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ドリームワールド

作者: yoshina

 時は二千五百年。

 国も世界も全てが無くなった「夢」の時代――










***********************************************************************





 私はゆっくりと目を開けた。

 目前に広がるのは真っ白な空間。

 純白の中に、私は色んな管をくっつけながら体を起こした。

 白いベッドが少しだけ軋んだ。


「……なんだ、もう”夢”なんだ」


 目をこすり、欠伸をする。

 そう、これは『夢』。

 目を開けたこの瞬間から私は夢の中に居る。

 音も色も何も無い。

 

「今日の夢は短めにしとかないとね」


 さっきまでいた『現実』の中で、中学校で出された宿題はとても難しそうだった。

 隣の席のユイと一緒に、明日早めに学校に行って解くことを約束した。

 だからこの夢は、早めに切り上げないといけない。


「そうだ、お母さんにも頼んでおかないと」


 私は早く起こしてもらえるように、枕元に置いた携帯電話を手に取った。

 アドレス帳からお母さんを選んで、「明日六時半に起こして」とメールを送ることにする。

 友達の間でも有名な超高速親指使いで一分と立たずに内容を打つ。

 ついでに顔文字で「オ願ぃ(>人<)」というタイトルをつけて送信。

 これでよし。

 きっと今私と同じようにお母さんも夢の中に居るだろうけど、私より起きるのは早い。

 このメールに気付いて、六時半に私を夢から現実へと呼び戻してくれるだろう。

 明日の準備も整ったので、今度はベッドの側の小さな引き出しからカプセル剤を取り出す。

 これを飲まないと私達は一日持たないのだ。

 現実の中で生きるための栄養剤だと、小さい頃この夢の中で誰かに教えてもらった。

 その誰かは、今でも知らない。

 ただ、安全安心をモットーに皆の夢を守る人だと聞いている。

 よくわからないけど、多分公務員みたいな人たちなんだと私は勝手に思っていた。

 夢の中でも働くなんて、大変よね。

 取りとめも無いことを考えながら、カプセルを二つ飲み込む。

 無味無臭なので、喉元をするっと通っても違和感は無かった。

 その後、すぐに頭がふわふわした良い気持ちになる。

 天にも昇るっていうのかしら。

 とにかく全ての神経が麻痺するような軽い体になって、もう一度ベッドに沈んだ。

 このままお母さんが起こしてくれるまで夢の中に居ることにする。

 明日の朝ごはんは何だろうな……











「そんな想像だけの物に想像するなんて、無駄にもほどがある」








 突然、聞いたことの無い子供の声が頭の中に飛び込んできた。

 麻痺していた私の感覚は望まない形で戻ってしまった。


「だ、誰!?」


 思わず飛び起きて叫ぶ。

 視線の先には何も無い。

 だけど、声のした方向を思い出し顔を恐る恐る上げていく。

 そして、昔ここで会った「誰か」とは違う誰かを初めて目にした。

 なんと私の視線のはるか上に、男の子が浮いていたのだ。


「ナンバー555-555-5555、か。良い番号を持っているなお前」


 黒いパンツのポケットに両手を突っ込んだ小学校中学年くらいの少年が、口角を右に面白げに上げていた。

 下から見上げるだけだったが、皮肉っぽい笑みをしたのは雰囲気でわかった。

 その表情があまりにも子供には見えなくて、私は事態を飲み込む前に、呆然としたまま口をあんぐりと開けた。


「その間抜け面も面白いな。気に入った」

「ま、間抜け?」


 ひとまず引っかかった言葉だけを繰り返す。

 何なのだ、この少年は。

 人様の夢に勝手に入ってくるなんて。


「ああ、俺はリリー。女みたいな名前だけどな」


 私の心を読んだかのように名乗られて、一瞬どきりとする。


「俺は人の考えを読めるんだよ」


 また、少年は読んだ。

 くるんと私の頭上で一回転した後、リリーと名乗った彼はベッドの側へすとんと降り立った。

 私は何も言えなくなっていて、穴が空くほどその様子を見つめるしかない。

 ベッドの上に居る自分よりも、彼は少しだけ視線の下に居る。

 真っ黒なショートヘアに天使の輪が出来てるのが見えた。


「さて、お前。さっき朝ごはんは何かと思っていたな」


 自分より低いのに、何故か見下ろしているような感じで彼は言う。

 その威圧的な態度に、私は気圧されてこくこくと頷いた。

 そして、彼が先ほど浮きながら言い放った言葉を思い出す。

 ”そんな想像だけの物に想像するなんて”

 この意味は一体……?


「そのままの意味だ。お前が食べると思っている朝ごはんはただの”夢”だ。家族も友達も学校も全て夢に過ぎない」


 文脈自体は合っていそうだったが、その単語一つ一つが前後の単語と組み合わせられなくて、私は戸惑った。

 何言っているのこの子は。

 寝言でも言ってるのかしら。


「そういえばヘブンズドアを飲んでいるんだったな。すぐに理解出来ないのは仕方ないか」


 彼はため息をついて、再び浮いたかと思うと引き出しの上に腰を下ろした。

 今度は私よりも頭一つ分彼が上に居る。

 ちょっとそれ、私の引き出しだって。


「固いこと言うな。本当の現実に出たらもっと色んな引き出しがある。そんなダサい白のやつじゃなくってな」


 意味はわからないが、何となくむっときて睨みつける。

 それを全然怖がらず、余計に彼は面白そうに目を細めた。


「やはり面白い。ここから出たらもっとお前は面白くなりそうだな」

「いい加減にしなさいよあんた。さっきから一体何わけのわからないことを言っているの? 何様のつもり?」


 流石に我慢しきれなくなって、強めに言い返す。

 でも彼は、もう一度ため息をついて哀れみを含んだ眼を返してきた。


「じゃあお前は、”現実”で一体どんな身分に居るのか知っているのか?」


 また意味のわからない問いかけをされて、私はたじろいだ。

 身分も何も、私は私だ。中学生のヨミだ。四人家族の長女だ。

 それ以外に何があるって言うの。


「ナンバー555-555-5555。それがお前の番号だ。奴隷には名前すらつけられない」


「――え?」


 奴隷って、学校の世界史で習ったあの奴隷?


「何変なことを」

「変なのはこの世界さ。千年ほど前、地球の資源が底をつきかけた時、お偉いさん達は資源を独り占めするために下々の人間達を永遠の夢に閉じ込めた。夢の中で生きていると信じ、現実の中で眠っていると信じ込む奴隷を作ったんだ」

「そんなの歴史の授業で習ってないわ」

「それは当然だ。お前の受けている授業は夢だからな」


 何かがおかしい。

 私は彼との間にある意見のずれに、何故か耐えられなくなってきた。


「嘘よ! だって私には家族も居るし友達も居るし、明日の宿題だってある!」

「でも今ここ、現実にそれらは無いだろ? お前はただベッドの上でラリッてるだけだ」

「……わからないわ。あんたの言ってること。夢みたい」 


 私は自分の言葉ではっとした。

 ああ、そうなんだ。

 これは夢なんだ。

 いつもと同じ夢。

 眼が覚めたら、いつものようにおはようって……


「眼を覚ませ!」


 突然、リリーが私に向かって怒鳴った。

 反射的に肩がびくりと上下した。 


「お前は現実世界の中で奴隷になっているんだ。お前が信じたくなくても、ここが現実。家族や友達の居るお前の夢は、国の極秘機関が作り出した架空世界に過ぎない」


 彼はそう言うと、腰をかがめて足元にある引き出しの一部から、私のカプセル剤を取り出した。


「このヘブンズドアによって夢を操られている。想像の物体を想像の中で消費するだけの奴隷にされているんだ」


 掌の中で、カプセルは握りつぶされた。

 とろりと、粘っこい透明の液体が彼の指の隙間から滴り落ちる。


「奴隷は生きることによって発生する熱を、現実世界の人間によって搾取されている。資源がほとんど無い今、人間の熱が唯一のエネルギーなのさ。お前ら奴隷は生きること自体が虐げられていることになるんだぜ」


 ひどいもんだろ?

 リリーは粘つく右手を広げて私に見せてきた。


 この、彼の手の中でつぶされたそれが、私を奴隷にさせていたと言うの。


「そういうこと。そして俺は、そんな世界は気に食わない。お前も嫌だろ、結局現実では何も得ないまま死んでいく人生なんて」


 私は無意識に、彼と同じく自分の手も広げていた。

 ベッドの上で、両手を見つめる。

 彼の言うとおり、この世界こそが現実だとするならば、この手には今何も無い。

 

「……そんなの、嫌だわ」


 私の言葉に、彼は満足そうに不敵な笑みを浮かべた。

 引き出しを蹴って、ふわりと私の目の前にやってくる。


「ここからお前を出してやる。その代わり俺と一緒にこの世界を壊せ」


 黒目の中に、赤く光る何かを湛えたリリーがすっと手を差し出す。


 私は誘われるままに、その手を取った。

 白いパジャマごと、私も浮いた。

 腕にまとわり付いていた幾多の管がぱらぱらと外れる。

 ごめんねユイ。

 明日の約束守れなくて。

 そんな私の思いを読み取ったのか、リリーはぐっと合わさった手に力を込めた。


「この部屋を出たら、夢のような現実が待っている。何せ、人が浮ける世界だからな」


 そして彼は笑って、手を繋いだままより高く飛び立つ。

 何も無い空間だと思っていた”夢”の部屋は、私が出るのを拒否するかのようにバチバチと電流が流れるような音がした。

 しかし気にせずどんどん上へと昇っていくリリーを見上げて、私はふと疑問に思ったことを口にする。


「ねえ、どうして私を誘ったの? 他にも奴隷はいたんでしょ?」


 彼は目線を前、いや上に向けたまま答える。


「ああ、世界の人口の十分の七は奴隷だ。俺の考えに賛同する奴らはいっぱいいただろうよ。――でも」


 そこで彼は私に振り返り、初めて子供らしい悪戯っ子のような表情を出した。





「俺、5っていう数字が一番好きなんだよね」








 


to be continued?




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