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「あ、ほら来たよ。立って!」
1週間ぶりに聞く早朝のクラクションの音に、琴子の母親は連休の疲れが溜まった欠伸を噛み殺しながら子供達を促した。
2人とも寝不足な顔をしているが特に娘の目の下に描かれた濃いクマと顔色の悪さに驚き、彼女は心配そうに声をかける。
「ひどい顔……昨日も眠れてなかったでしょう? 顔色も悪いし……休んでもいいのよ?」
「ううん、大丈夫。熱があるわけじゃないし……行ってきます」
安心させるように少し笑い、ふらふらとバスに乗った弟の背中を押す琴子。
母親は、そんな娘の後ろ姿に不安げな眼差しを送る。悩みがあるのだろうとはわかっていた。しかし、思春期の女の子ということもあり尋ねることもなんとなく躊躇する。
いつも1人で悩みを溜め込みじっと耐えようとしてしまう姿は彼女にはひどくいじらしく思え、また心配の種でもあった。
車内は生徒達の寝息とエンジン音に満たされていて、大和はそそくさと席に座りあっという間にその空気に身を委ねる。
その中で、翔だけはじっとリュックを抱え真剣な表情で座っていた。
乗り込んできた琴子の少しやつれたような顔に少々の衝撃を受けた彼は、おはようを言うことも忘れ思わず下を向く。
(何やってんだ、謝るって決めたじゃねえか……!)
自分の意気地のなさを罵り、彼は拳を強く握り締めた。
琴子はそんな翔を不思議そうに見たが、気にせずおはようと声をかけ隣の席に腰を下ろす。
琴子が席に着いたことを確認し、運転手がゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
窓の外を、いつもの見慣れた景色が流れていく。
「翔?ねえ、翔ってば」
どうやって切り出そうかと考え込んでいた翔は、右側で響いた声にびくりと肩を揺らす。
首元に当たった息の感触に、顔が熱くなるのを感じた。




