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0の刻印【第一部・すべての始り】  作者: やまかわ まよ
第5話【鮮緑の豪腕と共に】
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5-16

***


このままでは、響は永谷を殺してしまう。

琴子は必死でどうすべきかを考えた。

激怒に瞳孔は開き、おそらく何も見えていないし聞こえてもいない。言葉で止めようとしても無駄だろう。

焦った彼女は、少々手荒い行動をとった。

掴まれていた右腕を振りほどき、響の目の前に回り込む。

そして、彼の頬に渾身の平手打ちを食らわせた。



激怒している彼の姿を目にしたのは初めてだったが、不思議と琴子は恐怖を感じなかった。

響の溺れている感覚が、彼女には痛いほどわかったからだ。

能力を使っている時のあの高揚感。それにより込み上がる、危険な欲求。

朝のバスの中で感じた感覚を、琴子はまだ鮮明に覚えていた。あの時翔がいなければ、自分だって力を抑えられなかったかもしれない。

それほどに鮮烈な欲求だった。

しかも、今の彼には強い怒りもある。

二つの激しい感情に揉まれ、本来の人格が流されてしまっているのだと彼女は思った。


引き戻さなければ。多少強引なやり方をしたとしても。



パァンッ!という乾いた音が、小さな教室に響き渡った。

彼女は力がある方ではない。むしろ非力な部類である。

それでも、琴子が体重をのせ必死で放った一撃は彼にそれなりのダメージを与えたようだった。

よろめき、思わず近くの机に手をついた響。

それと共に力を送られなくなったポトスたちは、我に返ったかのようにしゅるしゅると元の姿へ戻っていく。


ぼやける視界をなんとかしようと響は頭を振った。

誰かにぐいと顔を掴まれたのを感じる。

また殴られるのだろうか、と思った。

当たり前だ。あまりにも酷いことをしでかしてしまったのだから。


「響! 聞こえる? 私っ、琴子だよ! きょうっ!!」


聞き慣れた、愛おしい声がすぐ近くで響き、彼は焦点の合わぬ目を見開いた。

今にも泣き出しそうな琴子の顔が、眼前を埋め尽くしている。

自分の頬を挟む両手の優しいことに、今更ながらに気がついた。

彼女の髪の毛と同じ濡羽色の瞳は涙に潤み、きらきらと輝いている。それはまるで満天の星空のように美しく、彼は一時全てを忘れ見惚れていた。



「響!? ねえ!」


「あ……わ、わかるよ……」


彼女の憂慮にまみれた声にはっと我に返り、もごもごと返事をする響。

自分を認識してくれたことと、彼の元の色に戻った瞳に、琴子は全身の毛穴から疲労が浸み出すような安堵を覚えた。

不意に声を放って泣きたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。

そしてくるりと響に背を向け、激しく咳き込んでいる翔の元にしゃがみ込んだ。


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