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心に咲きし色の花-叶わぬ恋も想い出に-♭  作者: ハルカ カズラ
失恋の章
14/40

偽りの境界線


「嘘だろ……!? それ、マジで言ってんのか?」


「本当。好きな……好きになったあなただからこそ、はっきり言うべきだと思った」


「知ってたらお前のことこんなにも、のめり込むことはなかったのに――」


「……ごめんなさい」


              × × × × ×


 私が彼と付き合い出してから、半年くらいになろうとしている。きっかけは、会社の廊下でぶつかったこと。彼は部署違いの人で社員さんだった。


 数日が経って、ある日のお昼。書類の提出を終えてふと窓から外を眺めていると、あの時ぶつかった彼が外のベンチで1人で座り、勢いよく弁当を食べていた。その光景が何だかおかしくて、思わず外に出た私。


「あの、ここ、いいですか?」


「へっ? あ……この前の人だよね。あぁ! 隣に座るってことならもちろん、いいよ」


 彼が口にしていたものは、全て廃棄寸前に値下げシールが張られる菓子パンや、おにぎりだった。


「あのそれ、全部期限ギリギリのですよね? しかも3つも4つも……」


「味、質よりも量で勝負だからね。近所の店でいつも買うんだよ。なんせ男の独り身は食事が乏しいものでね。社員だからって贅沢出来ないもんだし」


「……よかったら私が明日からお弁当作って来ましょうか? あなたの分まで」


「え? そりゃあ嬉しいけど……ってか、名前教えてなかった。俺は、生産部の桐翔太きりしょうた。キミは?」


「私は派遣の水木仙子みずきひさこです。みんなからはスイセンって呼ばれてますけど……」


「スイセンさんか~覚えとくよ」


 彼は先程まで広げていたおにぎりやパンを全て平らげたらしく、立ち上がって中へ戻って行った。私の言葉を信じていないであろう態度だったし、弁当のことは社交辞令かなにかだと思ったのかもしれない。


 


「これ、作って来たお弁当です」


「マジっすか!? って、やべえ」


 約束通り、作って来た弁当を持って桐さんが座っていたベンチへ行くと、やはり信用していなかったらしく質より量の売り切りパンなどが彼の手元に置いてあった。私のお弁当を見て咄嗟に後ろに隠していた。


「どうして買ってきてたんです? 信用していなかったでしょ?」


「いやースイセンさんは社員の俺なんかにわざわざ作ってこないだろうなぁと……」


「……今日はそれでいいです。明日から持って来ないで下さいね」


 彼の驚きを余所に、お昼は私の手作り弁当を持って行くことになった。そうしたことが数日続き、次第に桐さんは社内の愚痴話や、元カノの話、昨日見た動画の話とかをしてくるようになり、私との距離を近くしてきた。


「スイセンさん、いや、ひさこと俺はもしかしてめちゃくちゃ気が合うんじゃね? 偶然、廊下でぶつかっただけなのに何となく予感つうか、運命みたいなもんを感じたんだよな」


 彼の言葉を聞いた日から、付き合いを始めた。桐さんは私との出会いを運命に感じて、心を開いてきた。私も心を開いて、彼に応えた。もちろん、気持ちに嘘は無く好きという二文字は間違いなく私の心の中にもあった。


 でも、私はタダの派遣じゃない。桐さんの会社に託された派遣だ。それも独身男性社員向けの……そして、付き合い出して半年が経ち、彼から結婚を申し込まれた時、私の正体を打ち明けた――


「ひさこ。俺と結婚、してくれないか?」


「……それは出来ません」


「どうしてだ? 俺たち、すごく気が合うし俺の為に毎日、手作り弁当を作ってくれて俺のことは好きなんじゃないのか?」


「私は派遣なんです」


「それは分かってる。別に不思議な事じゃない」


「いいえ、私は桐さんの雇主に借りられた派遣の彼女なんです」


「は?」


「私はあなたの会社が委託された派遣彼女からやって来た、人間です。あなたのように独身男性が多くいる会社に派遣する彼女、貸出の彼女です。ですから、結婚は出来ないんです」


 彼を好きという気持ちはもちろん、あった。でも、廊下でぶつかったのはそういう指示を受けていたからであって、運命的なものではなかった。


「じゃ、じゃあ……この半年、俺は騙されていた。そういうことなのか? それはマジなのか!?」


「……はい」


「こんなにもひさこにのめり込んだのに、そりゃないだろ……手作り弁当も誰かが作って来たのか?」


「いえ、アレは間違いなく私の手作りです」


「くっ……そ、んなことあるのかよ……くそっ、くそっ――」


 彼に罪はない。あるとしたら会社……ううん、それも違う。悪いのは彼を人間不信にしてしまった私。好きな気持ちを持ちながら、割り切って交際を続けて来た私に非がある。


 それでも、本気で私ものめり込んでいたら結果は違うものになったかもしれない。だけど、そういう偽りを仕事にしている私にとっては一つの事柄に過ぎない。


 それが私、偽りの水仙と呼ばれている由縁なのだから――

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