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その場に膝をつき、手で顔を覆う。
平和だった日常に、細かな亀裂が幾つも走り始めている。それをはっきりと感じながらも、食い止める手立てなど見つけられなかった。
はっと顔を上げ、彼女は縺れる足で自室の姿見へ向かう。
気忙しくむしり取るように上半身の服を脱いだ。
「っ……!」
全身が粟立つ。
退院したその日に見つけた、十字の痣。
その時はぼんやりと小さなひっかき傷程度にしか見えなかったそれが、今はまるで刺青のようにくっきりとその存在を主張していた。
身体の奥の奥に、深く、血で刻み込まれたような、赤黒い刻印。
――――逃げられない
唐突に直感し、そして洗面所へ駆け込む琴子。
限界だった。
「……うぇっ……ごほっ」
涙を流しながら嘔吐する。
どうしてこんな思いをしなければならないのか。
誰に向けるべきなのかもわからない、嘆きに似た怒りを押し流そうとするかのように声をあげて泣いた。
いつの間にか降り出した激しい雨が、彼女の嗚咽をかき消そうとするかのように強く窓を打ち付けた。




