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Ep⑩ 焦がれる気持ちと向けるべき相手

「おはよう、ファリファン」

「おはようございます」


 白い歯を見せて微笑むマルティネスの顔をチラリと見てから、すぐに視線を下げる。

 ファリファンは、手の指を互いに絡ませて側面をキュッと締め上げた。

 背筋を伸ばし、尻の丸みに力を入れて足の内側を隙間がないようにくっつける。

 顔の筋肉は緩むことを忘れてしまったかのように無表情だった。

 ラムドの死は受け入れがたかったが、呼ばれたモルワの証言を聞いて納得するしかなかった。


「確かに、息子だ。顔の判別も特徴を見つけるのも難しいが、間違いない。流された血に触れてみてわかった」


 戦場で鍛え抜かれたカンというものなのだろうか。

 幾多の戦いから生還した者こそが持てる力――らしい。

 ラムドの遺骸はすぐに灰にして地に還された。

 あれから一週間。

 食事もせずに泣いて過ごせたのは三日で無理矢理部屋から引きずり出されて、ドロドロの液体食を口の中に入れられてしまった。

 心は石のようになり、何を見ても感じないし、口にしても砂を噛んでいるかのようだった。

 せめて、みっともなくないようにと、背筋だけはピンと伸ばすようにはしていたが――。


「ファリファン、今日から王の視察に同行しなければならない。帰りは明後日になるが――」

「はい、わかりました」

「警備の人間は増やすけれど、城から出ないように。中庭だけならいいけど」


 反撃に出たバスチュラ人一掃隊は、今のところ全滅していた。

 マルティネスの懸念は、ここにも及ぶかもしれないということに違いない。


「あの塔の地下――あそこもダメだからね?」

「……」


 言われなければ忘れていたことだった。


「無事に出てこれたのは奇跡だ。次はどうなるか、わからない」


 装置の故障ならば、確かにそうかもしれない。

 ――が、本当にそうなのだろうか。

 あの天井付近に閉じ込められている巨大な獣は?

 なぜ、あそこにいるのか。

 いつから?

 だれが何の為に?

 ファリファンは、マルティネスの顔を見上げるように顎を引き上げて視線を送った。 

 鎧を纏い、剣を腰に下げたその身体は、厚みも増して威圧感が強烈だ。

 初めて出会ったときには感じなかった何かが、そこにはあった。

 ラムド――。

 何度もその存在を確認しようとするが、目の前の男からは感じられない。

 マルティネスもそれをわかっているのか、ただ黙ってファリファンを見つめ返すだけだった。


「ファリファン――」


 マルティネスが手を伸ばし、ファリファンの頬に触れた。

 いつもと違い、その瞳は甘い輝きを走らせている。


「あ、あの――」


 ファリファンは、咄嗟に身体を引いて触れる指から逃れた。


「ご、ごめんなさい……わたし……」


 マルティネスがどんな顔をしているのか、見ることができない。

 背中を向けて、数歩離れた。


「いや、いいんだ……わたしの方こそすまない……また、キミが消えるのではないかと、つい焦ってしまった」

「マルティネスさん……わたし……やっぱり……」


 ラムドが死んだと聞かされてから考えていたことを思い切って口にすることにした。

 ――ここを出て行きたい――。

 例え、飢えて死ぬことになってもかまわない。

 もう、ラムドはいないのだから。

 ガッシャガッシャと重々しい金属音と鋼の靴音が迫ってくる。

 ハッと顔を上げて振り返ろうとしたときには、マルティネスの手に上腕を掴まれていた。


「させない! そんなことは許さない!」


 ファリファンを数度強く揺さぶってから、顔を近づける。


「イヤ!」


 何をされようとしているのかわかり、渾身の力を振り絞ってマルティネスの身体を退けようと突っぱねた。


「ようやく、ここまで来たんだ! 手放すものか!」


 あからさまな欲望を口にされて、ファリファンは青ざめた。

 結婚し、妻となるということがどういうことかは理解していたのだが、マルティネスを対象にしていなかった――というのが正直なところだった。  


「あぁ、わかっていたさ。キミが恋すら知らない子供だってことくらい。だから、猶予を与えたんだ。だけど、キミは、ラムドを――」


 ファリファンの身体を引きずるようにして部屋の外へと連れ出す。


「痛い……放して……」

「いや、ダメだ。閉じ込めておくよ。ちゃんと正常に働く装置で――ね。だれもキミを連れ出したりしないように」


(だれもですって?)


 大股で歩くその後ろを小走りで着いていくしかない状況だった。


「どういうことですか?」

「キミは世界を救いたい、そう言ったのに――」


 確かに、そうだが――状況が変わってしまった。

 ラムドがいるという前提があったからこそ、そう思えたのだ。


「誤算だったよ。こうなるとわかっていたら、星獣捜索隊なんか作らせなかった」

「こうなる――ですって?」


 マルティネスが足を止めた。


「あぁ、そうだ」


 ファリファンを捕まえたまま、振り返る。


「ラムドは邪魔だった。いや、あの身体が――だ。この身体こそがわたしの本来の身体であるべきなんだ」


 答えを手繰り寄せようと懸命に脳をフル回転させる。

 ファリファンの表情を愉快そうに見ていたマルティネスが目元を苦しそうに歪ませた。


「わたしも本来の使命を果たすべきだった。キミの気持ちがどちらに向かおうが関係なく」


 ファリファンの腕を掴んだまま、自ら身体を寄せると抱きしめた。


「愛している……愛しているよ……リサーシャ……必ずキミが望んていたことを成し遂げてみせる」

「リサーシャ、あなたが愛した女性の名前ですね」

「キミのことだよ」

「いいえ、わたしはファリファンです」

「いや、その前にリサーシャだ。ヴァルパネラスを創り出した研究者でわたしの妻だ」


 抱きしめる腕の力は、どんどん強くなっていく。

 冷たい鎧に頬を押し当てるしかない状況だった。


「世界を救う為に、キミは命を投げ出した。たった一人残されたわたしの気持ちをリサーシャ、キミは知らないだろう?」

「マルティネスさん……苦しいです……力を緩めて……」

「文明が滅びを迎えるのは時間の問題だったんだ。キミは、そうならない為に死を選んだ。滅びが訪れたときの為に生まれ変わったんだ」


 ファリファンは、鎧の上からマルティネスの胸に拳を何度も打ち込んだ。 

 しかし、力が緩む気配はない。


「だが、今度は一人では逝かせない。愛してるよ、リサーシャ」


 ファリファンが手の動きを止めてからようやく、腕の力が緩んだ。

 顔を上げると、マルティネスが張り付いたような笑みを浮かべている。

 思わず、身震いをしてしまうほど不気味な笑顔だった。

 ファリファンのその様子を楽しむかのように、口元をさらに緩ませた。

 何か言葉が飛び出してきそうな予感に、ファリファンが顔を不安気にさせる。


「心配しなくてもいい。ちゃんと星獣は捕まえてあるよ」


 やっぱり、あそこにいるのは星獣だった――。 

 頭の中が真っ白になっていく。

 ショックで何も考えられない。

 ファリファンは、マルティネスに寄りかかるしかなかった。

 身体に力が入らない。

 歩くのも難しいほどだった。


「ラムド――そう呼んでくれてかまわない。今夜はムリだが、帰ってきたらキミを花嫁にするよ」


 巻き付いた腕がファリファンの身体を横抱きに抱え上げる。

 視察でいなくなることがファリファンにとって唯一の救いだった。



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