1-2
下駄箱で琴子が靴を履き替えていると、弟の 大和が駆け寄ってきた。
小学6年生の元気な男の子で、柔らかい髪の毛と大きな目は姉にそっくりだった。
乗っていたバスは琴子と同じはずなのに、すでに遊び支度を整えている。
「すっごい眠そう。夜更かしするからそうなるんだよ」
呆れ顔で溜息をつかれ、琴子は気まずそうに顔を逸らす。
4歳も年下でありながら随分としっかりしていて、琴子はそれを頼もしく思いながらも自分の抜けた性格と比べてしまい度々情けなさを感じていた。
「わかってるって…ほら、遊んできなよ。みんな待ってるよ」
これ以上正論を言われては心が持たないと琴子は大和を促す。
言われるまでもなさそうに彼は靴を履き替えつつ、ふと琴子にこう言葉を投げた。
「そういえば今日の集会の発表、高等部の番でしょ?準備してるの?」
「………あ」
今の今まですっかり忘れていた、しかも忘れていてはいけなかったことを弟に思い出させられ、琴子は無言で天を仰ぐ。
その様子にさらに呆れた顔をする大和。
「…やってないんでしょ。どうすんのさ」
「集会があることすら忘れてた…どうしよう…」
「しーらない。みんなでヒゲダンスでも踊れば?」
そう言って大和は校庭で待つ友達の元へと走っていく。
その背中を恨めしそうに見送り、琴子は はあっと溜息をついた。
「…冷たいやつ」
琴子や大和の通っている日本人学校は、『小学部・中学部・高等部』の3部に分けられている。
要は小学校から高校までが一つになった学校ということなのだが、通うのは仕事の都合で転勤してきた日本人の子供たちばかり。
しかもメキシコの田舎よりの都市であるため、全校生徒は40人弱しかいない。
そして、先ほど大和が言っていた集会というのが週に一度、開かれる。
そこで小学部1年〜3年、4年〜6年、中学部、高等部に分けられ、順番に集会の度になにか出し物をしなければならないという決まりがあった。
(誰か準備してくれてないかなあ…)
何とも他力本願な考えに縋る琴子だったが、高等部のあまり期待できそうにない面々を思い浮かべ、再び溜息をついた。




