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◇◇◇
「じゃあ琴子、留守番お願いね」
「はあい」
連休5日目、琴子はリビングのソファーで寝転びながら、くぐもった声で母親に返事を返した。
手には何度も読んでいるお気に入りの小説。響が貸してくれた本は初日でとうに読み終えてしまっていた。
父親は仕事、母親は買い物に出かけ、大和は友人の家に遊びに行っている。
この機会を逃す手はないと、琴子はいつも父親や大和に独占されている大きなソファーを陣取り、お菓子をお供に読書に勤しもうと考えていた。
鼻歌を歌いながら本を開こうとした、その時。
けたたましい電子音が、部屋中に響き渡った。
琴子はその音にびくりと顔を上げ、ランプを点滅させながら鳴り続ける固定電話を見つめる。
無視してしまおうと一旦視線を本へ戻した。おそらくセールスか何かだろう。
外国に住んでいる身として現地の言葉を話すことにそこまで苦労はなかったが、やはり早口なスペイン語を聞いた後は気疲れしてしまう。
何より、この至福の時間を邪魔されたくはなかった。
しかし電話はなかなか鳴り止まない。
琴子は小さく溜息をつき、しぶしぶ受話器を取って応答した。
「¿Bueno?」
「あ、後藤です。琴子さん、いますか?」
聞きなれた声に少し驚く。かけてきたのは、翔だった。
琴子達は全員携帯電話を持っていない。
メキシコで日本人の子供だけで外を出歩くことは非常に危険な行為であり、休日にクラスメイトで集まって遊ぶことなどほとんどなかった。遊ぶとしても必ず保護者がついてくるか、誰かの家に集まるかだ。必然的に親同士で連絡を取り合うことになるため、携帯電話など子供たちの日常に必要なかった。
だからもし休日にクラスメイトと話したいと思ったら、家の固定電話にかけるしかない。そんな気まずい思いをしてまで友達に電話をかけようと思う高校生は、少なかった。
「翔? どうしたの?」
『あ、琴子だったのか。よかった、家にいたんだな』
「珍しいね、電話かけてくるなんて」
うん、と返事を返す翔の声に、どこか堅い、しこりのようなものを感じる琴子。
不審に思いつつも、敢えて冗談交じりに彼女は言葉を投げる。
「なに、もしかしてやっぱり課題をやってこいっていう連絡?」
『え?あ、いや……そういうんじゃ、なくて」
歯切れの悪いもの言い。琴子は不意に、暗雲のような不安が不気味に首をもたげ始めるのを感じた。
抑えようとこめかみに手をやりながら、彼女は再度言葉をかける。
「本当にどうしたの?なにかあった?」
『……信じてもらえないかもしれないけど。でも、琴子だったらって思って』
決して明るくはない声音。
その話の内容が琴子にとってより良いものでないことは、容易に想像がついた。




