羨望のオーニソガラム
羨望のオーニソガラム
「ごっめ~~ん!! 帰り、寄る所あるんだ」
「またー? 小梅っち、なんかやってんの? いっつも、遊べないじゃん。なんに人生かけてんのか知らないけどさ、たまにはウチと遊んでよね」
「うん、遊ぶー。その内にね!」
同学年の子たちはみんな、放課後になると同じ時間を過ごして楽しいことをしたり、美味しい物を食べたりしてるけど、私にはそんな時間なんてない。何故なら、人生の全てをピアノに懸けているから。
私の母はテレビに出るような有名なピアニスト。その娘ということで、周囲の期待の大きさが半端ない。そうは言っても、才能は元からあるものじゃなくて、99%は努力から出来てるってことは世間の人は知らない。知られたからと言っても褒めてくれるわけじゃ無いけど。
それでも、そうやって子供の頃からレッスンの繰り返しをし続けている私にとって、才能は当たり前のように生まれて来た。
「何度も言ってるじゃない! そこはそう弾くのではないの!! あなたには時間がいくらあったって、足りなすぎるくらい、レッスンを繰り返さなければならないの。文句を言う前に弾きなさい、小梅!」
完璧主義者の母親の元、私は文句を言う言葉を口にする権利も時間も、根性も持つことを許されなかった。そして、そんな努力を続けた運命のあの日、ピアノコンクールで私と彼は出会った。
プログラムナンバー1番小梅さん
ショパン エチュード ホ短調 作品25-5
何度も何度も練習した曲……聴く人全てが伝わるといい。そんな想いで指を鍵盤に滑らせた。演奏を終えると、万雷の拍手が私を出迎えた。やってきて良かった。そう思えた。
ロビーに出ると途端に私には羨望の眼差しと、囁かれる声が聞こえたくなくても聞こえて来る。「才能がある奴は違うよな」と。そうじゃないんだけどな。みんなみんな、練習して繰り返して、弾けるようになるのに。それにどんなに上手くても、それが観客の心に届かなければ意味を持たない。そのことと才能なんて意味を持たないのに。そんな思いをしながら会場を後にしようとした時、彼は私を呼び止めた。
「あの、小梅さん……ですよね? 俺、あなたが弾いた曲で心が温まりました。変な事言ってごめんなさい。でも、俺はあなたのファンなんです。今回のショパンも好きですけど、この前のコンクールで弾いたクライスラー「愛の悲しみ」がヴァイオリンといい具合に重なり合っててそれで……あ、ごめんなさい。俺だけ喋りすぎですよね」
あぁ、こんな私でも聴いてくれる人がいて、才能とかそんなの気にしてなくて……。この人となら一緒に歩んで行けるのかな? いつも隣には彼がいて、私の演奏を目を閉じて聴いてくれる。いいなぁ……それこそが私が抱く羨望。
「あの? どうしましたか?」
「い、いえ、そ、その……こんな私の演奏でも良ければ、これからも応援よろしくお願いします」
「とんでもない! もちろんですよ。俺、俺とあなたとで真っ白なノートに音楽の新たなページを書き加えていくくらい、俺はあなたをずっと応援して支え続けていきたいです。なので、負けないで下さい。それじゃ、また!」
あぁ……こういう時、使いたくなかったけどピアノの才能があって良かったって思えた。そしてあんな純粋な人がいるんだ。もう一度、私の演奏を聴きに来てくれた時には、彼に私の言葉を伝えよう。
ずっと、傍で演奏を聴いて欲しいです、と――




