ハッピーエンドが遠すぎて見えない
昨日の強風が嘘のように青空が広がっている。デューイが大切に手入れしていた庭は木が倒れ、花は散り、見るも無残な状態だ。けれどそんなことで凹まない彼は朝早くから黙々と仕事をしている。
土魔法を使えば早く修復できるだろうが彼は魔法が使えない。全て自分の手だけで元通りにしていくのだ。時間はかかるけど、彼の愛情をたっぷり貰って育つ花達はみんな綺麗に咲く。羨ましい。私にも愛情たっぷり注いで欲しい。
昨日デューイの手を振り払った手前、素直に駆け寄ることができない私は木の陰に隠れてデューイを見つめながらそんなことを思った。
「バレバレですよ、お嬢様」
「ヒ、ヒトチガイデス」
「前にも言いましたが、お嬢様は嘘をつくのが下手なんですから無理をなさらないで下さい」
「ぐう」
「お腹でも空きましたか?」
「違っ! ぐうの音が出ただけ」
「ぐうの音は本来なら出ないはずですが」
そう言ってデューイは楽しそうに声を上げて笑いだした。その笑顔につられてのこのこ出て行く私。
昨日の事なんてなかったかのようにいつも通りだ。やっぱり恋愛フラグは立ってなさそうだけど、今までの関係が壊れた様子もない。私はホッとして「昨日は酷いこと言ってごめん」と素直に謝ることができた。彼は気にした様子もなく「お嬢様の成長を感じました」とにこにこ笑った。どういう意味なの。
それにしても、転生しているから私の精神年齢はだいぶ大人なはずなのにどうしてこうも子どもっぽいのだろうか。いや、しっかりしてる部分はあるんだよ? 周りの子達よりは大人だと思うし。大人だから当たり前だけど。ただ、自分が描いていた大人像と違うというか、中身は前世の大学生あたりで止まってる気がする。下手したら高校生くらい。思考が若返ってる?
転生して気持ちまで若くなってしまったのだろうか。それとも私が前世で恋愛経験ほぼゼロだったのが関係しているのだろうか。後者かな……。オッサン好きをこじらせてたから。切ない。私がもっと大人の魅力溢れる女性になればデューイは振り向いてくれるのかな?
「デューイはどんな女性が好みなの?」
唐突に思い切った質問をぶつける。デューイは「それはまた唐突な質問ですね」と眉を下げて笑った。
「庭ばかりに夢中になっていたので好みの女性と言われてもピンときませんが、強いて言うなら……」そこまで言ってデューイは黙る。
強いて言うなら何!? 私は食い入るようにデューイを見つめた。デューイはにんまり笑う。そして「秘密です」と言って、ぽかんとしている私を放置し仕事を再開した。
何それずるい! さっきのにんまり顔反則! あざといオッサン最高ご馳走様です!
私は心でにやけつつ、顔はムスッとした表情を作りデューイの背中に「ずるい」と文句を言った。けれどデューイは笑っているだけでそれ以上答えない。
「わかった。これ以上は追及しないから、その代りに私と手を繋いで」
「どうしてそうなるんですか」
「私が手を繋ぎたいから」
どうせまた「汚れるからダメです」とか言うんでしょう? そんなの無視して繋いでやるんだからね!
デューイの隣にいき、勝手に手を繋いでやろうと手を伸ばしたらその手をデューイが掴んだ。そして「手が汚れたって文句を言わないで下さいね」と照れたように笑って、私のぎゅっと手を握った。
突然の事に思考が付いて行かない。カッと体が熱くなる。頬も火照って赤くなっているだろう。
「デュ、デューイ、え、あ、その」
言葉が上手く出ない。オロオロとする私を見てデューイは耐え切れなくなったように噴き出した。爆笑するデューイの様子に先ほど舞い上がった気持ちがスゥーっと冷えて冷静さが戻ってくる。
「からかったのね!」
私が怒っても笑いが収まらないデューイは目尻に涙まで浮かべている。私はぶーぶー文句を言いつつも握った手を離さなかった。デューイもまた、離そうとしなかった。
土で汚れた手を繋いで怒る私と笑う彼の姿は、周りから見たらどう見えるのだろう。もしかして恋人同士に見えるのかな?
ようやくフラグも立ったみたいだし、これからは恋愛ルートを突き進むだけだ!
乙女ゲームならこれだけしてもフラグが立たない相手とっくに諦めてる。けれどここは私にとって現実で、デューイはキャラクターではなく実在する人間だ。彼だから私は好きになった。
どれだけハッピーエンドが遠くても諦めない。前世の分も幸せになってやる! だから覚悟しててよね!
私は握った手に力を込めた。
――翌日にはこの手繋ぎイベントがなかったかのように以前の関係に戻ることをこの時の私は知らない。
本当にいつになったらフラグ立つの!?