああ、キラさんの番か」と資料冊子に目を落とし、注意をステージ上からそらしたとき、キラがマイクに向かって発言した。
「新聞部長のキラです。活動報告ということではないですが、この場を借りて指摘したいことがあります。昨日の部長会議で生徒会赤字予算についての議論がまとまらなかったので、生徒会長のクロハさんは、予算案の議決を次の臨時生徒総会へ先送りする方向性を示しました。それなのに、手元の資料冊子の総会プログラムによると、本日の総会で予算案の議決が行われていることになっています」
会場はざわついた。キラは、きのうのクロハ会長(中身マヤ)の発言と、総会プログラムの矛盾を突いてきたのだ。
カニ書記長(中身スシ)は漫然と「クロハ会長(中身オロネ)は、会長として説明しないといけないから、オロネさんは大変だなあ」と思った。
「キラ続けます。予算案の議決が実際どういう扱いになるのか、この総会のどの機会で説明されるのか。昨日の部長会議で議事記録を担当していた、書記長のカニくんにうかがいます」
「え」
カニ書記長(中身スシ)は顔面蒼白になった。キラにそう言われたら、とにかく何か反応しなければならない。時間的猶予もない。
(えー! カニ書記長(中身スシ)として話すの、もっと慣れてからと言われたのに!)
スシ本人としてなら立ち上がって頭をかけばそれで済むが、カニ書記長(中身スシ)がそんなふうに機能停止するところを見せてはいけない。しかしどう答えるかも、まとまらない。
隣に座っていたマヤが、おろおろしているカニ書記長(中身スシ)に資料冊子を持たせ、役員席近くのスタンドマイクの方へ行くよう促した。
(おっ)
マヤはカニ書記長(中身スシ)の背中を左手で押しながら、添えた右手の人差し指で背中に字を書いた。
(ろ? いや数字の3? ・・・。 そうか!)
カニ書記長(中身スシ)は急におどおどしたところがなくなり、普通レベルにまで復活。マイクの前に移動して落ち着いた様子で資料冊子をめくり、キラに答えた。
「生徒の皆さんもご一緒に、お手元の総会資料冊子の議案3のページをご覧ください。えー、議案3のページ。えーっと、・・・。そうですね、今年度生徒会予算案採決の扱いの説明は、議案3の『今年度生徒会予算案』まで進行したところで行います」
「キラですが、わかりました」
「この総会資料は部長会議よりも前に印刷が始まっていたもののため、修正が間に合いませんでした。混乱を招いたことをおわびします」
「わかりました」
キラは簡単に引き下がり、ステージを後にした。
カニ書記長(中身スシ)は、てっきり自分だけは話す出番がないものと思っていたので焦ったが、マヤのフォローでなんとか事なきを得た。付け加えた「おわび」部分は自身のオリジナルだったので、それがうまくいったことでうれしさで表情がゆるんだ。席に戻り、マヤに小さく会釈をした。
会場は引き続きザワザワしていた。ささやきが周囲に漏れないようなのを見計らって、マヤがカニ書記長(中身スシ)に小声で呼びかけた。
「ひそひそ、カニ書記長(中身スシ)、ぎくしゃくしてます。もっと普通でいいですよ?」
カニ書記長(中身スシ)は、そう言われてもどうしようもなく、ただ愛想笑いをした。
(あれ? こうやって笑うのはカニくんっぽいなあ。ひょっとしてカニくんがこんなふうに笑う時は、意外と余裕がない時なのかな?)
カニの心の内側を、自分のふとした行動によって知る。合っているかは別として、カニ書記長(中身スシ)は化身上達の糸口を一つ、つかんだ思いだった。
カニ書記長(中身スシ)は、自分の発言機会が終わったあと、キラの質問の意図を考えた。
(キラさんは、生徒総会で予算案の採決をしない方向なのを知っている。だからキラさん個人としては総会の場で重ねて執行部が説明しなくても損はしない。それでもあえて総会資料と矛盾していることを指摘してくれたのは、一般生徒の混乱をそのままにして進めないように、こっちに働きかけてくれたんだな・・・)
確かに、役員が一般生徒への説明の必要性に気付かず議事を進めてしまったら、一般生徒は反発しかねない。質問の形を取って、一般生徒にも昨日の確認事項を説明するよう誘導してくれたキラ。
(キラさんは、煙たいけどありがたい人なのかもしれないな)
カニ書記長(中身スシ)は感服すると同時に、化身の秘密を保つ上でキラが油断ならない相手であるという思いも強くした。
各部の活動報告は、その後も延びに延びてだらだらと時間を費やした。
総会の終了がたとえ予定時刻を過ぎても、放課後に食い込むだけなのでそう問題はないが、カニ書記長(中身スシ)の脳裏には不安がよぎった。
(役員の化身の交代はきっちり2時半と決められている。オレは変更なしだからいいけど、総会が押すと、各役員の位置が予定と違ってきて、化身をするにも入れ替わるふたりの距離が遠くなってしまう)
カニ書記長(中身スシ)の心配をよそに、総会はいよいよ議案3「今年度生徒会予算案」まで進んだ。
カニ書記長(中身スシ)はキラの質問に対する回答で、議案3で赤字予算案採決先送り提案の説明をすると言った。しかし実は、生徒に配布した資料冊子には、赤字のままの予算案がいけしゃあしゃあと記載されているだけで、採決見送り提案には全く触れられていない。
つまり「赤字予算案採決先送り提案は、各自で冊子に目を通して理解してください」では済ませられず、必ず言葉で説明しなくてはいけない。
カニ書記長(中身スシ)があらためて資料冊子の議案3のところに目をやると、この部分の説明をするのは「カニ書記長」と書いてあった。
(え? カニ書記長? って、つまり今化身しているオレが説明するんかい! 発言機会ないから通しで頑張って、じゃなかったの?)
ワイヤレスマイクを持って歩き回っていたオロネ書記次長(中身カニ)が、カニ書記長(中身スシ)に向かって「ゴメン」のポーズをした。
カニ書記長(中身スシ)が隣を向くと、マヤの唇が「た」「の」「み」「ま」「す」と動いたように見えた。ゆっくりめで、かなり艶めかしかったが、カニ書記長(中身スシ)にはそれをうれしがっている余裕はなかった。
もちろんカニ書記長(中身スシ)は、マヤを困らせたくもなかった。
「副会長のマヤです。続きまして、議案3、今年度生徒会活動予算案について。説明はカニ書記長(中身スシ)にお願いします」
念のため再度断っておくが、マヤのセリフのうち「(中身スシ)」の部分は、一般生徒に聞こえないことになっている。
再び顔面蒼白になったカニ書記長(中身スシ)は、ぎっくらぎっくらした動きで、どうにかステージ上にたどり着いた。
「えー。えー・・・」
カニ書記長(中身スシ)がなかなか話を始めないので、生徒がブーイングを始めた。カニ書記長(中身スシ)は脂汗を流した。カニ書記長(中身スシ)が救いを求めて役員席を見ると、マヤ、クロハ会長(中身オロネ)、オロネ書記次長(中身カニ)がそろって右手の親指を立てて、下向きに振っている。
(何それ、コロス? そんなあ。みんな、ちょっと薄情すぎなんじゃ・・・)
と、そこでカニ書記長(中身スシ)は、ステージ上の演台の上に、資料冊子とは別に、説明に使う原稿が仕込んであるのに気づいた。
(ああ、下を見ろ、だったのね)




