諦めのシオン
諦めのシオン
夏休みが終わり朝一番に学校へたどり着いた私。まだみんなが来ていない時に教室に入ると私が座る席に知らない顔の男の子が座っていた。自分の席に座っていることに驚いたけど、声をかけないことには解決しないだろうと思って声をかけた。
「あなた、転校生?」
「はい、昨日越してきたんです。オレ、来栖って言います」
「あ、ごめんなさい。先に名乗るのが礼儀ですよね。私は紫苑って言います。よろしくお願いしますね」
「紫苑さん、よ、よろしくです。はぁぁ……良かったです。誰も話しかけて来なかったら寂しくて泣きそうになるところでした」
「……あの、そこ……私の席なんです」
「あっ……ごめん。適当に座ってしまって。すぐどきますから」
「まだ座ってても大丈夫です。みんな来てないし……あなたは転校ばかりしてるの?」
「そうなんですよ。オレ、転校ばかりなので誰も話しかけてくれなかったらきついなって思って、弱気になってて、それでここにいち早く来て初めに来た人と話しをしたいと思ったんです」
「それで席に座って待っていたんですね。しかも私の席に」
転校ばかり……か。ずっと同じ場所で何年も住んでいる私には想像もできないけど、聞く限りだと何度も転校しているみたいだし、さすがに臆病にもなるよね。
「それはホント、偶然ってやつで……」
「ううん、それは気にしてないですから」
自分の席に座っていた彼は、きっと寂しい思いをして来たのだろう。そんな彼の言葉は、すごく人に気を遣っているような繊細な感じがした。
転校生が来ても普段なら気にも留めなかったけど、朝早く来てみたら見知らぬ男の子がいてしかも、私の席に座っていたなんて、何かの縁を感じずにはいられなかった。
ホームルームで改めて彼はみんなに紹介をしていた。時期外れでもあるし、休み明けの始まりのホームルームだったせいか、あまり彼のことを気に掛ける人がいなかった。
その光景と反応はさすがに臆病にもなってしまうよね。そういう意味では、私と一番初めに会って話をしたことは彼にとっては安心出来たんじゃないだろうか。
彼の席は私の席から離れた所を指定された。こうなると、朝の時間にもっと話をしておけばよかったな。なんて思いながら、来栖さんは他の男子たちと仲良くなり始め、すっかり私は話をする機会が無くなった。
彼と話をしたのは朝イチでのあの日だけ。休み時間も帰る時間も、私から話しかけるなんてこともなく男子たちの輪の中にいて、そのまま2か月経った頃……彼がまた転校するということを他の男子から聞かされた。
転校していく前日の放課後、来栖さんは私の席へ来てくれて笑顔を見せながら話しだした。
「……あ。えと、紫苑さん。俺、初めて君と話が出来てすごく嬉しかった。その後に全然、話が出来なくて寂しかったけど、緊張していた俺をほぐしてくれたのが印象に残ってて、話が出来なくてもキミのこと、ずっと想ってました。転校初日と転校最後の日にしか話が出来ないって言うのもおかしなものだけど、紫苑さんと出会えて嬉しかった。ありがとう」
「――っ」
何か声をかけなきゃ……どうしてか言葉に出来ない。そんな私を眺めながら、彼は意外な物を私に見せた。
「いや、何かごめん。俺、転校していく時に自分が想う気持ちを花に託すようにしてて、だから……よかったらこの鉢花を紫苑さんに託したいんだ。偶然だけど、シオンの花。これをキミに……」
繊細で臆病な彼は気持ちを伝えた後、また遠くのどこかへ転校していった。彼の”想い”を残して。
私は彼以上に臆病だった。本当は想いを直接、伝えたかったのに出来なかった。遠くにいてはわたしの気持ちなんてきっと届かない。そう思ってしまったから……
それでもあなたが残してくれた、この鉢花と想いを枯らすことなく大事に育てていきたい――