水面に映える水芭蕉
水面に映える水芭蕉
「あなたの本当の心を知りたいです。あなたの心はまるで万華鏡のように心根が掴めません。あなたのことをもっと教えて頂けますか?」
わたしと彼女との出会いは唐突に訪れました。今まで出会った人はみな、とてもお優しく素直な心を見せていただけたのに、彼女は優しかったり突き放したり、それでもあなたのことをお慕いし続けたい……
これはわたし、二葉と涼葉お姉様との美しき思い出のお話――
「おはようございます。涼葉お姉様」
「ええ、おはよう二葉。昨夜はよく眠れた?」
「――っ」
「わたしの胸の上ならいつでも貸すから、泣きたいときは好きなだけ泣いていいわ」
「涙は滅多にお見せしたくありません……。あのような醜態は二度とないですから」
わたしは昨日、初めて人前で大泣きをしてしまった。それも人の胸の上で大泣き。涙を流した理由はとても単純な事で、想いを寄せていた人に突き放されて拒絶されたと思ってしまったから。
「それにしてもあなたに涙を流させた方は、何てヒドイことをしたのでしょうね。それでも、涙の滴は心の汚れを押し流してくれたのだから、それはとてもいいことだと思うわ」
「そういう考えもあるのですね」
涼葉お姉様……と言っても、わたしが勝手に慕っているだけで姉妹でもない。年は一つ違いで先輩、後輩と言うだけのことなのに、彼女は多彩な側面をわたしに見せつけている。それが魅かれたことの理由。
※
バスで通学しているわたし。いつもならしない遅めの起床で慌ててバス停に向かっていた。そんな時、カバンのストラップが何かに引っかかって、途中でどこかに落ちてしまい探している所に彼女は声をかけてくれた。
「あなたのでしょ? これを失くしたらバスにも乗れなくて大変だわ。ふふっ、そう言っておいて謝らなければいけないのだけれど、たった今バスが通過してしまったわ。ごめんなさいね」
「あ、ありがとうございます。……い、いえ、そんな。あなたも学園の方ですか?」
どう見ても同じ制服を着ている彼女。ネクタイの色が違うから恐らくは先輩。少なくとも、今行ってしまったバスに乗らなければ、間に合わないというのに、彼女は慌てている様子も無く、わたしに微笑んでいる。
「ええ。でも、遅刻は免れないわね」
「……はい」
無遅刻無欠席。これはわたしが入学時から自分自身に掲げた目標。これが、彼女との出会いで脆くも崩れ去るなんて思いもしなかった。
「バスが行ってしまったのを悔やんでいても始まらないわ。ねえあなた、このままわたしと散歩しない?」
「でも……行かないと」
「遅れたら行かなくてもいいんじゃない? 完璧な人間なんていないわ。少しくらいサボったとしても誰も咎めることはしないわ」
そんな彼女の言葉がスゥーと入って来て、わたしは素直に返事をしてしまった。「はい」と。
「わたしは涼葉。あなたは?」
「二葉と言います。あの、先輩……ですよね?」
「その言い方は好きではないわ。あなたの一つ上に過ぎないだけだから、私のことは姉と呼んでいいわ」
「……お姉様」
「それでいいわ。それにしてもわたしとあなたの名前で二枚の葉。あなたとわたしでふたつの思い出を作らない?」
「え?」
「思い出を数える時に、『葉』を使うの。一つの思い出は一葉。二つは二葉……そうして、思い出を増やしていけば、きっと楽しくなるわ」
公園の水辺には沢山の水芭蕉が水面に並び、歩くわたしたちを出迎えていた。
「ほら、この子たちもわたしたちを歓迎してくれているわ。水芭蕉はね、花の様に見えるけど葉なの。それでも、こうして綺麗に咲いてくれているわ」
「はい、綺麗です」
そうして学校を休み、散歩をした日からわたしと涼葉お姉様との思い出が刻まれていく――
※
後になって知ったことは、涼葉お姉様は学園ではトップの成績で、なおかつ学生の会長を務める程の人だった。そのことを知らずに、廊下ですれ違いざまに挨拶をした時には、素知らぬふりと態度をされてしまい、別人かと思う位に怖かった。わたしといる時には優しい一面を見せ、学校にいる時には突き放す様な態度を示すお姉様。心根がまるで掴めません。
「泣かせてしまった?」
「……え?」
「二葉といる時のわたしとは違う顔を見せてしまって、悲しくなったのでしょう?」
「そ、んなことは……」
そう思いながらも、涙はとめどなく溢れとうとうわたしは、堪えきれずに嗚咽をもらしながら涙を流してしまった。それもお姉様の前で。
「あぁ、なんてひどい方。二葉に涙を流させてしまうなんて。あなたのその悲しみも涙も、わたしが全て受け止めてあげるわ。二葉……私を許して」
涼葉お姉様は自分のことをまるで他人の様に表現する。それも彼女の側面なのだろうか。優しさと厳しさを併せ持つ涼葉。あなたの存在はわたしを変え、彩を表させてくれた。
涙を流し顔を上げたわたしの頬を、優しい手で撫でてくれたお姉様の心。
まるで万華鏡の様にいくつもの鏡からわたしに彩の思い出を与えてくれた――
今回のお話はいつもと違う書き方になりました。
男性は一切出てきません。恋愛でも無かったかもです。




