雪舞う並木のポプラ
彼を初めて見たのは雪の舞う北海道での一人旅の時だった。賑やかな繁華街の通りで、彼は歌を歌っていた。ストリートミュージシャンというやつだった。だけど、1人で繊細な声を出す彼の歌はとても楽しく口ずさむようなメロディではなかった。
3月の寒い中、彼の歌を黙って立って聞いてる人はいなくてそれでもなぜか、わたしはその場に立っていた。失恋旅行とは言え、なぜわたしはここで1人で歌を聴いているのだろう……
[ボクの心の痛みが キミの心を解かすなら その愛を巡って 泣いた日々を 霞めて消していきたい]
「な、何とも哀しい歌のような……?」
「ありがとう。きちんと詩を聞いてくれてるんですね」
「あ、いえ……何となく、です」
「それでも、嬉しいですよ。僕は自分の気持ちを歌にして時々こうして、路上で歌うのですがなかなか難しいですよね。でも決して、聴いている人を哀しませるために歌ってるわけじゃないんです」
そうなのかな? 聴く限りじゃ哀歌みたいだけど……この人、何か哀しい恋でもしたのかな。
「ここへは観光ですか?」
「ええ、そうです」
「いいですね。よければこの近くでお話、しませんか?」
「え?」
寂しい人なんだろうか……それとも、わたしがそう見えた? 一人で観光と言うか旅に来てればそう見えるのかな。どうしようか。近くなら人も多いし、路上で歌ってる人なら下手なコトしないはずだし……
「お話するだけでしたら」
「近くに暖炉のある喫茶店があります。そこで……」
「は、はぁ」
寒さをしのげるならこの際、どこでもいいかな。本当にすぐ近くの古くて趣のある喫茶店に案内された。マスターらしき人は結構な年配の方。客は他にいない。見た目若そうな人なのに珍しい店を行きつけにしているのだろうか。
「突然、お誘いしてしまって驚かれましたよね。ごめんなさい」
「いえ、特には……」
「僕はこの大きな町で1人の女性に出会い、恋に落ちました。でも、その恋はきっと叶わない……」
「……」
急に失恋話? 唐突だなぁ。話を聞いて欲しかったってことなんだろうな……
「唐突にこんな話、すいません。哀しい話で沈ませるつもりはなくて、出会いは一瞬なので、僕は出会ったあなたと話を交わしたかったんです。本当にそれだけです……」
「な、何があったかは分からないですけど、元気出して下さい。こうして出会えたのも何かの縁ですし」
「……ありがとうございます。これでまた一つ、思い出が出来ました。僕はそろそろ行きます。ここのお会計は済ませてあります。ゆっくりと休んでからよい旅をお過ごしください。では……」
「あ、どうも……です」
何だかよく分からなかった。温かい珈琲を飲み干して、外へ出ると名残雪が舞っていて大学かどこかの並木には立派なポプラたちが蕾を開こうとしていた。
そう言えば名前聞いてなかった。そう思って、通りに戻ると彼の姿は無く辺りにはいなかった。さっきご馳走になった喫茶店に行って聞こうとしたけど、何故かお店にはたどり着け無くて途方に暮れてしまった。
近くの交番に尋ねると、この季節……春になる前になるとそういう話が出てくるだとかで困惑していた。わたしは幻でも見たのだろうか? それでも何故か哀しくなることがなくて、何となくこれまで泣いた日と時間を忘れさせてくれたような、そんな人に出会ったかもしれない――




