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「あ……先生、藤先生は?」
その名前を聞いた途端、さっと永谷の顔が曇る。琴子はその変化に最悪の事態を想像し、ぎゅっと担任の服を掴んだ。
「まさか……」
「いや、息はある。意識もある。今のところはな。一応止血はしたが、あれじゃ間に合わない……意識が残ってるのが不思議なくらいなんだ。
すごい人だよ、本当に。でも……」
厳しい顔と低い声で続ける永谷。
「覚悟をしたほうがいいかもしれない」
その言葉をちょうど言い終わる頃、2人は体育館の前に到着した。
永谷はそっと琴子のことをおろし、まだふらつく彼女の身体を支えた。琴子は床を踏みしめ、脚の筋肉がなんとか思うように動くことを確認する。
「みんな中にいるはずだ。疲れているなら無理にここにいなくてもいいんだぞ」
「ううん、大丈夫。1人でいたくないんです」
そう呟くように言う彼女の横顔を見つめ、永谷はぎゅっと唇を引き結び体育館のドアに手をかけた。ギイィ、と蝶番が音を立てる。
受け入れたくない現実に泣き出しそうになった琴子はそれを堪え、中へと足を踏み入れた。




