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Ep⑨ 失われた存在

 塔の地下に広がる謎の空間で、途方もない大きな存在を前にしながら、ファリファンは逃げ出すこともできなかった。

 手足が地面と一体化してしまったかのように、まったく動かない。

 口の中は渇き、舌の付け根が上顎にひっついてしまいそうだった。

 怖いもの見たさなのか、その巨躯から目を離すことができない。


(これは……何? こんな獣……知らない……)


 自分を見下ろしている獣の双眼が腕輪の青香石と同じ色であることに気がつき、反対側の手で腕輪のその部分を撫でた。

 三日月形に開いた獣の口から七色に輝く硬質な牙が覗いている。

 流れるように垂れ下る夜色の獣毛の下で、鋭い爪が何かを引っ掻くようにキシキシと耳障りな音を奏でていた。

 周囲の状態から見て、獣は天井部分より上の空間に閉じ込められているらしい。

 吹っ切れたファリファンは、そこら中を歩き回った。


「もしかして、まさかのまさか――?」


 何度か否定してはみるも、どこからどう見てもまさに、あの獣としか思えない。


「でも、どうして? もし、これが星獣だったら、マルティネスさんが知らないはずないわよね?」


 王に進言して作らせた星獣捜索隊は、なんだったのか――ということになりかねない。

 それとも、ここにこれがいることを知らない――とか?

 ファリファンは、もう一度天井を見上げて獣の様子を観察した。


「星獣――じゃないとしたら? だけど、なぜ、ここにこんな巨大な獣がいるの? それに、ここに到達することになったあの仕掛けは何?」


 魔法――なのだろうか。

 得た知識では、魔法と呼んでいるそれは科学と呼ばれる前文明の遺物を再利用したものということだった。


「もしそうなら、どこかに装置らしきものがあるはずなのよね」


 落下したと感じたのは、実際とは異なる空間を地下という設定で作ったからに違いない。

 感覚を利用した方が異なる空間を繋ぐ場合、転移の失敗が少ない。

 対となるもう一方の感覚<上がる>を意識しやすくなるからだ。

 しかし、そうするには感覚に働きかける外部刺激が必要だった。


「あった!」


 歩き回った末に見つけたのは、目の錯覚を利用した壁と床が同色の段差だった。

 一段、二段、三段と積み重ねられたブロックのその先は壁。

 だが、上がるという感覚は、それだけあれば十分得られる。

 ファリファンは、足をかける前にもう一度獣の姿を確認した。

 まっすぐこちらを見ている。


(あれが星獣なの?)


 ここに獣がいることをラムドは知っているのだろうか。

 いや、もしそうなら、捜索隊に加わったりはしない。


(マルティネスさんだって、捜索隊を作るなんて考えなかっただろうし……)


 つまりは、ここにいる獣自体が星獣でない可能性もあるわけで――。

 ファリファンは、ゆっくりと確認するように石段を上がっていった。

 誤算――それは、予想していなかったことだった。


「ぎゃぁあぁぁぁぁあああああ!!!!!」


 三段目に立ったとき、ズドンと真上に急加速で足元から上昇し始めたのだ。


「いやぁああああああ!」


 初めての体感速度に頭を抱えてしゃがみ込みそうになる。

 ――が、腰を引いた瞬間、そこは元の地下道に変わっていた。


(ひぇぇ……)


 心臓が爆発してしまいそうだった。


「魔法……コワイ……科学……コワイ……」


 ガタブルと震えながら、地上へと戻る。

 渡り廊下を進んで寝室へと向かった。


「ファリファン!」


 マルティネスが目を見開き、口を開けて驚いているかのような顔をしている。

 目的の場所に到達する前に、廊下の曲がり角から現れたところに出くわしたのだが、ファリファンにはどうしてそこまで驚くのかが理解できなかった。


「今までどこに……突然、いなくなって……わたしは……てっきり――」

「てっきり? なんです?」

「あんなことを言ったから、追い詰めてしまったのかと……それで出ていったのかと――」


 少し、大げさすぎる。

 二、三時間いなくなっただけなのに。


「一ヶ月……だ――方々捜したんだ……」

「えっ? 一ヶ月?」

「見つからなくて……盗賊にさらわれたのかとも考えて、討伐隊も出したんだが――」

「あの……すみません。おっしゃっていることがよくわかりません」


 時間の経過は、獣がいた空間と大きく関係していることは確かだった。

 ファリファンは、どこにいたかを説明した。

 ある一点だけは省いて。

 巨大な獣と遭遇したことは、言わなかった。


「時間経過の誤差はあの空間の影響じゃないでしょうか」

「いや、装置そのものの故障だろう。正常に動いていれば多少の誤差はあれどここまでではなかったはずだ」


 異なる空間を繋ぐ装置は、前文明の冬眠装置を元に開発されたものらしい。 


「だけど、よくぺしゃんこにならなかったね。ラッキーだったとしか言いようがない」


 異空間を生み出すには、外側に向かう力と内側にかかる力が同じでなければならない。

 加えてそれを維持するには、とてつもなく膨大なエネルギーを必要としていた。

 つまり、バランスが崩れれば――原型すらとどめない結果が待っている。


「でも……一ヶ月も経っていたなんて……」

「キミがいなくなっていた間に色々あったんだ」  


 嫌な予感がしていた、

 ファリファンは、マルティネスの顔を不安気に見つめた。

 ルダリが水を注いだグラスを握らせると、ファリファンの背中を摩り椅子に腰かけるように促す。

 まさか、ラムドの身に何か起きたんじゃ――。


「星獣捜索隊が襲われて、全員死亡した」


 ファリファンの手から滑り落ちたグラスが石床で粉々に砕ける。

 崩れるように椅子に腰かけた。


「すまない、ファリファン。こんなことになるとは――」

「ラムドは……彼は……」


 呼吸をするのも困難だった。

 口を大きく開き、両肩を上下に揺すって空気を肺に取り入れる。  


「惨状はひどくてね。隊員の人数分は確認できてはいるが、個々の判別は難しかった。モルワが立ち会ったがやはりラムドの特徴らしきそれを見つけることはできなかった」

「そんな――」

「殲滅したと思われていたバスチュラ人の生き残りに襲われたんだ」

「バスチュラ人は、気候変動に耐えられずに死滅したのではなかったのですか?」

「凶暴化した。彼らは、前文明の研究者が持ち出した遺伝子情報で生み出された人間の子孫でね。けれども重金属汚染の影響を受けて変異した遺伝子を受け継いでしまった。人間とは思えないような容姿になってしまったが――。しかし、脳だけは異常に発達したんだ。だからこそなんだろう。この環境の変化で我々が感知しないものの影響をもろに受けてしまった。凶暴化の前兆としては、狡猾な手口を使って相手に対して意地悪をする、攻撃的な言動などがあげられるんだが――」


 学校でバスチュラ人の教師に氷心症だと指摘されたことが原因でいじめが始まったのもそうだったのかもしれない。

 ファリファンは、妙に納得がいった。  

 けれども、ラムドのことは別だ。


「信じられません……彼が死んだなんて――」

「ファリファン、よく聞いて欲しい」


 改まったその声色に、コクッと唾を呑み込んだ。

 先ほどまでとは違い、視線を絡めるようにしっかりとファリファンを見つめている。


「ラムドとわたしは、元はひとつだ。あの肉体が死んだ以上、戻ってくるとすればこの身体しかない」


 言わんとしていることは、察しがついた。


「わたしをラムドだと思ってくれないか?」


 内側にその存在を捜すが片鱗さえ見つからない。


「彼の人格は、わたしに吸収されたんだろう」


 説得力のあるその言葉に、ファリファンは両手で顔を覆い隠した。

 嘘だ――そんなの、絶対に嘘だ――。

 流れた涙がじわじわと顔前面に領域を拡大していく。


(ラムドにちゃんと謝ってない……)


 声を上げまいと、歯を食いしばる。


(逢いたい……)


 失ったモノが占めている気持ちの深さ。

 瞼裏にラムド姿を想い浮かべる。

 慕い焦がれるのと同時に、絶望という崖っぷちに立たされていた。 


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