優しいマーガレット
優しいマーガレット
「……んん」
あれっ? もしかして気付かないうちに寝てしまったのかな。隣を見ると、下着姿のまま彼もいびきをかいて眠っていた。
「あ、あはは……ごめーん、昨夜仕事疲れで途中で寝ちまってた。悪ぃ、てか、菜の葉も寝てたならおあいこだな。次こそ、な?」
「だ、だよね~」
私と彼が同棲してから数か月が経つ。互いの仕事はいつも遅くまで残業しているせいか、最後までシタことがなく、その関係のまま過ごしている。最初は互いの家に行ったり来たりを繰り返していて、新鮮味もあったけれど、次第に忙しさも相まってわたしの住む部屋で生活を始めてしまった。
まったりな関係を通り越して、まるで長年連れ添った夫婦のような関係になっていた。わたしも彼もとにかく、キツイ仕事をしていて最近ではすっかり仕事と部屋へ帰って寝るだけの往復が続き、それが当たり前のようになっていた。
「なのは、今夜こそ、スルぜ? 少しだけ早く帰れるんだ」
「ホント? じゃあ、私も早めに残業切り上げてみるから」
なんて会話の繰り返しを数か月続けている。付き合い始めの、まだ同棲していない頃はこんな感じでは無かったのに。同棲して、一緒の生活空間を過ごすようになってから安心感からなのか、ソレを望むものの、仕事疲れを取ることが優先されて、行為そのものは大体いつも後回しになっていた。
そんな毎日を繰り返し、決してものすごく喧嘩をしたわけでもなく嫌いになったとかではないけれど、彼は仕事の都合で、地方に転勤をすることになってしまった。しかも、慌てて行ってしまったのでその時点で同棲は解消され、結局、ソレをすることが叶わないまま彼と別れてしまった。
「ご、ごめんな。まさか地方転勤の辞令が出るとは予想できなかった。じゃ、じゃあそういうことだから」
「はは……慌てて行くなんてよっぽどなんだね。仕方ない、かな」
数年が経ち、彼から手紙が届いた。それは、転勤した地方で出会った人との結婚のお知らせだった。ショックと言えばショックだけど、不思議と彼を憎むことも無くむしろ喜ばしい思いが込み上がった。
彼とはいい出会い方をして、同棲してからもいい思い出しか浮かんでこない。そんな私が彼に贈れるものと言えば、切り花を手紙に乗せて気持ちを伝えることだった。
私はマーガレットの花を彼への返事として、文と一緒に、送った。
「優しい思い出をありがと。好きでした。さよなら……願わくば、あなたも私のことを覚えていてね。なのはより」