6-5
堰きとめられていた水が一気に流れ出したかのように、病室内の空気もあわただしく動き始める。
5人の生徒たちは、なぜここに連れてこられたのかわからぬまま部屋の隅に追いやられていた。
翔は助けを求めるように永谷を見るが、彼もまた悲痛な表情を浮かべ、老人の傍らに膝をついた眼鏡の男性の背中に手をかけている。どうやら彼らは友人同士のようだった。
「ねえ、僕ら外に出てたほうがよくない?ここにいても邪魔みたいだし…」
小声でそう言った一眞に頷き、そろそろと移動する3人。
翔もそれに続こうとしたが、隣にいる琴子が未だ放心したように目の前の光景を眺めていることに気づき、声をかけた。
「琴子?」
顔を覗き込む。
そして、ぎょっと目を見開いた。
つうっと一筋の涙が、琴子の頬に線を描いていた。
その目は前を見つめながら、何も映っていないように虚ろで。
「え、ちょ、どうしたんだよ?」
琴子の顔の前で手を振ると、一呼吸おき彼女の目が翔を捉える。
「……え? 何?」
「何って、泣いてるから……あの人、知り合いだったのか?」
「泣いてる?」
繰り返すように呟き、琴子は自分の顔に触れる。
そして、濡れて光った指先を驚いたように見つめた。
とにかく外に出ようと翔はそっと彼女の背中を押す。
「え、どうしたの? 翔に泣かされたの?」
入り口付近の長いすに座っていた亮が目を丸くして立ち上がった。
響の表情が微かに険しくなったのを見て、翔は慌てて否定する。
「違えよ! なんか、さっき突然泣き出して……」
「もしかしてあの人、琴ちゃんの知り合いだったりしたの?」
先ほどの翔と同じことを尋ねた一眞に、琴子は戸惑いを隠しきれない様子で首を振った。
「違うの、ぜんぜん知らない人……なんでだろう……」
一眞は首を傾げつつ、自分の座っていた場所に琴子を座らせる。
言われるままに腰を下ろし、彼女は先程まで内にあった感情を遡った。
老人が息を引き取ったことを理解した瞬間、琴子の心は大きな喪失感と深い悲しみに包まれた。
唐突な感情だった。
彼女があの老人と会ったのは今日が初めてだ。名前すら知らないのに。
本来の琴子の心とはまったく別の、切り離された何かがむせび泣いているような感覚だった。
(あなたたちなの?)
琴子は幾度か表に出てきたあの不思議な力に語りかける。
あの人がいなくなったことを、悲しんでいるの?
しかし何度問いかけても、琴子の鼓膜を震わせるのは外部の慌ただしい喧騒のみであった。




