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翔の言葉に、琴子は諦めの色を見せ俯いた。
信じたくなかった。原因が全く分からず、得体の知れないものほど恐ろしいものはない。
1人じゃなくてよかったと、改めて彼女は思う。
ひとりでこの話を聞いていれば、きっと耐えきれずに取り乱していただろうから。
現実を受け入れようと、琴子は顔を上げ深く息を吸った。
訊きたいことはたくさんある。
「……夢じゃないことは、わかりました。じゃあどうして、あの時私はあんなことができたんですか?何が原因で、今の状況になっているの?」
彼女の揺れる瞳を見つめ、永谷は申し訳なさそうな顔をする。少し下を向き、そしてすぐに、真剣な眼差しを彼女に向けた。
「それについても、必ず話す。
でも、今話すわけにはいかないんだ。1週間、学校が始まる日まで、待っててくれないか。その頃には準備ができてるだろうから」
(準備…?)
琴子はその語句に引っ掛かりを覚えるが、尋ねようと思った時にはすでに永谷は彼女の手を離し、ごめんなと言いながら立ち上がっていた。
ついでのように、後ろで聞いていた生徒たちにも忠告する永谷。
「あと、お前らにも…あの事件で見たもの――特に白井の力についてはできる限り他言しないでほしいんだ。友達はもちろん、家族にも」
有無を言わさぬ様子に戸惑いつつも頷く彼らを確認し、永谷は再度琴子に向き直る。
「白井のご両親にも、お前に起こった出来事は話してない。その話になったら適当に合わせといてくれ」
「えっ?」
「あとあの時お前の後ろにいた大和たち、お前がどうやって男を吹っ飛ばしたのかは見ていなかったらしいんだ。だからそこもうまく話作っとけよ」
先程までの真剣さは何処へやら、永谷は普段の飄々とした様子で言った。
「ちょっ、話作れってどうやって…」
「大丈夫、お前なら出来る。じゃあな、よく休めよ」
くしゃくしゃと頭を撫で病室を出て行こうとする担任の背中を、琴子は口をぽかんと開けて見送った。
「えっ、もう帰るの?」
「じゃあね琴ちゃん、お大事に!」
「また1週間後な!」




