渇きのアンジェリカ
「へえ、明日葉って、本が好きなんだ? だから真面目に作業してんだな?」
「明日葉って書いて明日葉って花があるんだけど、”彼女”はとても活動が旺盛なの。私は彼女にならって真面目を見せているだけ。本当は心も体も感情も渇ききっているけどね」
「渇いてる? あぁ、だから唇がかさついてんのか。俺が潤してやろうか?」
「それはどういう感情で? って、ここ、図書館だから静かにして」
「感情? それはもちろん、好きだから恋って意味だけど?」
「あり得ないんだけど。いくらずっと同じ所で作業しているからって、どうして恋が芽生えてしかも、好きになっているの? 今までそんな素振り見せなかったじゃん」
「そこが俺の、いや男の面倒なとこなんだ。俺は少なくとも、お前……明日葉のちょっとした仕草とか、汗が額から滴る時にハンカチで拭いた後のほのかな香りみたいなもんに萌えを感じたっつうか、何かコイツいいなって思った。そしたら不思議な事にお前ばかり気にし始めた。他の奴より、明日葉しか見えなくなった。そんだけ」
「ば、バカじゃないの? そんなので好きとか恋とか……」
こうは言ってるけど、自分の中で青木くんの言葉はどうにも心に響いている。それでも、告白に近い彼の言葉をそのまますんなりと受け止めるほど、私は素直じゃない。
「渇いてる私をどうやって潤すわけ?」
「じゃあ、こっち来てくれる? そぅーっとな……」
私たちが作業している書架では数人ほど、作業をしていて集中しているせいか他の人の動きなどはいちいち見てはいない。だけど、声を出せば注意はされるし、変な動きをすればすぐに見つかりそうだった。
私は青木くんと共に静かにその場から移動した。着いた先は、まだ作業する予定の無い書架の部屋。
「よし、ここでなら明日葉とそういう話が出来るだろ。もちろん、渇いたもんを潤すこともな」
静かで人のいない部屋に来たということの意味を私は、そう理解して彼に言葉を放った。
「私の好きな言葉にね、Speak low if you speak love.があるの。それを今、私と君が実践してる。この言葉に付け足して”キス”をするだけなら許してくれる?」
「何だっけ……あぁ、シェイクスピアか。キスを当てはめるとなると、声をひそめながらキスして恋を語る、になるのか? ってことはこの時点では俺と明日葉との恋は成立しないってわけか。まぁ、いいけど。要はその行為そのものを否定しなければいいだけであって、恋として認めなくても成り立つわけだよな」
「そ、そうなるね。私は君……青木くんと恋にならなくてもいいの。だからこのまま――」
図書館で作業している皆がいる中で、誰も入ってこない一室に声をひそめて”キス”をしている私たち。これが例え恋として認められていなくても、私の渇いた唇と心は彼によって潤した。
渇きを潤す行為と恋の話をふたりで語った。たとえこれが恋にならなくても――




