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「あなた方の能力の説明をする前に、まずは世界の外側についてのお話をさせてください」
努めて事務的な声で話し出した工藤の声に、生徒たちは準備を整えるかのように少しだけ背筋を伸ばした。
相手の言葉、思考、感情、行動だけに関心を向け耳を傾ける。
「外側といっても、宇宙ではありません。
ここでいう外側とは、時間と空間が相互に関連した『時空』の事を指します。
私たちが今いるこの世界も、時空という呼び方をすることができます。
時間と空間があって、初めて世界が存在し得るというのが我々物理学者の考え方。
そしてこの概念から、物理学の世界では昔からある時空の存在の有無が議論されてきました。
それが、パラレルワールドです。
たとえば、道が右と左に分かれている。右に進んだ自分がいる。一方で、左に進んだ自分がいる。
同時に両方というのはありえませんが、パラレルワールドの存在を認めた場合、それが可能なのです。
人間は選択をします。その選択の数だけ、世界は無限に分岐し続ける。だから、右を選択した自分がいれば、左を選択した自分も別の世界に存在するということになります。
皆さんも、名前くらいは聞いたことがあるかもしれませんね。SF作品には欠かせない設定ですから。
有名な作品は、そうですね、ドラえもんなどぴったりかもしれません」
息継ぎをするように言葉を切り、工藤は大してずれてもいない眼鏡の位置を直す。
冗談ぽい台詞だったが、そこにユーモアの気配はなかった。
「議論が重ねられていたとはいえ、所詮はパラレルワールドなど想像の産物です。
その世界を我々が見ることも、ましてやそこへ行くことだって不可能なわけですからね。
パラレルワールドの存在は肯定することも、否定することもできないという懐疑的な意見が学者たちの間でも大半を占めていました。
しかしある時、唐突にその存在が明らかにされたのです。それも、最悪の形で。
影響を与えてはいけない時空同士が、つながりを持ってしまった」
工藤の淡々とした声色が、べっとりと暗緑のヘドロのように琴子の鼓膜にはりついた。
困惑から生まれたとらえどころのない沈黙が5人の顔を塗りつぶす。
聞きたくないと彼女は思うが、のしかかるように知りたいという思いが首を伸ばした。それが自分の意思なのか、それとも能力にそう思わされているだけなのか、自分ですらよくわからなかった。
「すべては、ある男児の誕生から始まりました」
まるで物語を読むような口ぶりで工藤が再び話し出した。
人間であることを捨てた男の話。
それを育ててしまった男の話。
無関係な少女たちの未来を奪う原因となった、罪深い親子の話を。




