ほんの僅かな復讐心
ほんのささやかな復讐
「俺、彼女欲しいんだよ。浮気しねえから、付き合って!」
「……浮気しない、ねえ……男は絶対する生き物だしそれを約束とかないかな」
「いや、マジマジ! キミだけだから。破ったら何でも命令していいから!」
「じゃあ……」
彼と出逢ったのは年末。臨時のバイトで寒い中、ケーキを必死に売りまくっていた時。寒い時や辛い時は、お互いを支え合う気持ちになることが通常の時よりも高い気がする。
臨時のケーキ売り。その日も寒すぎる中、彼と私は一見暖かそうなサンタ姿で店先に出ていた。見た目とは裏腹に手は悴み、凍えながらの掛け声で吐息は真っ白。
「や、やばいってマジで……プラカード持つ手がカチコチに凍りそうなんだけど」
「私もだよ……ポケットに手を突っ込めないし、ケースのケーキはよりにもよってアイスばかりだし、店長何考えてんの? って思う」
「いつも寒いけど今日やたらと寒過ぎねぇ? って、今更だけど名前教えて?」
すごく仲良さげに話をしてるけど、今日が初対面。もちろん、彼の名前は知らない。私も聞かれてないから教えてなかった。臨時だし教えなくてもいいんだけど、寒いのを我慢してるのは同じだし名前くらいは教えてあげないと全てが冷えそうな感じ。
「あざみ。キミは?」
「俺? 俺は柊羽。タメっしょ? どこ高?」
「春に3年になるけど……学校はその辺~」
「あー……一つ上か。あざみの学校教えてくんねえの? まぁ、いいけど。ってか、寒すぎんぞ。かえりてー」
年下か。一つ下だけど、何かガキっぽく感じる。2日限定バイトだし、そこまで仲良しになっても仕方ないしね。何てことを思いながら、交代の無いケーキ売りのバイトは初日を終えた。
翌日ははっきり言って売れない日。何故かイヴにクリスマスは終わりを告げるのが日本て国。だけど、ケーキ屋は25日までしっかり売る。コンビニとかと違って、本格的なケーキだから売り切りで安くすることをしない。と言うよりは、バイトしてるこの店が頑固っぽい。
「あざみっつったっけ? 割に合わなくね、これ。寒いし売れないし突っ立ってるだけなのに、あんま高くないじゃん。こんなん、カラオケオールで消える」
「それ、カラオケじゃなくて食べ物頼みすぎなんじゃ?」
「確かに。俺、歌わないから食ってばかりなんだよな」
2日間だけの臨時バイトで貰える金額は多くないし、高校生相手だとそんなもんだと思う。カラオケで使うのはさすがに無いけど。
世間はもうケーキを買わない感じっぽくて、私たちは寒さを我慢して立ち続けていた。ちょっと、いや、だいぶ手の感覚が鈍くなってて、こんな時に客が来たらお釣りを渡せるのか不安になった。
そんな様子を柊羽は見てたのか、気まぐれなのか知らないけど右手はプラカードを持ちながら、左手は私の右手を握って来た。
「……え、何?」
「片手だけでも貸そうかな、と。手ぶらだと冷えんじゃん? 離す?」
「いいけど。右手やばくない?」
「もうアレだから。プラカの木の部分と同化してるから」
「あは、何それ。ウケる」
「2日しか会ってねえけどさ、あざみって男いんの?」
「そんなこと聞く必要ある?」
「寒さを分かり合った記念に、遊び行かない? てか、あざみが卒業するまででもいいから付き合って」
寒さで手が悴んでいたのを、柊羽は温もりを与えてくれた。これは感謝してるけど、こんなことで付き合うとかないな。遊び行くならいいけど……
彼の言葉は寒さを共有した時だけの言葉だとばかり思っていた。私の予想は外れて、年明けから柊羽は積極的に連絡を取って来た。私は推薦が決まっていたから余裕があったというのもあるけど、年下くんのアプローチがウザいくらい……嫌では無いレベルで頻繁にあったせいで、夏くらいにはいつの間にか関係が進んでしまった。
「去年の年末、ヤバかったよな~」
「柊羽は今年もやるの? ケーキ売り」
「当然。遊び行けんじゃん? あざみはどうする?」
「無理。親と買い物行く約束してるから」
「マジかよ。彼氏より親を取るのかよ……」
「ごめんね。差し入れ持ってくから」
「お! マジで? じゃあ許す」
寒いのは寒いだろうし、手が悴むのは分かってることだから、熱い缶コーヒーでも持って行ってあげることにしていた。
クリスマス商戦――
やはり、彼は寒い中ケーキ売りのプラカードを持って退屈そうに立っていた。近付いて声をかけようとすると、予想通りそこにいた、もう一人の女子と仲良さげに話をしてて彼の左手はその子の右手を握っていた。
それを浮気と見るのは違うかもしれないけど、同じことをして口説いているなんてことを思った私は、差し入れのホットコーヒーをやめて、ほんの少しの復讐をすることにした。
彼に近付くと、案の定口説き文句を垂らしていたので、何気なく声をかけてみた。
「よ!」
「お、おお……」
「浮気の現行犯ってことでいい?」
「いや、ちが……」
気まずいのか、相手の女子は顔を背けている。繋いでいた手は離していた。ま、そんなもんだよね。男は。
「ほら、差し入れ」
そう言って、いかにも湯気が立ちまくっている缶コーヒーを彼に見せつけた。
「おー! すげー熱そうな湯気が出てんじゃん! ありがとう、あざみ」
「受け取って」
「あ、うん」
彼の左手はそこの女子と繋いでたせいか動きがいい。右手だけはしっかりとプラカードを握っている。先程まで見知らぬ彼女の温もりを感じていた彼の左手に、缶コーヒーを差し出した。
「!!!?? いってぇぇぇぇぇぇぇ!!!!! な、何だそれ」
「んー? さっきまでドライアイスに浸けてた缶コーヒーだけど?」
さっきまで手の温もりを感じていた彼の左手は、すっかり霜焼けが出来て赤くなっていた。
「これ、シャレになってねえぞ? お前、何してんの?」
「さっきまで温かかったんでしょ? だから冷やしてあげた」
「――あ」
私の言葉で分かったようで、その後は隣の女子と話しをすることなく仕事を続けることを約束してくれた。これがきっかけというわけではないけど、柊羽とは結局卒業前に別れることになる……
彼へのほんの僅かな復讐。同じことをされたらさすがに嫌だったから……




