死神さんとある日の会話
これほどまで雪が積もった街を見るのは初めてだ。私は公園に設置された塗装のはがれた青いベンチに座り、くたびれた駅の先に見える景色を眺めていた。ハクモクレンの木々が輪郭も分からないほどに白い雪で覆われていた。
降りやむ気配もなく私は背中にもう一枚カイロを貼らなかったことを後悔しながらひっそりと太陽が顔をのぞかせるのを待っている。
「兄ちゃん。となりいいかい?」
声が聞こえて私は一人分のスペースを作った。男はやせ細り、口の中に一本寂しく残る前歯が印象的だった。ボロボロのよれたシャツの上にそれ以上にボロボロのダウンジャケットを羽織り、片手にワンカップを持っている。
「こんな早くからお酒飲むんですね」
「これが俺の楽しみなのさ」
男はくいっとカップを傾けて半分ほど飲み干すとニコリと歯茎を見せて笑う。
「お兄ちゃん仕事は?」
「仕事してるよ」
「そうかい」
そう言うと男はけらけらと笑いだして残りの酒を胃袋に収めた。
「なぁ。兄ちゃん?」
「なんでしょうか」
「死ぬのは怖いかい」
「いいえ」
「強いな兄ちゃん、俺はたまらなく怖い」
「それは死後の世界を知らないからでしょう」
「兄ちゃんは知っているのか」
「興味がない。でも怖がる必要はないでしょう。すべてがゼロに戻るだけです」
しばしの沈黙の後私は腰を上げて何事もなかったかのようにその場を後にした。