清濁併せ吞む幸せ
ここはとある神殿、ここで俺は勇者と一騎打ちをしていた。
正直言って今まで戦ってきた奴らと比べて弱い。
俺と戦った奴らの中には神様なんかもいたのでそれに比べるとどうも見劣りしてしまう。
白を基調とした金色の模様が描かれた鎧は既にいたるところが凹んでおり、綺麗な鎧が見る影もない。
唯一無事なものは何1つとしてない。
どうも彼が握っていた聖剣はパチモンだったらしく、もうとっくにへし折られてる。
そして今の俺は当然健在、切り傷どころか擦り傷1つもない。
元々全身鎧ではなく、限りなく服っぽい防具だったのも含めるとまるで剣を持っているだけの普通の人間だ。
勇者の後ろにはさまざな人々が見守っていたが、もう既にほとんどの人が勇者から目を背けてしまっている。
それは勇者として召喚した女神様もだ。
せっかくのイケメンが台無しになっている。
そして俺は右手の剣を勇者に向けながら言う。
「もういいか、俺にも予定があるんだが?」
「うる……さい、まだ……終わってない!!」
「根性だけは認めるけどさ、それ以上戦ったって無駄だろ?いい加減倒れろよ、俺はお前の生死なんてどうでもいいんだから」
初めからこの決闘に興味などなかった。
受けずに逃げたら俺の負けになってしまうので仕方なく出てきただけだ。
とうの昔にこいつへの興味などない。
それより早く帰って嫁とイチャイチャしたいんだが?
それでも勇者は立ち上がりながら折れた剣を持って俺に向ける。
必死の覚悟と言える表情だが、そんなものに心が傾く事など全くない。
とりあえず興味があるとすれば、それはこいつが立ち上がるのは何でだろうと言う部分だけだ。
「それでも、それでも取り戻さないといけないんだよ!僕の、僕の仲間を返せ!!」
「返せって、そりゃねぇだろ。あいつらは自分の意志で俺の元に来たんだ、それを返せと言われてもな……」
「自分の意志な訳があるか!!彼女は僕の彼女だったんだ!」
「そう思ってたのはお前だけだったってだけだ、それにお前もいろんな奴から女奪ってたんだろ?それが今回俺から奪われただけだ。お前自身言ってたろ?彼女達の意思で僕の所に来ただっけ?」
このイケメン勇者君はよくモテる。
町に住む可愛い女の子から、綺麗なお姫様で色んな女の子達にモテまくっていた男だ。
口説いた女の数だけ抱いていたらしいし、ショタっぽい顔してヤル事はしっかりヤってるんだから恐ろしい。
そんな顔にそぐわずヤル事はきっちりヤっている勇者様から、今度は俺が勇者パーティーの女子を奪っただけだ。
と言っても彼女からすれば肉体関係どころか恋愛関係ですらなく、あくまで仲間という感情しかなかったらしい。
そして彼女は言う。
あんな不誠実な男は嫌だと。
嫁となった女の子以外には手を出していないし、興味もない。
まぁ手を出さないって所は普通だと思うが。
「そんな訳があるか!きっと洗脳でもして側に居させてるんだろう!!」
「その辺はごめん。俺さ、お前みたいに器用貧乏じゃないから、戦闘一点特化型だから、そんな洗脳の技術なんて持ってない」
「じゃぁどうやって彼女を僕から奪った!!」
「お前が弱いだけだろ」
何て事のない様に言うと勇者の表情が曇る。
だが俺はろくに気にせず続ける。
「お前が弱いからあいつらは俺に乗り換え……でもないか。見限って俺の方に来ただけだろ。つまり男として俺に負けたって事だ」
それだけ言うと勇者は少し俯いたかと思うと震えていた。
泣いてんのかと思ったが、顔をあげると怒りの表情で折れた聖剣で俺に切りかかって来る。
「そんな訳があるか!僕が、僕が君に負けただと!?そんな訳がない!!君は下品で、適当で、女の子の事なんて全く気に掛けないじゃないか!!」
「それに関してはあいつに聞いてくれ。たまに何で俺を選んだのか聞いてもはぐらかせられるだけなんだよ」
これはいつか直接聞いてみたいと思っている事だ。
何故か嫁は笑って誤魔化すのだ、「自分で気付いてみて」っと。
確か俺は勇者の言うように品がある訳ではない。
いつも適当適当言ってぐだぐだと終わらせる。
あいつの事は確かに女子として見てなかったかも知れない。
でも、でもあいつ個人の事をちゃんと見ていたとは思う。
勇者の仲間ではなく、1人の相手として真正面から見ていたはずだ。
下心とかやましい感情で見ず、ちゃんと見ていたはずだ。
これは向こう側の受け取り方もあるので絶対とは言えないけど。
俺は右手に持った剣で勇者の剣をはじく。
向こうは殺しにかかっているつもりのようだが俺には届かない。
剣が折れているからではなく、身体的に、技量的に、心情的に、全て俺が上回っていただけの話だ。
だから俺には何も感じない。
余りにも実力差があり過ぎると何も感じない。
そして俺は勇者の剣をはじいて勇者の手から離させると腹部を強く蹴った。
鎧は凹み、勇者は何度もバウンドしながらようやく止まった。
俺は本当に面倒なのでいい加減帰りたい。
「なぁいい加減負けを認めてくれよ。実力差はどうやったって埋まらないだろ?」
「そんなの、やってみないと、分からない!」
「いやいやいや、どう見ても無理だろ。この状態で何が出来る?剣すらまともに握れないぐらい疲労も蓄積してるのに?ど~考えても無理ゲーだろ?」
「この世界は、ゲームじゃない!!だったら」
「ゲームじゃないから余計に無理なんだろ?」
そう言って俺は這いつくばる勇者を蹴り飛ばした。
勇者はギリシャっぽい柱にぶち当たって血を吐く。
そんな勇者に近付いてずっと思っていた事を聞いてみる。
「なぁ、どうしてそこまで頑張れるんだ?」
「どうしてって、当たり前だろ。みんな、僕に希望を託しているんだ。託された以上、負けるわけには」
「希望を託す?ただ面倒事を押し付けただけだろ?この世界の人間が異世界の住人である俺達を勝手に呼び出して希望を託す?そんな悪質な希望、俺はさっさと捨てさせてもらったよ」
「どう……して?」
「どうしてって、だって元からこの世界だけの問題だろ。それを勇者召喚だか何だかで勝手に呼び出されて元の世界に帰れません?ふざけんじゃねぇよ、そっちの勝手な都合で呼び出して後は知りませんとか勝手すぎるだろ」
俺の主張はそんなにおかしいものだろうか?
俺は勇者や彼女達の後に召喚せれたわけだが、あまりにも理不尽すぎると思った。
あっちが召喚したからこっちも召喚で応じようって時点で気に食わない。
こっちにはこっちの生活があったし、この世界の事なんぞ知ったこっちゃない。
だから俺はこの世界に召喚した奴に色々と要求を突き付けた。
この世界で生きる以上生活の保護に色々と馬鹿な俺でも必要な物があることぐらい分かる。
それを当然の主張として受け入れてくれたからこそ、召喚してくれた奴と今でも友好な関係を築いている。
でも頼みを聞くのは基本的に俺が納得できた時だけだ。
聞いて納得できない事には協力していない。
「俺にだって意思はある。何が良い事で何が悪い事かぐらい俺にだって分かる。でも悪い事と分かっていても、俺のやりたい事を実現させるには悪い事もしないといけなかった。ただそれだけだ」
「やりたい事って、何だ!」
「気に入った奴らと平穏に暮らす。端的に言えばそんな事だ」
「………………は?そんな、事のために、悪い事を」
「おいおい、こう言っちゃ悪いがこっちとしては正当防衛を主張させてもらうぞ。元々この戦争は正義側、から仕掛けた事だろ。俺が厄介になっている悪神とお前達が呼んでいる存在達を気に入らないと、お前の正妻、お前を召喚した女神様が癇癪を起こした結果だぞ。元々そっちから仕掛けられた戦争を、戦いたくないって理由だけで無条件降伏するほど貧弱な根性してないんだよ。そんな事も知らないのか?」
あくまで俺が聞いたのは俺を召喚した協力者達からだが、一応正義の味方側の中立を保っている神様達からも確認として聞いた。
彼ら曰く、正義を司る女神様は潔癖症であり、醜い者、汚い者を生まれた時から嫌っていた。
はっきり言うと俺の協力者達は変な見た目の連中が多い。
動物や昆虫の特徴を有した者だったり、人間の様な姿でも腕や指の数が多かったり少なかったりと様々な姿をしている。
そんな俺は彼らを醜いとは思わなかった。
むしろ外見的な醜さの分、その心は綺麗だと思ったほどだ。
確かに顔が複数あったり、イノシシの牙の様な物が長く、鋭く伸びているのには驚いたし怖かったが、別に嫌悪するほど醜いと思えなかった。
話してみれば気さくだったり、強そうな見た目なのに小心者だったり、無口で知識を集めるが好きな引きこもりだったり、正直俺としてはだが、あまり人間とそう変わりないのでは?と思ってしまう。
確かに正義側の連中はみんな美少女や美少年ばかりだ。
でも何でだろう?あまり彼らが美しいと感じても、綺麗だとは感じられなかった。
矛盾しているのは自覚している。
ただ何だろう?彼らの綺麗は表面ばかりで、内面は綺麗だとは感じなかったと言えば分かってくれるだろうか?
言ってしまえば酷い傲慢とでも言えばいいのだろうか?
自分達は優れ、美しく、優雅であるとでも強く確信し、それ以外の者を見下している雰囲気がある。
それは人間に対してもだ。
一応おもて面では勇者は正義の女神の彼氏、何て言葉が飛び交っているそうだが俺はそうは思えない。
良く言っても使える部下、悪く言えば使える駒程度の感情しかないのでは?と思う事が多くある。
女神が勇者に対して恋愛関係での熱い視線って奴を見た事がない。
俺と勇者がこうして戦う時は何度かあったが、その時だって勇者を心配して声援の1つもない。
勝利を確信しているような雰囲気もあった。
それだけ信頼し合っているとも言えるのかも知れないが、俺は勇者ではなく別な事を考えていた、もしくは別な物を見ていた気がする。
「そんな事、1度も」
「どうせ聞いてないんだろ?その反応から察するに。つまりお前はただ周りに流されて勇者様(笑)をしてただけなんだよ。どうせ自分が正義の女神様に選ばれたから自分が正義の味方だと思ってたんだろ?そりゃ~都合がいい訳だ、何も考えず、ただ言われた事を流されてやってただけなんだから」
そう言うと勇者の目から心が折れかかっているのが分かる。
もうこりゃ戦いにすらならないだろうなと思い、女神に言い寄ろうとした時、頭に衝撃が走った。
振り返ってみると子供が何かを投げた状態で肩を上下させている。
そして俺は足元を見てみると小さな石が転がっていた。
その子供の母親なんだろうか、急いで子供に近付こうと人を掻き分けている。
でも子供は俺を睨んでいる。
子供ながらに俺を敵として見ている様だ。
そして泣きそうな顔をしながら子供は言った。
「勇者様をイジメるな!!」
子供はどうやら俺が勇者を虐めている様に見えたらしい。
母親が子供の所にたどり着くと、怯えた様に俺を見てから子供を抱きかかえて逃げようとする。
「待て」
子供が母親の腕の中で暴れているのを見ながら母親を止める。
母親は殺されるとでも思ったのか硬い表情で俺を見る。
そうしている間に子供は母親の腕の中から逃げ出し、再び俺を睨む。
俺は子供の目線合わせてしゃがんでから聞く。
「おい坊主、どうして俺に石を投げた?」
「だって勇者様をイジメるから!勇者様をイジメる奴は嫌いだ!!」
「でもこれは決闘だ。1対1の勝負だ。分かってるか?」
「分かってる!でも勇者様をイジメる奴は僕が倒すんだ!!」
「もう止めなさい!!」
主張する子供を母親が再び抱き上げて無理矢理後ろに下がっていく。
人込みで見えなくなってから俺つい、下を向いて笑ってしまう。
「く、くっくっく」
「何が、おかしい」
ようやく復活した勇者が聞いてくる。
そして俺は笑いながら言った。
「だってよ、だって子供が勇者を助けようとしたんだぜ?俺達どころか大人にだって簡単に負けちまうような未熟な子供が勇者を助けようとしたんだぜ。これが笑わずにいられるか?」
「そんなに子供が滑稽か?」
「違う違う、そうじゃない。子供が勇者を助けようとしてるのに、大人や神様は勇者を助けようとしないのがだよ!」
俺はさらに大声で笑いながら言う。
「だってよ!勇者がピンチだって時に、大人と神様は何もしない中でたった1人の子供が勇者を救おうとした!確かにこれは一騎打ちで邪魔しちゃいけない場面だ。でもあの子供はそんなくだらない事を無視して勇者を助けようとした!これは評価するべき事だ!!力がない存在が力ある存在を助けようとする、それが一体どれだけ大変な事だと思う?どれだけの力がいる?いや今回は力は関係ないか、ただその行動をするだけでどれだけの勇気がいると思う!?俺だってそんな事しようとすら思わねぇよ!だって格上なんだから!自分の力で乗り切れるだろ?ってのが当たり前だ!そんな当たり前を覆そうとしたあの子供には正当な評価が必要だ!だから俺は評価してやるよ、あの子は強い」
周りに対する皮肉ったセリフだと我ながら思う。
確かに勇者は一般時と比べればとても強い、文字通り格上と言うのが正しいだろう。
でもきっとどこかでどうにかできるだろうと言う期待もあったのだろう。
でも現実はそうじゃない。
勇者は本当にピンチで自分1人の力でこの状況を覆すことは出来ない。
そんな状況を変えようとしたのがさっきの子供1人。
誰もしない中で行動した子供はとてもヒーロー向きだと思う。
所詮自分でなければいいと思うのが人間だ。
この戦いがどれだけきつかろうと自分でなければ人のせいに出来る。
そんな怠惰な感情なんだろう。
一応勇者は立ち上がったが女神に聞いてみる。
「ところで決闘は続けるのか?これ以上やっても結果は変わらないと思うが」
「……勇者、あなたはまだ戦いますか?」
「まだ、戦えます!」
「では続行です」
うっわ、容赦ねーなあの女神。
でももうお終いだ。
俺の胸ポケットに入れてあるスマホから軽快な音楽が鳴る。
着信音だ。
戦闘中でも関係なく電話を繋げる。
「もしもし?こちら絶賛決闘中」
『そういうわりには戦っている音とか聞こえないけど?』
「小休憩中だ。それで準備終わった?」
『引っ越しの準備は終わったよ。いつでも行ける』
「そうか、それじゃ決闘は終わりだな」
「どういう事ですか」
勇者が聞いてくるので俺は丁寧に答える。
「なぁに、こんなくだらない決闘も戦争も、いい加減くだらなくてめんどくさかったから逃げるのさ」
「逃げる?魔界に?」
「もっと大規模な逃げだよ。俺達は逃げるぜ」
「それでは我々の勝利となりますがよろしいのですか?」
女神が聞いてくるので俺は頷いた。
「おーいいぞ。土地でも何でもくれてやる。だから二度と俺達を探そうとしないのならな」
「それはできません。悪神である者達を排除しなければ完全勝利とはなりません」
「おーこわ、それじゃ排除される前にとっとと逃げますか」
そして俺は転移される。
あらかじめ用意していた転移魔法だ。
それによって一瞬で嫁の元に帰る。
「ただいま」
「時間稼ぎお疲れ様。みんな準備出来てるよ」
そう言う嫁の後ろには大勢の悪神達が勢ぞろいしている。
いや、それだけじゃない。
中立を保っていた神々もだ。
今から俺たちはみんなで引っ越しをする。
「それにしても貴殿は本当に突拍子のない事をしでかすな」
「いいだろ悪神様、ご近所トラブルがどうしても解決できないときは、引っ越して幸せになっちまえばいいだけだ」
「その引っ越しがだ。まさか異世界に引っ越すなど誰が考えるものか」
そう、引っ越しとはこの世界から引っ越すのだ。
嫁と一緒に探し回った異世界で、まだ神様が生まれてすらいない異世界にみんなで引っ越すのだ。
そこでなら無駄な争いは生まれないだろうし、隅から隅まで調べたが精霊の類は居ても神と呼べる存在は生まれていない事は確認済みだ。
その世界にみんなで行く、全てを持って。
「でもこれで互いにハッピーエンドだ。オチとしてはかなり拍子抜けだけど」
「でも良いんじゃない?そんなオチがあっても」
嫁はくすくすと笑いながら言う。
ああ、やっぱりうちの嫁は最高だな。
流され勇者が拘る訳だ。
と言っても勇者には嫁が数えきれないほどいるんだろうけど。
「だが俺達も本当に付いて行っていいのか?確かに中立を守ってきたがそれだけだぞ」
「……うん。ちょっと罪悪感がある」
「そんなもん必要ありませんよ。みんな最初っから言いましたし、みなさん承諾しています。堂々と新天地に行きましょうよ」
「そうだぞ、我々も納得している。堂々としてていいのだ」
中立の神と仲が良かった悪神がそう言う。
そうそう、気にしなくていいの。
「そんじゃ面倒な正義に見つかる前に逃げるぞみんな!」
「ちょっと、三下みたいなセリフどうにかならない?」
「無理!所詮俺は世界を変える様な勇者様じゃないからな!三下ぐらいがちょうどいい!!」
こうして異世界への道を作り、みんなで異世界に逃げたのだった。
悪神や中立の神々が持っている権限を持ったまま。
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手っ取り早く言うと異世界に引っ越して20年近くは経った。
色々あったがなんだかんだで幸せに暮らしている。
嫁は……何故か増えた。
俺自身1人以上の嫁の相手は無理だと思っていたので全く手を出していなかったのだが……一部の女神様から何故か求婚された。
普通に既婚者なのでっと断ったのだが、嫁、今じゃ正妻様が認めてしまったのだからどうしようもない。
俺の考えは何か間違っていただろうか?
という事で今じゃ嫁が5人、正妻以外は神様だし1人と4柱?の方が正しいのかも知れない。
それから運よく子宝にも恵まれた。
みんな俺に似ずイケメン美少女様になったのは良かったと思う。
悪神の嫁も居たのだが何故か醜いと言う容姿ではなく、美しく育ったのでちょっとだけ疑問が残ったがあまり気にしていない。
というか醜いと言うほとんどが動物の特徴を持っている、と言う所だけだったので顔やスタイルは別に醜くなどないからそう思うだけかも知れない。
子供達も年頃になって恋愛だなんだで盛り上がっている。
息子達は俺の元で修業したりと色々しているので将来が楽しみだ。
それから前の世界、つまり召喚される前の世界にも帰る事が出来る様になった。
そこで父ちゃんと母ちゃんに殴られながらもおかえりを言ってくれたのはよく覚えている。
と言っても俺と正妻は人や動物を殺し過ぎたので、生活そのものはこっちの世界で暮らしている。
それに突然帰ってきた俺達に、パパラッチみたいなのが出てくるようにもなったのでそれが嫌だったと言うのもある。
今じゃ父ちゃん達も、お義父さん達もこっちで暮らしている。
向こうに居なくていいのかと本気度思ったが、本人達が孫に囲まれたいと言うのでは仕方がない。
それから俺の立ち位置も大分変化した。
俺はみんなの主神になっている。
………………本当にどうしてこうなったんだろう?
確かにこの場所は正妻と共に探し出して見つけましたよ。
確かに召喚魔法の改良によってみんな一気にこっち行ける様にしましたよ。
でもそれだけで俺がトップってどういう事だよ……
訳分からん。
と言っても基本的にみんな自由にさせているので、たまーに起こる喧嘩の仲裁程度でしか主神として働いてない。
ダメ神と言えばいい。
ニート神と言えばいい。
だから主神の座を捨てせて下さい!!
と言っても本当に何事も起こらないので子育てに集中できたのは良い事か。
みんな前の世界より生き生きとしているし、これで良かったんだろう。
たまーに向こうの世界、みんなが元々いた世界がどうなっているのか気になるが、どうなってるんだろうで毎度止まってしまうので特に深くは考えてはいない。
きっと向こうも醜い者と言っていた者がいなくなって清々しているだろう。
干渉しない事がお互いの平和につながるのなら、それでいいか。
―――――――――――――――――――――――――――
「そう思ってたのによ……何で来やがった。勇者」
そう、今俺の前には勇者がいる。
最後に別れた姿形のまま何故か俺を訪ねてきたのだ。
姿形だけではなく、鎧や聖剣も昔と何ら変わらない。
「……女神様からの命令です。悪神達を連れ戻せとの命令が僕の所に来ました」
「それに従う理由はない。俺達はあの世界から去った、それだけで十分だろ?」
「……でも、それ以外に原因が分からない」
「原因って何だよ、何か問題でもあったか?」
白々しく茶を飲みながら言う。
勇者が言う原因には心当たりがあるが、本当にその予想通りになっているのかは分からない。
だからまず、聞く必要がある。
勇者は茶を1口も飲まずに縮こまって言う。
「……まず夜がなくなりました、ずっと昼で太陽が落ちる事はなくなりました。それだけならよかったのですが、その、女性達が妊娠できなくなりました」
「ん?おかしいな、愛と繁栄の女神はそっちにいるだろ?体調不良か?」
「いえ健康体です。ですが妊娠できなくなりました。でも人口は減っていません」
「ふ~ん。でも爺さん婆さんは普通に死ぬだろうからそれもあとどれだけ続くか……」
「白々しく分からないようなふりは止めて下さい!!君が原因である事は分かっているんですよ!!」
立ち上がって剣先を俺に向けながら怒りで興奮しきった表情で言う。
俺はそんな無駄な行為に呆れる。
より深く1人用のソファーに身を任せると俺は言う。
「原因はお前達にある。俺は知らん」
「とぼけないで下さい!!これは全て、20年前に起こった!丁度君達が逃げた日とぴったり重なるんですよ!!それなのにとぼけるんですか!!」
「とぼけてねぇよ。逃げる原因はお前達が作ったんだ、それを俺達のせいにされても困る」
「あの時、あの時悪神達全員を殺せていれば!!」
「相変わらず考え方が古いし遅れてる。いい加減認めろよ、過剰な正義が招いた事態だって事ぐらいよ」
俺とみんなが逃げる時、みんなは自分の持つもの全てを持ってこの世界に逃げた。
その全ての中には当然悪神達が司っていたものも全てだ。
夜が来なくなったりしたのは夜を司る悪神がこの世界に来たから、つまり向こうの世界から夜という概念がなくなった。
それから妊娠する者がいなくなったのは生のバランスが崩れたからだろう。
悪神の中には死を司る者がいた、その死がなくなった事によりバランスが崩れて新たしい命が生まれなくなったんだろう。
そんな中、何故移り住んだ俺達は普通に過ごしているかというと、新しく生の神がいるからだ。
俺達がこの世界に来た当初、まず初めに行ったのは向こうに残った神々の司る者と同じ者を司る存在を生み出す事。
それがなければ世界のバランスはとれず、こっちでは夜だけの世界になっていたかもしれないからだ。
だがその心配は直ぐに消えた。
この世界に居た精霊達が生や昼を司る神になりうる存在が多くいたからだ。
その子達と仲良くなって成長させ、上手くバランスがとれるようになった。
だからこそ子供も出来たし、何不自由なく暮らしている訳だ。
だから追い出しただけの向こうの世界はバランスを崩し、歪な世界になったのだろう。
「僕達は何1つ悪い事はしていない!なのに何でだ!?何で僕達は苦しみ、君たちは笑っているんだ!!どうして勝者である僕達が苦しまないといけないんだ……」
結局勇者は崩れ落ちた。
おそらく勇者が前と変わらない姿なのは、死に向かわなくなったからだろう。
死という概念がなくなった今、不死の存在しかいないんだろう。
死という概念がなければ死ぬこともかなわない。
「そんなもん全部自業自得だ。醜いと言って追い出したもんがどれだけ大切なものだったのか、今さら気付いただけだろ。そして俺もみんなもこっちで幸せに暮らしてる。戻る理由がない。それに戻っても相変わらず傲慢な神々が勝手に見下すんだろ?そんな世界に行きたがるバカはいねぇよ。帰れ帰れ」
しっしと手を振りながら勇者を否定する。
これはあまりにも潔癖症な正義の女神が招いたとも言えるがそんな事どうでもいい。
「覆水盆に返らずって奴だろ。諦めな」
それだけ言って勇者をあの世界に戻した。
おそらく死ねないし、壊れないし、永遠の世界に居続けるだろう。
それがあの正義の女神と共に道を進む事を選んだ者としての使命なんだろう。