儚くも、夜の女王
わたしは声帯が生まれながらに弱い。弱いながらも、幸いにして声は美しいらしく、その声を生かして声優の道を選んだ。とは言っても、アニメや映画に充てる声では無くどちらかと言うとアナウンス向け、もしくは姿の見えない声を充てている。
もう一つ、わたしには弱いことがある。それは、体が弱いこと。声の仕事は通常は昼に収録することが多いのに、私だけは特別に夜に限って収録させてもらっている。わたしの声は夜のひとときに輝く。夜にしか元気を出すことが出来ないほど、弱いという意味でもあった。
何かの力を貰えているのかは神秘的な話になるので控えたいけど、満月の時、わたしは人一倍綺麗な声を出すことが出来ていた。そして、わたしにはどうしても叶えたい願いがあって、そのことも満月の日にお願いをしていた。
「姫小百合さん、お疲れ。初めて一緒の収録になったけど、やっぱりいい声してるね」
「と、とんでもないです……あの、素敵なナレでした。藤林さん」
「何か、そう言われると照れるね。この後、どこか打ち上げ行きます?」
「いえ、わたしは……あの」
「あ。そ、そうでしたね。ごめん……やっぱり体はキツイ? 俺、姫さんとは滅多に会えないし、その美声にも出会えないから一度だけでいいから、ゆっくり話がしたいって思ってるんだけど……無理、かな?」
今夜は満月……月の力をもらって、ほんの僅かでもいい。彼との時間をわたしにください――
「い、行きます。せっかくこうして……ですので、藤林さんエスコートお願いします」
「本当ですか!? す、すげー俺、ツイてるかも」
収録を終えると真っ直ぐに病室へ向かうわたしはこの日、満月と藤林さんの喜びにあやかって戒めを解いてしまった。そうして、初めて夜の繁華街を彼と歩き、立ち寄ったことのないお店で彼と時を過ごした。
満月がわたしの心を映してくれているかのように、彼はわたしの放つ言葉の一語一句を聞き逃さずに、頷き、笑顔を見せ、好意を見せてくれた。
例えこれが”夢”であっても、これが月の気まぐれであったとしても、わたしの願いは叶えられた。気になる彼との時間を過ごすこと――それがわたしの願い。
夜にだけ輝くわたしの願いは叶えられた――
藤林さんとの楽しいひとときを過ごし、彼と別れた後……気付くと病床についていた。限られた時間と、限られた命を彼との時間に使ったわたしはただ、静かに瞼を閉じた。
再び開くことのない私の目に飛び込む月の光は、願いを成就した証なのか、綺麗に輝いていた――




