6-4
受付を通すこともなく、永谷はすたすたと入院病棟まで歩いていく。そしてある病室の前で足を止め、静かにノックをした。
中で足音が鳴り、ガチャリとドアノブが下がる。
そこには眼鏡をかけた、若い男性が立っていた。身長は永谷よりも低いが、それでも170後半はあるだろう。すらりとした身体はどこの線を見てもシャープで、鋭い目は彼の有能さを物語っていた。
「どうぞ」
その言葉に永谷は頷き、ほら、と後ろに隠れるように立っていた生徒たちを促した。
男は目を丸くする。
「どういうことです? 1人ではなかったのですか?」
「話すと長くなる。とにかく全員を彼に会わせてくれよ。頼む」
戸惑いつつも頷き、男は琴子たちを部屋の中に招き入れた。
ドアを抜け最初に目に入ったのは、点滴棒とそこに吊るされた点滴の袋。
その隣のベッドには、1人の老人が横たわっていた。
ゆっくりとした呼吸音が、病室の独特な空気を伝わり琴子の肌に届く。
小学六年生の時に死んだ祖母を思い出した。国は違えど、そこにはその時と同じ匂いが漂っている。
これは、死の匂いだ。
刻々と濃度を増していく、確実な死の匂い。
「先生、永谷さんがいらっしゃいました。報告にある少女も一緒です」
男の声に、老人がゆっくりと目を開けるそぶりを見せた。深く刻み込まれた皺のせいで、実際に目が開いているのかを判別するのは難しかった。
もっと近くに来るようにと男性に促され、琴子たちはおそるおそるベッドへと近づく。
「お……あ…………」
蝶番が軋む音に似た声をあげ、老人は大きく目を見開いた。それでも、少し太めの線のようにしか見えなかった。
「先生、この子達ですか? この子達の中に、先生がおっしゃっていた子がいるのですか!?」
男性が必死さを声に滲ませながら問いかける。
老人は点滴をされていない、枯れ枝のような腕を覚束な気に震わせながら、しかし確実な意思を持ってその腕を琴子の方へと伸ばした。
琴子は自然にその骨ばった手を握る。想像していたよりも、ずっと温かい手をしていた。
口を開け、何かを言いたそうな老人の様子に気づき、琴子は耳を口元に寄せる。
「き……ぼう、の………子…………」
今にも消え入りそうな、息ばかりの声。彼は身体に残った気力の全てをこそげ取るようにかき集め、点滴針の刺さったもう片方の腕をも彼女に向けて伸ばした。琴子は聞き逃すまいと、さらに顔を近づける。
「あな……た、の………せ、いじゃ…………ない………」
「え…?」
意図がわからず、彼女は思わず老人の顔を見た。
何本もの皺が走る目尻から一筋、光るものが流れ落ちる。
「た……の、む…………みら……い……を…………じ……っ…………」
とさり、と言う音と共に、琴子に向かって伸ばされていた片腕が力なく布団の上に落ちた。
握っている手が、じんわりと冷えていく。
「先生っ!?」
それまで距離を置いて琴子と老人のことを見ていた男が、ベッドにかじりついた。
そしてもう息をしていないことを確認すると、顔を伏せ肩を震わせる。
琴子は呆然と、動かなくなった老人を見つめていた。
背後から黒いスーツを着た男性に肩を掴まれ、握っていた手を解かれる。
眼鏡の男と老人以外に人がいたことに、そこで初めて気がついた。




