死神さんと会議
「これから各支社ごとの事業成果を報告してもらう」
本社に招かれたのはいつぶりだろうか。私は支社長とともに渋谷にある本社ビルの六階にある会議室にいる。
各支社の支社長が自らの支社の活動報告を済ませると次に上層部の幹部たちが集計を行い各支社ごとにランキングが発表される。
ランキング発表の前にそもそも死神の仕事とはなんなのか、支社は何社あるのかなどを説明しておこう。
まず不慮の事故や人ならざる者の勧誘もしくは怨念から対象者の本来の寿命を守る仕事を受け持つのが私がいる千住支社。
二つ目に十日間の調査の後、対象者の死を早めるか本来の寿命まで生かせるかの判断を下しているのが柏支社。
三つ目に何らかの理由で成仏し損ね、そのまま悪霊化した魂を強制的に消滅させる武闘派の大宮支社。死神業界の花形だ。
四つ目はグローバル化の影響で日本を訪れる外国人や日本に暮らす外国人の魂を安全に祖国に送る語学力が必須の横須賀支社。
五つ目は対象者の本来の寿命が尽きる一週間前に現れ告知し最後の時間を有意義に過ごせるようにサポートする狭山支社
そして五つの支社をいっぺんに束ね情報の伝達、人員の補充を管理しているのが本社というわけだ。本社勤務の死神は能力、語学、IT全てにおいて優秀な人材が多く在籍している。すなわち人員補充で本社から派遣された新人はエリート中のエリートというわけだ。
「とりあえずここにいる支社の中では成績は柏支社が一番ね」
柏支社の代表者であるナンバー88が意気揚々に言った。そもそも事業自体がばらばらなのでなにを基準でランキングを形成しているかは私には見当もつかない。
「うるさいぞナンバー88。ランキングはあくまでも都合のいい番付にしかすぎない」
「負け惜しみかよ。大宮支社ナンバー66」
柏支社と大宮支社の支社長が二人に落ち着くように促したが二人はお互いにけん制しあっている。私はスクリーン上に映し出されたランキングに目を移した。
千住支社はいつものように最下位に位置していた。
「ナンバー102。私はこの会議だと生きた心地がしないよ」
「支社長、私たちは死神です。生きるも死ぬもそんな概念はないですよ」
「そうだったね」
そういって持参した胃薬を三錠口に含み水で流し込んだ。半年に一回行われるこの会議で最下位が続く支社の支社長は更迭されてしまう。最悪の場合死神の資格が剥奪され肉体と力を奪われてしまうそして浮遊霊としてこの世に漂い続ける運命が待っているのだ。
「まぁいいわ。それより千住支社は大変ですよね。あと一回でも最下位になったら死神資格をはく奪かしら。ねぇ支社長さん」
周りからくすくすと笑い声が聞こえて、私の隣に座る支社長の胃がきりきりと音をたてている。
「おいおい。そもそも他の支社が面倒だとたらいまわしにしている対象者を受け持ってやってる千住支社がなかったらお前たちの支社は、円滑に業務が出来ないはずだろ」
「うるさいわ日払い。それはあんたのところの支社長がお人よし過ぎるからでしょう。死神から見捨てられた人間なんてほうっておけばいいのよ。悪霊化したら大宮支社が何とかしてくれるんだから」
「そうだなこちらとしてもその方が仕事のしがいがあると言うものだ」
ナンバー66はそう言うとナンバー88はにやりと笑みを浮かべて私を見た。
「以上で会議を終了する。これからも各支社で連携して業務を行うように」
一時間ほどの会議は終り続々と退出すると支社長と私は二人だけになった。
「支社長帰りましょう」
「そうだねナンバー102。帰りに少しよりたいところがあるんだけどついてきてくれるかい?」
支社長に連れられた私は東京の街が一望できるスカイツリーの展望台にいる。私は高いところが苦手なため景色を見ることははばかれるが午後からの会議だったからかもうすでに陽が落ち始めていて夕日の赤が街に漏れていることだろう。
「私がまだ人間だったころよくここに来たんだ。嫌なことや悩んだことがあるとここから見える景色を目に焼き付けたものだ」
背中越しに支社長の声が聞こえてくる。私は失礼を承知で聞いてみることにする。
「支社長あなたが人間だったころの記憶を取り返しつつあることは知っていました。しかし今さらなんだと言うのですか。私たちは生きることに絶望し自ら死を選んだ者。人間だった時のつらい記憶と引き換えに死神になったのに」
「分かっているよ。ただもう一度息子に会いたいだけなんだよ。顔も声も何もかも忘れてしまった息子に」
それ以上支社長は口を開くことがなかった。
私は都内の地上二十階建ての電気メーカーのオフィスビルの前で立ち尽くしていた。暗闇を支配した都会の光は夜空の星の輝きすら許してはくれない。
時計を見る。二十時をまわっていた。あいつとの約束の時間が近づいている。
「やあ粕壁」
黒のスーツをきたあいつは背はそれなりに高く、余分な脂肪が少ないそのくらいしか褒められるところがない。猫背でなで肩、とぼとぼと下を向きながら歩く。疲労感と悲壮感に満ちた雰囲気は死神のイメージそのものだった。
「やあ北本」
彼の名前は北本と言った。死神ナンバーは25。私の同僚であり、友人でもある。
「最近どうだお前のところの支社は」向かい合って座った彼ははにかみながら「まあ」と答えた。夕食に誘ったのは私だが彼はお酒が飲めないので近くにあるファミリーレストランに入店したのだ。
「体だけは丈夫だからな。なんとかやってるよ」
もう少しはっきりと喋ればいいのに、心からそう思う。暗い口調は、喋っている本人も聞いている相手もげんなりとしてしまう。
彼の仕事は人間に人生の終了日を告知してその時まで寄り添うこと。最も退屈で他の死神から嫌煙されている狭山支社に勤務している。対象者のほとんどが天寿を全うしたご老人なのだが、たまに若くして寿命が尽きる運命の人間がいる。私が本社から研修のため狭山支社に派遣された時に私の教育を担当してくれた。当時の彼はまだ明るくて元気があったのだ。
「粕壁、ところでまだあの子と暮らしているのか?」
「あぁ、今年で高校生になったよ」
彼は安心したように笑いさきほど運ばれてきた料理を口にした。
「俺はあのままお前が浮遊霊になってしまったら死神なんて続けてこなかったよ」
「それは困るな。お前は私が知っている死神の中で一番死神らしいよ」
他愛もない話のあと私たちは別れた。彼は私がなぜ日払いと言われるようになったのかを知る数少ない死神だ。
「狭山支社か」
私は、私の帰りを待つ彼女のアパートを目指して足早に駅に向かった。