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心に咲きし色の花-叶わぬ恋も想い出に-♭  作者: ハルカ カズラ
失恋の章
20/40

消えることはない想い

             消えることはない想い



 北国に住むわたしにとって、ホワイトクリスマスなんて言葉は使わなくても、冬になれば自然と白い雪が上空から舞ってくる。舞ってくるだけなら雰囲気あるんだけど……すごい吹雪いてる。


 そんなに都会でもないこの町。深夜にまで車や人が外に出ていることも無いので、寝静まり朝にカーテンを開けると、白い雪が山のように積もっていることはざらにあった。


 それでもホワイトクリスマスには違いなくて、こんな日にわたしは変わりなくバイトへ出かける。


「おはよぅございます~」


「お、早いね。それって、彼と会えるから?」


 わたしにそう話しかけてきたのは、店長。わたしがここのバイトを始めてから、半年ほど経った頃に彼がバイトに入って来て、そのまま1年ほどバイトをして飲み会があって、酔いも冷めないまま言われたのがきっかけで付き合っている。


 店長はもちろん、他の子もいたので誰もが知る関係になっている。みんなが知っている関係……それは決していいことでもないし、嬉しいことでもないけれど批判されての関係じゃないからいいと思うしかなかった。


「そうですね、でも彼は遅番ですからわたしが早く来るのは関係ないですよ」


「それもそっか。じゃあ、今日は気合い入れて売るよ! いちごさんも気合いよろしく」


「了解です!」


 わたしと彼が働くバイトはピザ屋。基本的にはクリスマスに関係なく忙しいけど、それでもクリスマスになるとパーティーとかで注文は増えるし、みんなで食べるっていう認識の食べ物だしこの日は特別に忙しくなるのは納得だった。


 彼とこの店で出会ったのはわたしにとっても、お店にとっても幸運なことだった。自己紹介をした彼の名前、言葉とその経歴は実に華やかで輝かしいものだったのがわたしの心に深く刻まれた。


花菱はなびし そうと申します。イタリアでピザの修行をしてました。家はピザと関係ないですが、花菱家はみなさんの知るあの和菓子屋で有名な所です。でも、俺……いえ、自分はピザ作りに気合い入れてるんで、どうぞよろしく」


 そんなすごい人がこの店に……


 わたしにはとてもじゃないけど、手も経歴も家柄も届きそうになかった。なのに、驚いたことに飲み会で告白を受けてしまった。わたしは別に可愛くもないしピザも上手く出来ないことの方が多かったのにな。


「自己紹介をした時から気になってた。苺さん、俺と仲良くしてくれないですか? オレ、あなたとなら上手く行けると思ってる」


 あわわわわ……こ、これはわたしの夢? それとも幻覚!? な、何でわたしなの?


「ど、どうしてわたし?」


「理由なんてないです。俺が好きだから、ですよ」


「ははは……夢、これは夢ですよね。頬をつねって、いや、なんなら叩いてもらっていいですか?」


「頬を叩いて……いいんですか? それなら遠慮なく……」


 さぁ、来い! どうせ夢なんだ。男の人に頬を叩かれれば夢も覚めるだろうし。目を閉じてその瞬間を待っていた。彼はわたしの頬に手を当てて、どの辺を叩くかを定めるかのように手を添え続けていた。


 く、来るか……!? 歯の力も入れ、目もぐっと瞑り、覚悟を決めたわたしの頬は、微かに香るコロンのような香りと共に、柔らかで優しい感触が当てられていた。


 恐る恐る目を開けると、頬に痛みも無くむしろ自分自身の熱で紅くなっていた。も、もも……もしかしてキ、キスされた!? な、な、なんで……


「ごめん、叩くなんてしたくなかった。だから……」


「う、ううん……び、びっくりしただけ。い、嫌では無くて、な、なんと言いますか。よ、よろしく」


「よろしく、いちご」


 ――なんてどこの甘い乙女ゲームだよ! ってくらいのことをされてしまって今に至っている。


「おはようございます」


 昼前に、遅番だったソウはお店に来ていた。ただ、そこから店長と長く話をしていたみたいで、なかなか顔を見せることが無かった。何の話をしていたんだろう? 


 今日は予想通りの忙しさで、外は吹雪いていたにも関わらずひっきりなしに、お店には沢山のお客さんがピザを求めに来店している。テイクアウトも多いけど、外がそんな状況だからか店内で召し上がる人も結構いて、ピザを焼く回転数を上げないと追いつかないほどだった。


 店長と話をしていたソウもいつの間にかピザを焼いていて、そのことを特に聞くことも聞ける余裕も無く、閉店時間まで互いに話をする暇がないまま時間を終えた。


「お疲れ~」


 お店は終了して、みんなで帰り支度を済ませるとソウがわたしに声をかけてきた。


「苺、ちょっといい?」


「え、うん。何?」


 他のみんなは分かり切った表情を見せて、足早に外へ出て行った。店長もソウに鍵かけを任せていたので、お店の中にはわたしと彼しか残っていない。


「俺さ、いちごのことが好きなんだ。その想いはずっと消えないし、消すつもりも無い。その上でどうしても言っておきたいことがあるんだ」


 な、何かな? もしやこの先の展開の話だろうか? お店をやるとかそっち系? まさかね……


「うん、わたしも同じ……」


「俺、もう一度、イタリアに行くことにしたんだ。だから、最低でも2年は日本を離れることになる。そのことをどうしても言いたくて、それでももし……いちごが嫌だったらその時は――」


「――え」


 その時は別れる? そ、そんなのってないよ。それは嫌だよ……


「俺の個人的な我儘わがままに振り回すくらいなら、俺はいちごとは別れ……」


「ダメ! そんなの嫌! 2年くらい平気だし、そんな、そんなの関係ないよ。行っといでよ。わたし、待てるし、それに……距離が離れていたって、心が離れるわけじゃ無いよ。そうだよね、ソウ?」


「そ、そうだよな。や、悪い……悪かった。今ならネットで繋がりがあるし、た、大したことでもないよな。はは……何か、なんか俺、動揺してた。ごめん、ごめん……苺」


「ん……わたし、待つから」


 誰もいない店内、吹雪く雪を感じることのない静かな空間でわたしたちは口づけを交わした。それが彼と交わした最後の”キス”だった。


 4月になり、たまに上空から白雪が舞って来る季節になった。彼はイタリアでの再修業に時間を取られているのか、あまりネットでも連絡をしていない。でも、わたしは不安を感じることがなかった。


 こうして、時折舞ってくる白雪のように地面に落ちれば、解けて消えるわけじゃなく、わたしと彼は”消えることはない想い”を続けて行けると信じているのだから。


 雪が止み、太陽の光が降り注ぐとともに、道に植えられていたハナビシソウが嬉しそうに花を開いていた。だから、きっと大丈夫――

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