STORY2:絶望と微かな光の物語
今回はある2人の視点で話が動きます。
日常が崩れ去るのに前置きなど一切ない。仮にあったとしてもそれに気づくことは難しい。もし気づけたらきっと、私は今違う今を送っていたかも知れない。
あの日から2週間が経過した。長い長い2週間だったと思う。
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少女はあの日以降も学校に行った。何故、あんなことがあったにも関わらず登校したのか?簡単だ。全てが嘘だと信じたかった。あの日の出来事は全て夢だった。間違いだったと。
しかし、現実はやはり残酷で理不尽だった。この2週間で世界は彼女を一体何度目か分からぬどん底に送り込んだ。
始業式の次の日、少女、雫は不安に感じながらも学校へ登校した。昨日のことは夢であって欲しい。何かの間違いだ。そう信じて。だが、
バササササササ・・・
下駄箱の扉を開けると中から大量の紙が溢れだす。書かれているのは昨日の机と同じだった。赤い字で1枚1枚に、人殺し、人殺し、人殺し、人殺し、人殺し、人殺し、人殺しの文字。
私は誰も殺してなんかない。でも、私の言葉に誰も耳を貸さなかった。私の言葉を聞こうとしなかった。私は、ただ居るだけで罪人になるのだ。
私は教室に居るのが嫌で常に教室の外に居た。チャイムが鳴る直前に教室に戻る。でも、その教室では私がいないことを良い事に私への攻撃は行われていた。
新学期2日目。授業は無く午前中で学校は終わる。私は一刻も早く帰りたいと思い下駄箱へ向かう。
「・・・」
靴が無い。あるのは大量のごみだけ。私にこんなことをして、私にどうしろと言うの。
その日、私は夕方まで学校の屋上に隠れていた。殆どの人が帰った時を見てこっそりと帰宅した。誰かに私の姿をみられたくはなかった。
帰宅した私は、すぐに自分のベッドに倒れ込んだ。昨晩一睡もしていなかった影響もあってか、私はすぐに眠ってしまった。
次に私が目を覚ますと、朝になっていた。
「今日は、休もうかな」
2日続けてあんなことがあり、私は心が少し弱くなっていた。何度もあったことなのに、今回は何故か前を向けなかった。
既に、雫の心は限界を迎えつつあった。そのことにまだ、本人でさえ気づかなかった。
学校を休めば少しは私に安らぎが来る。
訳が無かった。
「おい、居るんだろ」「出て来いよ」「み~や~は~ら~」
外で声がした。私の家の前に誰か居る。何で。何でここが。
「居るんだろ。こっちは分かってんだよ」
ダン!
ドアが思いっきり蹴られるその音がすると雫は耳を塞ぎ、膝を抱えるようにして泣きながら耐えた。一刻も早くこの地獄が去らないのかと。
気が付くと外は収まっていた。どのくらいの時間が経ったのかは分からない。私は怖くて、それからもしばらくは外には出られなかった。
夜の8時を過ぎた時少しだけドアを開けてみた。
「――っ!?」
ドアを開けると、そこには赤いペンキで塗られたマネキンの首が3つ並ぶ様に置かれていた。そのマネキンすべてに雫の写真が貼られていた。
雫は慌ててそれを自分の家の中にしまいこんだ。誰かに見られたくなかった。
雫は玄関で泣いた。
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4月10日の夕方。とある少女の自宅で騒ぐ者達を遠くか見ている影が1つあった。その場所は送電線の鉄塔の上。普通の人間なら即死と隣り合わせの位置に、その人物は立っていた。
騒ぎ立てる人物たちを見ながら、その人物はスマホを取り出す。
「はい、こちら110番です。事件ですか?事故ですか?」
「すみません、近所で人が騒ぎながら人の家のドアを蹴っています」
それだけを言うと電話をぶつっと切った。そのすぐあと、パトカーのサイレンが聞こえてくると、その騒いでいる人物たちは慌てて逃げて行った。
それを見届けると、通報した人物も鉄塔から姿を消した。
「・・・」
「傍観かい?」
頭の中に聞こえる声。
「・・・」
「黙り込むのは君らしくないんじゃないか?」
「黙ってて。あなたは今は部外者でしょ」
頭に直接聞こえる声に苛立ちを覚えながらも冷静に答える。頭の声はそれを機に黙り込んだ。
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昨日の出来事で私が2年前の事件関係者であることが一斉に知れ渡ってしまった。
どうやって知ったか分からない私の家の電話番号。朝から嫌がらせの電話が鳴り止まない。
「うちの子を人殺しの娘と同じ学校に通わせるな。とっとと消えろ」
「なあなあ、早く死んでくれねーか」
他、数十件。私はそこで電話のコードを抜いた。電話は終わってもスマホは終わらなかった。私のメールに次々と送られてくる脅迫のメール。それも、いつ殺しに行くという内容ばかり。
それから私はさらに家から出ることを拒否した。
今学校中で私の個人情報が出回ってるんだと思った。あれから1週間経った。今は全く知らない人からもメールが来る。
私を何より絶望に追い込んだのは学校本体だった。私に一切手を差し伸べてくれなかった。私が手を伸ばしても同じなのかな。
それどころか、
「宮原お前そろそろ学校来ないと、来年に響くぞ」
「・・・」
担任の口から出た言葉だった。
私の現場など、どうでも良いらしい。
そろそろっと言ったってまだ1ヶ月も経過していない。それに私の進路に響いたところで大きな問題はない。きっと次の進路先でも同じことが起きるに違いない。私はそう感じていた。
ピンポーン。ドアのチャイムが鳴った。
「雫ちゃん、居る?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「雫ちゃ」
私は声の主に思いっきり抱き着いた。私にいきなり抱き着かれ困惑したが私の姿をみるとそっと頭を撫でてくれた。
やって来たのは以前私が身を寄せていた施設の大塚南さん。
「ごめんさい。心配かけちゃって」
「良いのよ。それより辛かったら戻って来ても良いのよ?」
その言葉は今の私にとって最も安心できる言葉だった。でも、私はそれに甘える訳にはいかなかった。既に私が以前いた施設が特定されていた。私がそこに戻ったことが知れれば、また施設に迷惑をかけてしまう。2年前散々迷惑をかけて今回もと言うわけにはいかなかった。
「すみません。私はもうあそこには戻らないつもりでいますので」
「そう。お願いだから自分を大切にしてね」
私は作り笑顔を浮かべることで精いっぱいだった。それは正直限界だった。この時点で私は大分無理をしていたのかも知れない。私は「疲れた」と言い少し横になった。南さんは私の為に数日分のご飯を作り置きしてくれた。それから私を起こさない様にそっと部屋を後にした。
私はその日はあの悪夢を見ずに済んだ。
次の日私は学校に行った。
教室に入ると、皆が私を見て黙る。それから私を見ながら話しを始める。油性ペンで落書きをされた私の机。正直、この光景を何度も見て来た。小学校に関しては3回変わった。その3回すべてで同じことが起きた。
8時20分。チャイムがなり先生が入って来る。
「なんだ、宮原。今日は来たのか。もう来ないかと思ったぞ。」
その一言でクラスが笑いに包まれた。それが担任教師の言うことなんだと私は思った。この学校は私を必要としていない。今日までに何人の人に言われたか分からない。「消えろ」と。
その日、私は朝のクラスのホームルームが終わると、屋上に向かった。あの教室には居たくなかった。あそこには私の居場所はないんだと思う。それどころか、この学校にないのかもしれない。
私はそのまま屋上で眠りについた。
ズキン、ズキン、ズキン
私は激しい痛みに襲われ目を覚ました。
「いだっ!」
方に強い痛みと熱さが走る。右肩が焼ける様に痛い。
私はその痛みに耐えきれずに飛び起き、自分に何が起きたのか急いで確かめる。
「――なに、これ」
見ると、私の右腕の制服が溶け、腕が焼けただれている。
何で、何で、何で何で何で何で何で何で?
「があぁ」
そっと触ると、激痛が走る。患部に触れぬように腕を掴んだ。徐々に痛みが増してくる。一体自分の腕に何が起きたのか分からなかった。
「まさか」
遠くに科学薬品の瓶が落ちているのが見えた。私はそれが何なのか知りたくて、やっとの思いで立つ。そのまま、おぼつかない足で瓶の元まで歩く。
「硫酸・・・」
誰かに硫酸を掛けられた。そう思った。どのくらいの量を掛けられたのかは分からない。ただ、寝ている私は襲われた。それだけは間違いなくわかった。瓶を置いていったのは私に見せ付ける為なのかな。そう思うと、私はその場で膝から崩れ落ちた。
「もう、やだ・・・」
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私が2年生になってから一気に周りは変わった。今まで私のことなど気にも留めなかった人たちから物を投げられ、罵声を浴びせられ、学校に居場所がなくなる。
そして、4月23日。この日私はクラスから消された。
雫は自分の机の前に立ち尽くしていた。自分の机の状態を見てもう、全ての気力を奪われたと言ってもううだろう。
彼女の机には、落書き。その上に花瓶に入れられた花。そして彼女の写真。
雫は殺されたのだ。クラスに。その日、誰1人として雫を居ないものとして扱った。彼女にわざとぶつかり、そして、何もないかのように立ちさる。
そして雫は、自身の雫を失った。雫の全てが闇へと閉ざされた。何をすることも許されない雫は自信に意味を見いだせなくなりつつあった。
「私は、誰からも望まれていない」
私の足は自然と屋上に向かった。誰にも邪魔されない私のたった1つの安らぎの場所。もはや家さえ安らぎの場ではなくなった今、私に安寧の場所は無いのかも知れない。でも、授業が行われている時の学校の屋上だけは平和だった。
授業が終わると同時に私は屋上から姿を消した。私の居場所など、あの日にばれて以降どこにもないのだ。私は、休み時間の間は常に学校のどこかしらのトイレに篭った。毎回毎回場所を変えて私の位置が誰にも特定されない様にしたかった。
でも、
「そこに居んのは知ってんだよ」
私を見た誰かが、私の居場所を通告する。学校全体が私の敵だった。居場所がばれたら最後。後は上から容赦ない攻撃が続く。
この2週間の内後半の1週間は本当に壮絶だったと思う。私の体はあちこちに傷が出来ていた。今も、硫酸のや火傷の後は治っていない。他にも、私の背中には、ナイフでつけられた傷が幾つか存在する。それは私は受けて当然だと、私を傷つけた人は言った。
放課後になり、私は教室に向かった。そこには朝以上の光景があった。
宮原雫は死んで当然。そう、黒板に書かれていた。
私には誰1人味方はいない。生徒は勿論、先生も私を守らない。自分の保身だけが頭にある。だれも私を助けない。なら、私が消えたところで誰も何も思わないだろう。むしろ、喜ぶだろう。生徒、先生、そして、彼等の親までもきっと、私が消えたことに安心するに違いない。
「私はここまで理不尽な仕打ちを受けなくてはならなかったのですか?」
神に訴えかけたところで答える筈もない。もし、本当に神様がいたら私を見捨てない。そう信じたい。
私は教室を後にし、帰宅した。家に帰った私は家を綺麗に掃除した。もう、掃除することはないだろうから。
「大家さんに悪いこと、しちゃうな」
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雫が帰宅したのを確認した人物は教室に入った。教室に入ると、教室の鍵を閉め、カーテンを閉め、ッ外からの干渉の一切を遮断した。これで、この人物が何をしているのか誰も何も分からない。
「全く」
その人物は以前、雫の家出の騒ぎを通報した人物と同じだった。
その人物は教室に入るとまず、黒板を綺麗に消した。文字が完全に消える様に徹底的に。黒板を綺麗にするだけで15分の時間を要した。
「次」
その人物は雫の机に行くと、彼女の机の中を漁る。目的は、雫にとって大事な物が無いか確認するため。結果出てきたのは、ごみばかり。そのことに、その人物は嫌悪感を抱きながらも、その机をその場で燃やした。それも一瞬で灰になる勢いで。そして、何処からともなく新しい机を元の雫の位置にセットした。
「後は靴箱かしら」
下駄箱に行き、雫の下駄箱を開けると、そこから大量の虫が湧き出て来た。しかし、その人物は動じることなく作業を進める。下駄箱内に一匹も残らない様に追い出すと、その虫を全て外に追いやる。虫に罪はない。
「こんなところね」
「随分と入れ込むんだな」
また、頭の中に声が聞こえた。
「あなたに関係のない事でしょ?」
「確かにそうだけど、君にしては珍しことをするもんだと思っただけさ」
「それが私のなすべきこと。そう思っただけ」
「それが君の願いだからかな?」
願いの話を持ち出されその人物はあからさまに機嫌が悪くなる。
「うるさいわね」
「おっと、これは失敬」
頭に入り込んでくる声の主はその人物に謝罪すると、それ以降話しかけては来なかった。
「宮原雫。あなたは一体何を背負ったの・・・」
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部屋の掃除を終えた雫は最後にすべての戸締りをして家を出た。その足で雫が向かったのは自信が通う中学校。雫は門を少しだけ開けると、中に入る。しかし、そのままでは入れないので一度、教員の通用口に行く必要がある。
「あ」
私はそこでインターホンを押すか迷った。この学校には私に味方してくれる人は誰も居ない。だとしたら仮にインターホンを押したところでまともに取り合ってもらえないと思ってしまった。
だから私はダメ元で自分の使う昇降口へ向かった。この時間ならとっくに閉められてるはずだけどね。
ギギー
「開いてる・・・」
開いたことに若干雫は驚くが迷わず、中に入った。靴を下駄箱に入れ上履きを履く。この2週間で何足目か分からない。ただ、これが最後の上履きになると思うと、雫は自然と丁寧な扱いになった。
雫はその足で真っすぐ自分のお気に入りの場所に向かった。
夜の学校の屋上はとても心地が良い。風が穏やかで、月がとても綺麗に見える。
「ふう」
私は柵のそばまで歩いて行った。そこから下を見て見るが、闇に隠れて下は見えなかった。月が明るいのに、下が見えないのはなんとなく、私が勝手にそう思っているだけかも知れない。けど、その方が都合はよかった。下が見えたらきっと、私は臆病だから尻込みしてしまう。なら、見えないに越したことはない。
私は、全てに別れを告げ、この世界から消える覚悟をした。
私が柵に掴まり空を見ていると、
「そこで何をしているの?」
急に誰かの声がした。私は思わず後ろを振り返った。まさか、こんな時間に屋上に誰か来るとは全くの想定外だった。
でも、誰か来ても、きっと私のことなど止はしないだろう。
「別にただ消えようとしていただけだよ」
ここで正直に言えばきっと、私だとわかるだろう。
「こんな時間に、1人で寂しく?」
「そう、だね。別に私1人消えても誰も何とも思わないし」
その人は私に近付いていた。暗くてよくわからなかったが、月明かりに照らされると、誰かすぐに分かった。
「どうして、そう思うの?」
「――折原さん」
折原夏菜。1年生の時私と同じクラスになった子だった。2年生では別のクラスになっていた。1年生の時は私と折原さんともに、表情に乏しいと言われていた。だが、それほど生活に害はなかった。
「久しぶりだね、雫」
「何でここに?」
「あなたを助けるためよ」
嘘だ。そんな言葉絶対に嘘だ。誰も私を助けてはくれない。そんなこと2年も前から知っている。
だから、私は自然と後ずさりした。折原さんの言葉が嘘で塗り固められている。そうとしか思えなかった。それに、何で今なんだと思った。本当に助けてくれるならもっと早くに声を掛けて欲しかった。
「嘘は、いいよ」
「嘘じゃないけど」
「じゃあ、何で今まで何もしてくれなかったの?」
当然の雫の言葉に折原夏菜は何も言わなかった。それは、ここでどんなことを言ってもただの言い訳にしかならないことを彼女は知っていたからだ。
「何も言わないんだね」
「うん。言ったって何の意味もないもの」
ただ、その言葉も雫には彼女を否定する言葉に聞こえる。
「そうだよね。私に何か言ったって何の、意味も、無いよね」
涙が出た。もう、2度と出ないと思っていたものが出た。それを見た折原さんは複雑な表情をしていた。
「雫、あなたは死んではならない」
「それは何、アリバイ?」
私が消えた時、一応止めましたと言うアリバイの為に放った言葉に違いない。
「私は真剣に言ってる」
「じゃあ、何で今まで何もしてくれなかったの!」
雫の叫び声と同時に風が吹き荒れる。その風が2人の髪を大きく揺らした。雫の黒く長い髪を。折原夏菜の茶髪の長い髪をそれぞれ大きく揺らした。
雫の叫び声が折原夏菜に重く突き刺さる。
「ごめんさい」
彼女に今出来るのは謝ることだけ。
「それは、何の謝罪、なの?」
「全て」
卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。卑怯だ。
全てに対してなんて都合が良すぎる。今私が消えようとしているこの時に全てについての
謝罪。そんなもの、私は望んでいない。
「こんなことで許されようとは思ってないよ。私だってここの全員と同罪なんだから」
私は学校に見捨てられた。この学校に関わる全ての人が私に理不尽を科した。
そうだ、私がお父さんと同罪なら、この学校の関係者全員は私を陥れた者と同罪だ。でも、
「そんなこと、もう、どうだって良いよ」
今から消える人間にどんな言葉も無意味だと言う事がなぜわからない。私は、そこまですり減っているというのに、それに全く気付かない。
「どうでも良くない!」
突然大声は出した夏菜に私は少しびっくりした。
「どうでも良くない」
「どうして?」
「私の目の前では絶対に死なせない」
自分から声を掛けてきて、何を言う。
「なら、早く帰って。そしたら、折原さんの目の前じゃなくなるから」
既に自暴自棄の雫。そんな雫の手を、折原夏菜は掴んだ。
「な、何するの?」
困惑する雫に折原夏菜はこう告げた。
「私は絶対にあなたを死なせないし、死のうと思わせない」
自分勝手に聞こえるその言葉に、少女、宮原雫は聞き入ってしまった。
次回.罪人の物語