密かな想いと柊と
疼ぐ彼女
彼との出会いは今から5年前。それまでの私は単に事務処理をしてきたデスクワーカーに過ぎなかった。ただ、会社は極めて小規模ということもあって、1人が2つ以上のことを受け持つことは当たり前だった。
私が働く会社はとある芸能事務所。そこでの仕事は事務だった。ところが、新人のタレント志望者が増えてきた事を受けて、事務だけをやるということは許されなくなり、私も入って来た新人を1人受け持つことになってしまった。
彼の名前は暁彦。役者志望らしいけど、会社としてはマルチに動いてもらいたいということで、バラエティやCM、トークイベントなんかを営業することになった。
「俺、自信があまりないです。お芝居がしたくてこの世界、この事務所に入ったのにどうしてこんな……」
「そんなこと言うべきことではないわ。今は多様なニーズに応えるのが当たり前なの。別に、あなただけがこういうことをしているわけではないんです。だから、まずは世間一般への周知をしていく必要があるの。暁彦はわたしがしっかりと売り出していくから、自信を持ってね」
「柊さん、本来は事務の方なのに何から何まで俺の為に、すみません」
「ううん、会社としてもあなたをどんどんプッシュしていく方針ですから何も心配ないわ」
「はい。ガンバリマス! 柊さんの言葉を受け止めて、俺、やります!」
彼のはにかみと、守ってあげたくなる態度はマネとしての私に真っ直ぐ突っ込んできた。本来、マネージャーはいちいち、1人のタレントに感情を持たない。なのに、彼は今時珍しいほどに純朴な感じがする人で、少しの仕草や、接し方がどうにもたまらなく愛しく思えた。
あぁ……この子を売ってあげたいなー……もちろん、会社の為に。なんて思いながらも、心の中では自分のイチ感情が強く動いていた。特別な想いを抱いてはいけない。それがマネなのに。
たいてい、マネと担当タレントがくっつくのはそういうことなんだろうなと思っている。そして、彼は着実にファンが増えて行っているのも、マネとして嬉しいことでもあるし何とも言えない気持ちでもある。
「今夜は遅いから私のマンションで寝ていいから。カギを渡しておくね。それと、玄関入ってすぐの所にお花の柊があるからトゲには気を付けてね」
「はい、ありがとうございます。柊さんは今夜は遅いのですか?」
「そうなの。事務処理が残ってるから。私のことは気にしなくていいからね」
「あ、はい……」
彼が私のマンションの部屋に寝泊まりするのもあくまで、マネとタレントとしての立場と感情であって、私の中に秘められた想いなんて知る由もないこと。知ってほしくも無いけど、何とも複雑な思いが絡む。
そして、タレント暁彦は次第に売れ出していく……私の想いが膨れ上がって行くのとは裏腹に。この想いは誰にも悟られるわけには行かない。私だけが知っていればいい。彼への想いは私だけのもの。
恋にならなくてもいいの。あなたのことはずっと、わたしが守っていくもの……あなたのその身体も、心も、全て”保護”し続けてあげるね。私以外の女はあなたにとってのトゲとなるのだから――