2-1
結局集会の発表はカエルの歌の輪唱に決まり、永谷はそのままホームルームを始めた。
授業のことやテストのことを話す担任の声は琴子の鼓膜をするすると滑っていき、全く頭に入ってこない。
(後でみんなに聞こう…)
早々に真面目に聞くことを諦め、琴子は何の気なしにまた視線を窓の外に移した。
いつも砂埃のひどい、日本の学校に比べると幾分こぢんまりとした校庭。
しかし、ぼうっとそこを眺めていた琴子の目に、日常にそぐわぬ異質なものが飛び込んできた。
(……?)
グレーの、薄い板のようなものが校庭の真ん中に佇んでいた。
見間違いかと思い琴子は目を擦るが、その不自然なものが視界から消えることはない。
むしろその輪郭は徐々にはっきりとしていき、板の色も黒へと近づいていく。
「なに、あれ……」
目の前の不可解な現象に、彼女は思わず声を漏らした。
「どうしたの?」
響が聞く。
「あの、黒い板みたいなの……なに?」
琴子は窓の外の『それ』を指さしながら言った。
しかし。
「何も見えないけど」
想定外の友人の言葉に、彼女は言葉を失った。
信じられない思いでまた校庭に視線を移す。
風にのって砂埃が舞い上がる中で『それ』はますます濃度を増し、目を凝らすと奥に空間すら存在しているように感じられた。
「え、やだからかわないでよ。見えるでしょ?あそこに……」
「からかってないよ。本当になんの話してるの?」
心の奥底に生まれた小さな不安を振り払うように彼女は再度響に尋ねる。
その時不意に、ぽんと後頭部に軽い衝撃を感じた。
彼女の机のそばに、いつのまにか永谷が出席簿で顔を仰ぎながら立っていた。
「ほらそこ、話聞け」
「で、でも先生、あそこに変なのが……」
不可解さを伝えようと琴子は永谷にも訴える。
彼女が指差す方向を彼も眺めるが、出てきた言葉は琴子の望むものとはまた違うものだった。
「どこだよ……なにもないぞ?」
ぞく、と琴子の背中を悪寒が走る。
『それ』が自分にしか見えないという不思議さと共に、これまでにないほどの嫌な予感が彼女の心を覆い尽くしていた。
「昨日も夜更かししてたんだろ。寝不足で幻でも見てるんじゃないのか?」
冗談交じりにいう永谷の言葉に、琴子は瞳に怯えと不安を混じらせまた校庭を見遣った。
『それ』はもう幻と割り切るには無理があるほど鮮明さを増している。
ざわり、と鳥肌が彼女の腕を包んだ。




