わたしに触れないで
わたしに触れないで
細かい神経を使う仕事ばかりしてきたせいか、自分自身に近付く人に対して過剰に反応をするようになってしまったわたし。特に心無いチャラい男が気軽に触れて来るのがすごく嫌だ。
「鳳仙花よろしくお願いします」
「仙花ちゃんか~ヨロシク! あ、俺のことは純くんって呼んでくれていいよ。純粋な純ね!」
「……」
「大人しいね。もしかして緊張してる? しなくていいよこんな職場で。ここは神経なんて使わないんだしさ~」
こんなチャラい男がわたしの上司にあたる管理者だなんて、世の中間違ってる。しかも馴れ馴れしすぎる。この男以外、女性しかいないのによくも我慢が出来ているものだ。
「あ、俺が年上だから萎縮してる? こう見えて俺、31だし。そんなオッサンでもないから、なんならタメ口でも構わないよ」
「いいえ。ここは職場であり、あなたは上司です。そういうわけにはいきません」
「お堅いね~。俺より年下なんだし、お気楽お気楽に接して欲しいね」
管理者だからわたしの年齢や履歴も知られている。だけど、だからと言って立場を利用して近付いて来るなんて最低すぎる。
「鳳さん、気にしなくていいからね」
「は、はぁ……」
「確かにあいつ、管理者だけど雇われだし。それにちょっとだけ年上だからって威張ってるけど、仕事しないし出来ないから。言うことなんて適当にしてればいいよ」
「あ、はい」
仕事は確かに簡単だった。わたしが今までやってきた仕事と違って、淡々とキーボードを打っていればいいだけ。電話応対もないし、セキュリティチェックも無い。
お昼時、わたしは同じ女性達であっても基本的にわいわいしながら食事をするのが好きじゃない。初めの一回だけは一緒に食べたりしたけど、それ以降は外に食べに行ったりしていたら同じグループに誘われることも無くなって気が楽になった。
それなのにあの男はわたしの心に土足で踏み込んで来る。どうして好意を持たない相手にわざわざ話しかけて来るのか、わたしには到底理解出来ない。恐らくこの男は新人で入って来た女性に、そうして自ら近付いて歩み寄って来たのだろう。
それが通用するのは社会に出たことのない本当の新人だけだというのに。態度もチャラければ、見た目も軽そうな男に心遣いなど出来るはずもない。
「あれ~? 仙花ちゃん、ぼっちなん? 寂しいでしょ。俺が一緒にメシに付き合ってあげるよ!」
「結構です」
「あ、もしかして彼氏にフラれて傷心中とか? だとしたらますます放っておけないんだけど。相談、乗るよ。と言うか、聞いてる?」
「そんなのいませんし、傷ついてもいないので構わないでくれます? それってセクハラですけど」
ウザすぎる。何なのコイツ。仕事内容の割には高いと思ったけど、こういうコト? 他に男がいなくて、女性を下にしていて天下でも取ったつもりなのだろうか。
「セクハラなんて人聞き悪いなぁ。上の立場にいて、部下の面倒を見るのも役目なんだよ~? 女性には優しくしないとだし。てか、さっきから気になってたけど仙花ちゃん渋いの食べてるね! 牛蒡のサラダが主食なのか。美味しいんだろうけど、トゲトゲしいね。もっと家庭的な料理なんて沢山あるのに。例えばほら、肉じゃがとか。男はそれを作ってくれるヨメが欲しいんだよ」
「古い考えですね。今はそうとは限らないと思いますけど。わたしはそういうの興味ないです」
昼休憩も残り僅かになろうとしていることもあって、そのままメイクを直しに行こうと立ち上がるとこの男は、わたしの肩に手を置いてきた。
「待ってよ。そういう態度は……」
「わたしに触らないで!」
「あっ……」
わたしの声と行為に食堂にいた連中は驚きながら、視線をこの男にぶつけている。そのせいか、すごすごとその場を去って行く男上司。
男嫌いとかでもない。好きになれば好きにもなったりする。だけど、礼儀を知らない男は嫌いだ。
それに、優しい心を持っていないならわたしに触れないで欲しい……




