誤魔化しの枝垂桜
誤魔化しの枝垂桜
春になり、私の眼前には見事なしだれざくらが咲き誇っていた。桜……桜には様々な意味があるけれど、しだれざくらの意味を知って納得している私がいる。
今思えばずっと彼は私とのことを誤魔化しながら付き合っていた。3年間、毎年のように春先に彼と見に来ていた、しだれざくら。花の意味も分からずに、表面しか見続けてこなかった。彼も同じ……目に見える所しか見せなかった。それが別れの決め手だったのかもしれない。
× × × × ×
わたし、甘菜と、高校の時からの恋人、和桜は同じ大学へ進学した。同じ大学に入り、サークルも同じ、学部も同じ。付き合っている時、彼のことを一つも疑うことも無く怒ることもなかった。
わたしは友達から甘菜は純粋すぎるよ。なんて言われたけど、それが悪い意味では無いということを知っていたし、言われた言葉の意味を理解していなかった。
「なぁ、甘菜……お前、俺に文句ひとつ言わねえけど、何か言いたいことがあったら言っていいんだぞ?」
「どうして? わたし、今まで和桜にひどいことされた覚えなんてないし、文句のつけようもないほど優しいじゃない」
「そうか。それならいいんだ……」
「うん」
彼が言ったことに首を傾げることのなかったわたしはまさに、純真無垢で大人しすぎた。それが彼の誤魔化しと嘘を重ねさせたと言えるのかもしれない。
サークル活動で彼は他の女子と距離が近く、肩に手を乗せたり腰の辺りを触れる行為は頻繁にあった。それを見て、さすがに文句を言うこともあった。けど、彼は「それくらい普通だし当たり前だよ」なんて言葉を使って誤魔化していた。
わたしは高校の時から彼に付き従うように付き合って来た。そのせいか、うるさく言うことも無いし喧嘩をすることもほとんど無かった。大学に入ってからもそのままだと思っていたけれど……
在学中、わたしは冬からアルバイトを始めていた。彼はサークル活動に夢中。そうなると、互いに会いたいと思うときには会えないということがどうしても生じた。
「甘菜、俺とバイトとどっちが大事なんだ?」
「選べることでもないよ、そんなの……」
「お前に会いたくて話をしたくて連絡してるのに、どうしてその時に限ってバイトなんだよ?」
「それは、だって……そんなの分からないし……」
「まさかお前、バイト先に好きな男とかいるわけじゃないよな?」
「どうしてそんなこと言うの? そんなわけないじゃない……そんなわけ」
「ならいいけどよ。とにかく、会える時間が出来た時は連絡しろよな」
和桜のことだけをずっと見て来たし、ずっと付き合って来てるのにどうしてあんなことが言えるの? そうして、会えない日が続いていたけど、わたしはアルバイトの休みの日に和桜に都合がつけたことを教える為に連絡をした。
「おう、甘菜か。どした?」
「あ、あのね……明後日、バイトがお休みなの。だから……」
「あ、悪ぃ。その日駄目なんだわ。用事があるんだよ。また別の日に誘ってくれ。じゃあな」
今度は彼がすれ違う。そうして何日も何カ月もすれ違いが続き、ようやく彼と休みが合う日が出来た日があった。それは、しだれざくらが咲き誇る4月のことだった。
こんなにも恋人と会えなくなるなんていつ想像したのだろう。クリスマスもお正月も一度も会うことが無かった。それが2年に上がる直前の4月だなんて。
「どうして一度も会えなかったの? わたし、休みの日はあなたと会うことを楽しみに待っていたのに……」
「あぁ……まぁ、なんだ。俺も結構、忙しくてさ」
あ……嘘。嘘ついてる。分かるもん……
「ねえ、好き?」
「ん?」
「和桜はわたしのこと、好き?」
「……ああ。好き……だ」
「そ……」
どうして真っ直ぐ目を見てくれないの? どうして正直に話してくれないの……ずっと、好き同士で付き合って来たのに。
「もう、行くよ俺。じゃあな、甘菜」
「……」
後から友達に聞かされたのは、彼がサークルで仲良くしてた女子と関係を持ち、ずっと傍に居続けたことだった。たった一度のすれ違いでどうしてそんなにまで心が離れて行ったの? わたし、和桜のこと好きなままだったのに。
付き合うまでが大変だったのに、別れるのはあっという間だった。どうして彼はあっさりとわたしのことを諦めたの? ずっとずっと、誤魔化し続けてくれたらわたしはそれでも良かったのに――