5-13
――ねえ、響は私の実を食べたがってたでしょ?こっちに来て、私の幹に触って!
言われるがままに、響はグァバの樹に近づいておそるおそるその幹に触れた。
すると、体の奥がぐんぐん熱くなり始め、その熱が幹に置いている手に向かっていくのを感じる。そして、それは彼の手のひらを伝わりグァバの樹へと流れ込んでいった。
(なんだこれ……!)
生まれてはじめての感覚にまたしても恐怖を覚えるが、すぐに響の心は素敵な高揚感でいっぱいになった。小さな子供のように、うずうずと疼く好奇心。それがこの力に対してのものなのか、それとももっと別な理由でこうなっているのか、まだ彼にはわからなかった。
――ほら、見て!
彼女――ということにしておこう――の声に顔を上げると、目の前にぶら下がっていたグァバがぽとりと芝生の上に落ちた。小さな体を一生懸命伸ばし手渡してくれた芝生たちに礼をいい、その実を受け取る。
先ほどまで青みのあったグァバはやわらかな黄色に染まり、弾力も申し分ない。
一口齧ると、粘り気のある果肉の食感と優しい甘みが口中に広がった。
「……うまい」
響がそう微笑むと、植物たちは歓声を上げた。
「ち、ちょっと、そんな大きな声出したら母さんに聞こえる!」
こんな光景、もし母親が見たら……!不安になった響が言うと、歌うような声で芝生たちが言った。
――だいじょうぶ!あたしたちのこえは、あなたにしかきこえない!
その声にほっと胸をなでおろし、響はふと真面目な顔になった。
どうしていきなり、植物の声が聞こえるようになったのだろう。しかも、自分にだけ。
それとも、自分の知らないところでも同じようなことが起きているのだろうか。
――それは違うと思うわ。
彼の心を感じ取った、グァバの樹が言った。
――私たちを創っている細胞はね、あなたたち人間よりも敏感にできているの。だから遠くでも、何か今までと違うことが起きたらすぐにわかる。そして3日前、それを感じたの。今までの地球にはなかったモノが、どこかから飛んできてこの世界に降りてきた。
「なにそれ……宇宙人てこと?」
葉がこすれあい、ざわざわと音を立てる。
――違う。宇宙よりももっと広大な場所。そして降りてきたのは、この国の、あなたたちの近くよ。
3日前、自分たちの近くに。
響は記憶を辿った。
「あの不審者が来た日か……」
そして、琴子に異変が起こった日。
彼女たちの話が本当なら、琴子と自分の異変はそれと関係しているのかもしれない。
今すぐにでも、彼女と話したいと思った。
しかし、残念ながら今日から連休だ。電話という手もあるが、響は電話が苦手だった。
顔を見て話すよりもずっと緊張する。相手が琴子となれば尚更だ。
――大切なのね、その琴子って子。
「えっ? あ、いやその……」
顔を赤くしてしどろもどろになる響を、植物たちは不思議そうに見つめた。
大切なものがあるのはとても素敵なことなのに、どうして彼は慌てているんだろう?
でも心の中はやさしくてあったかい気持ちで満ちているから、きっと悪いことではないはずね!
そう納得して、彼らはまた嬉しそうにそれぞれの枝と幹を震わせた。




