冷笑の罠に落とし往くニシキギ
冷笑の罠に落とし往くニシキギ
「錦木さん、そろそろ終わりにしないか?」
いつものように彼と体を重ね合った直後、彼はわたしに別れを切り出した。
「こういう関係をダラダラ続けても意味がないんだよな。それに俺、彼女いるし……」
「……え?」
「明日からはいい友達に戻ろう。じゃ、また」
彼とは友達に誘われた飲み会で出会った男性。そのまま意気投合して、トントン拍子に関係が進み、たまに会っては寂しさを誤魔化すかのように互いの体を重ね合わせた。
わたしはこの人を好きだったのだろうか? 正直、分からない。
いい友達に戻る? 友達ってなに? 最初から友達じゃなかったでしょ? あはは……バカみたい。1人取り残されたベッドの上でため息をついた。どうしようもないわたしの心を、ため息に隠した。
やっぱりわたしはフラれたんだ、しかも彼女持ちの男に。なんてことをうじうじと自分の部屋に戻ってからも悩んでいると、いい友達でいたいと切り出した男から連絡が来た。付き合っていた彼女と結婚する……というどうでもいい連絡だった。
「友達の錦木さんにも出席して欲しいんだけど、駄目かな?」
「……いいよ。いいけど、その前にふたりだけで会って欲しいんだけど」
「ああ、それは友達としてだろ? それなら会うよ」
デリカシーの無い男は、平気で関係のあったわたしを関係の無い彼女との結婚式に呼ぶ。彼女がいたからわたしとの関係を一方的に切った。そんな男にはわたしから最高の贈り物をしてみたくなった。
浮ついた彼の想いを、わたしの言葉で壊してしまいたい……そして、彼が結婚した後も彼の想いをわたしと、彼女とで行ったり来たりさせてやりたくなった。
「話ってなに?」
「ねえ、わたしさ……確かにあなたとはいいお友達として思われていたかもしれない。けどね、あなたの魅力はわたしの心に深く刻まれているの。あなたとの時間は最高だったの。だからこれからもわたしと、そして奥さんになる彼女さんとでもっと、もっと……刻み続けて行きたいの」
「錦木……お前、それほどまで俺のことを……」
潤んだ瞳、潤わせた唇を彼へ見せつけると、彼は危険な罠に誘い込まれるように近付き……抱きしめて来た。ひと気のない公園で、抱擁と口づけを交わし続けた。
息継ぎの合間に、ひとつのため息をついたわたしはそのため息にも想いを隠した。この想いはこれから彼と彼の彼女を壊していく想い。彼に抱き締められながら、わたしの口元からは微笑みがこぼれた。
ため息を溶かし続けながらいつしか彼は危険な罠へ落ちて行くと確信したから――




