STORY6:願いの物語
私には何かを願う資格があるのだろうか?
私に誰かの為に何かを願う資格があるのだろうか?
私に自らが生き延びる為の願いを言う資格があるのだろうか?
(宮原雫。最後の質問だ。汝の願いは何だ?)
私の願い。そんなもの1つしかないに決まっている。私は姿の見えない声の主に答える為1歩前に出る。私がイズモと呼ばれる声の主に答えようとするのを折原さんは止めようとしてる。きっと、それはこの願いを叶えたら私はこの先も理不尽から逃れられないかも知れない。でも、私は構わない。ただ、折原さんには少し悪いかな。
「私の願いは・・・」
「――雫!」
折原さん、ごめんね。
「私の願いは多くの人たちと叶うなら私の平穏」
(ほお、平穏とな)
平穏を崩される苦しみは誰よりも知っている。それを私だけにするつもりはない。それはなんとなくではあるが私個人の願いだと絶対に叶わないと思った。
「私はただ平穏な時を過ごしたい。それ以外は何も望まない。表の世界での平穏のためなら私はこの世界ではどうとなっても良い」
(その願いは汝を苦しめるかも知れんぞ)
「私は別もうこれまでも十分に苦しんでる。それでも私があの世界で平和に居られるならそれで良い」
(その願いに汝以外も含む訳は?)
そんな決まっている。私は私1人だけの願いなんて絶対に許されない。なら、私の願いはついでで良い。
「私は多くを期待しない。ただ静かに生活出来るのならそれで良い」
(よかろう。汝の願い)
「ちょっと待ちなさい!」
折原夏菜が2人の会話に割って入る。
「折原さん?」
「イズモ貴方、まだ肝心なこと伝えてないじゃない」
「肝心な事?」
「私達住人は願いを叶えた代わりにそれ以上の代償を伴うの」
まあ無償の奇跡なんてもの自体があるはずないよね。
(知らぬが仏と言う事もあろう)
「ふざけないで!」
イズモの言う事に対し大きく反論する折原夏菜。雫は彼女のその顔を見てどうすれば良いのか分からない。
「私達この世界の住人は知っておかなくてはならない。奇跡の代償を。その重さを」
「重さって?」
「叶える願いの大きさによって支払う代償は大きく変わるの。雫、あなたの願いは簡単に背負えるほどのものじゃないのよ」
願いを叶えても結局別に何かに追われるだけか。でも、別にそれは構わない。ただ、平穏が、私が少しでもあのことから解放されるのであればそれ以外からの事は受け入れても良い。
「折原さん、私はあのことから解放されればそれで良いの。だから、他からの事は構わない」
「そんな簡単に決めないで」
「簡単じゃないよ」
折原夏菜は雫の言葉を聞いて言葉を詰まらせる。彼女にだって雫のこの決断が簡単な物でないことなど分かっている。雫が今の運命から解放されるには目の前に提示された条件が一生に一度の機会かも知れない。もう、2度と巡り合えない程の物だとしたら、縋りつくのは当然と言えよう。
しかし、折原夏菜にも雫を思うが故の懸念はあった。仮に、雫が表の世界で平穏を得られたとしてもそれがまた壊れる可能性だって十分に否定が出来ないのだ。願いがかなったとしても、その願いが長続きするとまでは言っていない。
雫が簡単じゃないと言ったのは、このような機会に巡り合うことも指していた。自分が理不尽から解放されるのは簡単じゃない。そう言う意味も含まれていた。
「それに、折原さんは私の為にここまで傷ついてしまった。私にそれを止められるのなら止めたいの。もう、私のせいで誰かが傷つくのを見たくないの」
「そのために雫が今以上の苦しみを味わうかもしれないのに?」
「私の決断で私自身が苦しむのならそれは別に構わないよ。だって私は今日この世界から消えようとしていたんだもん。ただ、その時間が少し伸びた程度に考えるよ」
何度も言うようだが、私は何も幸福を求めているのではない。ただ一時の平穏があれば良い。
「ねえ、イズモ」
(なんだ?)
「願いを叶えたところで私の過去が消える訳じゃないんでしょ?」
(残念だがな。それは出来ん)
ほら、私にだって平穏が長続きしない可能性を分かっていないわけではない。それは、私が忘れたころに、また、あの事が再燃すると言う事。その時私がまた耐えられるかは分からない。でも、今この状況が続けば私は間違いなく折れてしまう。
「それにね、私信じてるの」
「信じる?」
「うん、折原さんが私の事を守ってくれるって言ってくれたこと」
それは、雫が消えようとしていた時に折原夏菜が雫に掛けた言葉。雫は最初この言葉を拒絶した。だが、雫はその言葉が嬉しかった。
「ええ、私があなたを守る。だから、雫がこの世界に足を踏み入れる必要なんてないの」
再度雫を思いとどまらせるポイントを見つけた折原夏菜は雫を説得する。
「でも、誰かを頼ることも私にはきっと許されない」
「どうして、そこまで・・・」
どうしてそこまで自分を低くしていしまうのか?なぜ、自分は何も許されないと思ってしまうのか?折原夏菜はそう考える。雫がそう考えるまでに至ってしまったのは、この2年で世界が彼女の考え方を変えてしまったのだ。自分は何も許されないのだと。だから雫は言ったのだ。「自分は死ぬことさえ許されない」と。
(そろそろ時間だ。再度問おう。汝の願いは?)
「私の願いは多くの人や私の平穏。私だけじゃない、私以外にもきっと平穏を奪われた人は大勢い居る。その人たちにも平穏が訪れてほしい」
「イズモ、お願いだから止めて!」
折原夏菜の叫び声を最後に静寂が訪れる。その静寂が続いたのは僅かな事。しかし、雫と折原夏菜にはそれが長い時の様に感じた。
(汝の願い、確かに聞き入れた)
この言葉を最後にイズモの声が聞えることはなかった。そして、
「折原さん・・・」
私は折原さんに顔を向けた。私の事を全力で守ってくれて、そのために傷付いた折原さんをこれ以上1人で戦わせたくなかった。
「ごめんなさい」
折原さんは泣きながら私に謝って来た。
「ど、どうして折原さんが謝るの?」
「あなたをこの世界に引き入れてしまった。もう、あなたは一生消えない呪いを背負うのよ」
呪いか。もう、沢山背負って来たと思う。今ささ、1つや2つ増えたところで。
「あなたの叶えた願いは一見なんともないように見えて、実は大きな願いなのよ」
「大きな願い?」
私は今まで分かってなかった。何で折原さんが私に住人になることを頑なに引き留めようとしていたのか。それにはちゃんとした理由があった。
「あなたが叶えた平穏。それはあなた自身の定められた運命を大きく変えることの」
「うん」
「それは数多の願いの中で最も大きな願い。それを叶えるのは並たいていの事じゃないの」
裏世界に居る住人の中には今の自分の現状を変える願いを出した者も居る。但し、それはその人物の根底にある運命ではない。それ故現状を変える願いを出したとしても普通は問題ない。しかし、雫の場合は違った。雫は負と言う大きな運命が定められてしまっている。その理不尽、負と言うものから解放されるのは、大きな力を伴う。
「でも、願いは聞き入れられた」
「それは、私のせいよ」
折原夏菜の願い。それが雫の願いを叶えるのに一役買ってしまったのだ。
「私の願いは解放。私が雫を今の理不尽な運命から解放したいと願ったから結果的に雫の願いが聞き入れられたの」
「なら折原さんは私を守るって言う約束を果たしてくれてるよ」
私の言葉を聞いてきっと折原さんは困惑してるかも知れない。でも、私をこの理不尽から解放しようと願って、あの化け物と戦ってくれた。それはもう、私を守ると言う約束を果たしてくれてるのと同じなんだよ。
「でも、これからはきっと私でも守れないほど、辛い事が待ってるのよ?」
「代償、だよね。分かってる。その上で私は願いを叶えたの」
「あなたはまだ分かってない。これほどの願いが聞き入れられたの。きっと辛いよ?」
私に与えられる代償が一体何かはまだ分からない。でも、私は構わない。私はこの世界でなら別に私に降りかかる物なら受け入れる。そう、決めた。
「じゃあ、折原さん私と一緒に居てくれる?」
「え?」
「私の傍に居て。それが私から折原さんへの願い」
もう私は1人になりたくない。傍に誰か居て欲しいと思ってもそれは叶わない。私の心の寄り添ってくれる人が居て欲しい。
今までも大塚さんは私に寄り添ってくれた。また戻って来ても良いと言ってくれた。でも、私1人に構ってはいられない。それは理解している。だから、と言ったらきっと私は悪い人間になるんだろうなぁ。
「そんな事で良いの?」
「うん。私ね折原さんに一緒に居よって言われたの本当に嬉しかったの。だから、駄目?」
この願いはきっと卑怯だ。折原さんに拒否権が無い。私はそこに漬け込んだ。最悪の人間だ。私は折原さんに訴えかけるような目をしたと思う。彼女が断りずらいように。
「分かったわ。雫がそれで良いのなら。私は構わない」
彼女は私の申し入れを受け入れた。私はそのことにホッとした。これで、私は1人じゃない。
私はいつかこの申し入れを後悔するときが来るかも知れない。でも、それが私自身に戻って来るのならそれは私の自業自得なだけ。
「うぐっ」
「折原さん?」
折原さんが急に蹲ってしまった。そうだ、折原さんは今傷を負って居たはずなのに私は自分の我儘を優先させてしまった。こうした周りの見えないことが、自然と私を憎む良い動機にもなるのだろう。
「折原さん大丈夫?」
大丈夫じゃないことくらい見てればわかる。でも、私は既にボロボロの折原さんにどんな声を掛けたら良いのか分からない。今さっきあんな事を言ったばかりなのに。
「大丈夫。平気だよこのくらい。どうってことない」
「でも・・・」
どう見ても大丈夫な傷ではない。多分だけど骨も何か所か折れてそうだ。
折原さんの傷が治せたら良いのに。私にそんなことが出来たら良いのに。私は折原さんの体を支えながら彼女の体に額をそっと当てた。
「私に彼女を癒す力を」
私がそう願った時だった。私と折原さんを淡い光が包み始めた。ただの光じゃない。その光はとても温かかった。
その光はそっと優しく折原さんの傷を癒していった。折原さんも何が起きているのか分からない様子に見えた。
「傷が、癒えて行く」
「雫、あなたその姿」
「え?」
折原さんが驚いたのは自分の傷が癒えて行くよりも別の事だった。
「私?」
「その服、本当に住人になったのね」
私の服装は学校の制服から違う物に変わっていた。今の私の服装は白いローブのような服装だった。これが何を意味しているのかなんとなくだけど理解出来た。
「私が住人に・・・」
正直まだ私がそうなったんだと言う実感はまだ沸いてない。私の願いは聞き入れて貰った。でも本当に聞き入れられたのか、私は疑っていたあ。
ただ、これで少し実感が得られたかも知れない。私はもう後戻り出来ないところに足を踏み入れたんだと言う実感が。
「これが雫、あなたの固有魔法」
「固有魔法?」
初めて聞く単語に私は首をかしげる。
「固有魔法と言うのは願いとは別にその人にだけに与えられる特別な力」
「特別な力――」
私が折原さんの傷を癒せたのがそうなのかな?
「私にもあるの。分かりずらいけどね」
折原さんは苦笑いを浮かべながら立ち上がった。
「私の固有魔法はね信頼」
「信頼?」
「私は私を信じることで自分を保つの」
折原さんはそうやってずっと1人で戦って来たんだ。私の知らない所で、そして今日は私を救うために1人で、あの大きな敵に立ち向かっていた。それはきっと孤独だったんだろうな。
「でもね、私のやり方はこの固有魔法の本来の使い方じゃないの」
「本来の使い方って?」
「固有魔法は叶えた願いに沿う物となるの。私は誰かに信頼されることでより力を発揮できるの」
だから信頼。誰かに信頼されることでより大きな力を得られるんだ。
「だから雫。私のこと信頼してくれる?」
「信頼?」
「うん、私が雫をちゃんと理不尽から解放する。それを信じて」
私が折原さんを信じることが折原さんの力になるのなら、私は。
「雫、よく聞いて。雫あなたには直接的な攻撃力はない。ただ、誰かを支えることが雫の出来ること」
誰かを支える。そんなことが私に出来るのかな?今まで誰かを支えたことのない私がいきなりそんなことを言われても多分難しいかも知れない。
「誰かを支えるってどうやったら・・・」
「難しく考えなくて良いんだよ。雫の固有魔法は癒し。その事を考えて」
「うん、頑張ってみる」
私にどんな事が出来るのかな。さっき折原さんの傷を癒せたからもしかしたら私が願えば折原さんが怪我しても大丈夫かな。
「キギャーー!」
私と折原さんの会話を遮るように敵の咆哮が轟いた。それは、敵の回復が完了したことを示していた。私がこの世界の住人になるまでの間にそれなりの時間を使ったと思う。それだけの時間があれば向こうに十分な時間があったのは必然。
「もう時間が残ってない。これ以上時間を掛けると、表の世界にも影響が出始める」
「そんな」
「大丈夫。雫のおかげで大分回復出来たし、それに雫が私の事を信じてくれればそれで十分だから」
私に出来ることは折原さんを信じることだけ。なら、そうするより他ない。
「わかった。私、折原さんの事信じて見る」
「ありがとう」
折原さんは力を引き出すために祈りのポーズを取る。私はそれに合わせて折原さんの事を強く信じる。折原さんは先程と同様に剣を携え敵に向かって突き進んで行く。
「キギャー」
迫って来る折原さんを迎え撃つため敵は歯車を飛ばしてくる。その歯車を折原さんは剣を一振りするだけで全てを払いのけて行く。その姿はさっきまでとは全くの別人かと思うほどのもの。
「すごい・・・」
突き進んで行く折原さんは止まることなく敵の元へと辿り着いて行った。私はその姿を見るとさらに折原さんの事を信じたいと思うようになった。それでも折原さんが怪我をしない様に祈っていた。
ただ、迫る折原さんを無視するほど、敵も黙っていなかった。すぐに攻撃のパターンを変えて来た。
「あれは」
敵の武器が三又の槍に変化する。いきなりこの形状になると言う事はそれだけ折原さんの事を警戒しているんだと思う。敵もきっと学習している。
でも、私の思ってる限り敵の本当に危険な攻撃は1回だけ見せたあの砲撃だと思う。でも、何故かさっきはあの敵は追い詰められてもその砲撃を使わなかった。なんでなんだろう?
「ギギギギャー」
「きゃあ」
私も敵に近付いているため、自然と攻撃の余波を受ける。ただ、1つ実感したことがある。
「あれ、平気?」
私はさっきまでだったら多分普通に今の衝撃波で吹き飛ばされていたと思う。でも、今私はここに立っている。それが不思議だ。
いつの間にか私の身体能力が上がってる?
「とにかくここは危険だよね」
私は折原さんの事を見失わない様にしながら、今の場所を離れる。
「折原さん、すごい」
さっきからずっと攻撃の手を休めることなく続ける。でも、これが折原さんの本当の力か。
信頼を糧とする折原さんは私が折原さんの事を信じれば信じるほど力を増していくようにも見えた。
「キーーーン」
敵から今までに聞いたことのないような音が聞えて来る。その音がしたと思うと折原さんが私の所に戻って来た。遠くからは見えなかったけど、折原さんはまた怪我をしていた。
「折原さんまた怪我を」
「全然大丈夫。さっきまでとは全く違うのが、実感できるの」
折原さんは息が上がっている。ずっと動いていたんだと思う。
私はすぐに折原さんの傷を癒してあげた。
「お願い――」
私が念じると折原さんの傷が癒えて行く。なんとなくだが、折原さんの体が燃える様に扱った。
「雫が私の事を信じてくれてるから、力が沸き上がって来るの」
「よかった。私ちゃんと折原さんの役に立ててるかすごい不安だったから」
遠くからは折原さんが大丈夫そうに見えても、こうして会うまで分からないのが一番怖い。また、折原さんが凄く苦しんでるんじゃないかって。
「また、あいつが形態を変える。多分、次で最後」
「まだ、変わるの?」
「私もあそこまで形態が変化するのは初めて見た」
折原さんでも未経験の敵。それが私の背負った負の運命なんだ。どうして私が背負うことになったのかな?きっとこれは何か訳があるんだと思う。すぐには分からないと思う。でも、いつかはその理由を知りたい。
敵のサイズが私達と同じくらいのサイズにまで小さくなった。初期の形態に比べれば随分とコンパクトになったと思える。見た感じはさっきの方が厄介そうに見えるが、折原さんの表情を見て居れば、今の方が状況的にまずいことは分かる。
「あそこまで敵が小さくなると、さらに私達を狙いやすくなる」
「どうするの?」
「向こうが小さくなるのは何も悪い事じゃないよ。こっちにだって機会はある」
折原さんは剣を両手でしっかり握り剣先を真っすぐ敵に向けている。
「雫、私の真後ろについて」
「え?」
「早く!」
「う、うん」
折原さんに言われて私は折原さんの背中にぴったりくっつく。折原さんの肩が震えてるのが見えた。
「え?」
「大丈夫。私、信じてるから」
震える肩に手を置いて折原さんに語りかけた。その言葉に折原さんは薄く微笑んだ。
「来る。雫目を閉じて」
私は折原さんの指示通り目を閉じた。ガキンと言う金属音がして私の横を猛烈な風が走り去った。直後に後ろで何かが吹き飛んだ。
「何が起きたの?」
「あいつの投げた槍を叩き切ったの」
「叩き切った?」
そんなすごいことが出来るんだ。私を後ろに周るように言ったのはこれに巻き込まれない様にするためだったんだ。もし、さっきの場所に居たら私は間違いなく死んでいた。
「雫、ちょっと熱くなるから離れてて」
「うん」
私が離れると、折原さんの体が炎に包まれた。でも私はそれを見ても安心感しかなかった。きっと、折原さんなら大丈夫。そう確信が出来た。
「そろそろ雫を解放してもらうわ」
折原夏菜が炎の中で呟いたこの一言は雫には聞こえなかった。雫に聞かせられなかったことを折原夏菜は残念がったが、これを最後の一撃にすれば良い。そう、言い聞かせ敵に突入する体制に入る。刀身に左手を当て、自分の願いを剣に乗せる。
「私の願いは解放。そのために、私は戦い続ける」
折原夏菜が体制を整えると敵も再度槍を構える。折原夏菜と刃を交わすつもりでいる。
この裏世界に蔓延る敵は物凄い速さで学習していく。そして、今回の敵、フォルトゥナは折原夏菜と一騎打ちをするまでに成長を遂げた。一見この退化したようにも見える敵の形態の変化。だが、大雑把で、威力の高い攻撃を行うより、的確で攻撃力のある攻撃の方が優れている。
敵は炎に包まれる折原夏菜をけん制するために自身の歯車を飛ばす。その歯車も敵に併せて大きさは変わっている。しかし、飛んで来る速さは格段に上がっている。その速さは銃弾にも勝るだろう。その歯車を折原夏菜は剣を1払いするだけで、全て払いのけて見せた。
自分の攻撃をいとも簡単に躱された敵は怒りの表情を上げている。赤い目が光っている。
天を仰いだ敵が正面を向いたのが合図になった。それと同時にお互いが距離を詰め、交差し、それぞれの先へと抜ける。
敵は雫の目の前で停止する。この状況で折原夏菜が何1つ行動をしないことが今の状況を物語っている。
「キキキャーーーーーーーー・・・・」
敵が甲高い咆哮を上げると、そのまま霧の様に散霧して行った。
折原夏菜は敵が完全に消滅してから雫の方を振り返った。
「折原さん・・・」
「これで、雫は理不尽な運命から解放される。もう、あのことで苦しまなくて良いんだよ」
私はその言葉を聞いた瞬間涙が出て止まらなかった。どうしてかは分からなかったけど、涙が止まらなかった。
私はその場に膝から崩れ落ちた。その私を折原さんがそっと抱擁してくれた。
「今までの理不尽が終わっても、今度はこの世界での理不尽がきっとあなたを次々と襲うと思う」
折原さんは私にこれから起きることを耳元で小さく囁く。
「でも、私が絶対に雫の事を守る。信じて」
「うん、信じる。だって、折原さんは私の事ちゃんと解放してくれたもん」
私の為に必死に戦ってくれた折原さんは私にとって多分英雄だと思う。だから、私は折原さんを信じられる。
でも、私もこの世界では折原さんに頼りっぱなしになるつもりは無い。私なりに出来ることを探していきたいと思う。
暫くして景色が元の状態に戻った。私と折原さんは、折原さんの部屋に戻っていた。
「もう、朝が来るね」
朝か。急に不安が迫って来た。ひょっとしたらさっきまでのは全部夢で実は、現実は何も変わっていないんじゃないかって。そう思うと、急に体が縮こまった。
「雫?」
「怖い・・・」
「まだ、不安?」
「うん。さっきまでのは全部夢で現実は何も変わってないんじゃないかって」
私は折原さんに自分の心の内を打ち明けた。でも、折原さんは驚かなかった。むしろ、当然な顔をしていた。
「うん。そうだよね。だって、昨日までの現状がいきなり変わるなんて普通簡単には信じられないよね。」
「ごめんなさい。分かっては居るんだけど。まだ、追いつかなくて」
雫は頭がまだ昨日の夜からの事を整理しきれていない。それでも時は止まることなく進んでいく。
朝日が昇りはじめ、部屋にゆっくりと差し込んでくる。4月の朝日は温かく少女を迎えた。
これは奇跡を手にした少女の物語である。少女はこれからまだ知らぬ世界へと足を踏み入れて行く。少女の物語は今、始まったばかりである。
次回STORY7:新しい日の物語
次回は序章を締めくくるおまけのような話です。