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『さっき、庭で1人でサッカーの練習してたんだ。そしたら俺の周りをぶんぶん虫が飛び回ってさ。手で払ってもなんでか俺のそばに寄ってきて、イラっとしてさ。平手で……こう、叩こうとしたんだ。
そしたら……』
言い淀む翔。琴子は黙って続く言葉を待った。お願いだから、自分が想像している類のことは言わないでくれと願いながら。
『……電気が、出たんだ。俺の指から』
「……え?」
喉にひっかかったような、少しかすれた声が出る。
まさか、冗談でしょ?そう笑い飛ばしてしまいたかったが、彼女の中でむくむくと大きくなっていく不安と、心細さが滲み出たような翔の声が、それをさせてくれなかった。
『俺も嘘だと思ったよ!でも俺の指から電流が見えた後虫は黒焦げになってたし……。まさかとは思いながら試してみたんだ。手に意識を集中して、腕を前に出してみて。
そうしたら身体がかーって熱くなって、バチッ!って音がしたかと思ったら壁に穴が空いてた……。マジだぜ? これ。
俺、どうしたらいいかわからなくて……こんなこと親にも相談できねえし……
ふっと琴子のこと思い出して、何かわかるかもって電話したんだ』
壁に穴が空いた、という言葉に琴子はひゅっと息をのんだ。幸か不幸か翔はそれに気づかず、そのまま話は続いていく。彼女の脳は情報を処理しようと奔走するが、それをままならなくさせるほどの恐怖が身体を支配していた。
それに、情報を処理するまでもなく、琴子は翔の声を聞いた瞬間その微小なシグナルを受け取っていたのだ。そこから必死で目をそらそうとしていただけで。
(翔まで……? どうして……)
声が出ない。自分以外に異変が現れたという空恐ろしさが、彼女の声帯を塞いでいる。
『もしもし、琴子?聞こえてる?」
「ご、めん……あの、またあとでっ……」
翔の声に答えなければと琴子は無理やり声を絞り出すが平静を装うことは不可能に近く、ようやく翔は彼女の様子がおかしいことに気がついた。
『ご、ごめん! 俺、ただ琴子なら何かわかるかと、そんなつもりじゃ……!』
「ううん……平気だから……」
直後、琴子の震える手から受話器が滑り落ち、フックへとぶつかった。
ツー、ツー、という音が微かに聞こえてきた。




