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どうすればフラグが立ちますか?

 今まで沢山歌ってきたけれどこんなに心を込めて歌ったのは初めてだ。

 歌っていると冷たかった彼の手にどんどん体温が戻っていくのがわかった。



「お嬢、様……?」

「デューイ!」



 何が起きたのかわからない様子で上体を起こしたデューイに抱き着く。結界を張ってくれているお手伝いさん達からは歓声が上がった。中には涙を流している人もいる。



「これは、一体?」

「私を庇って無茶をした罰。しばらく私に抱き着かれてなさい!」

「は、はぁ……」

「ほんっとうに無事で良かった!」



 ぎゅうぎゅうと抱きしめていたらデューイの体温が温かくて涙が出た。生きてる。ちゃんとデューイは生きてるんだ。

 デューイはまだ状況を把握できていない様子だけど、戸惑いつつも泣いている私の頭を優しく撫でてくれた。


 こんなこと今までされたことない! ついにフラグが立ったのかも!


 「良かったですね、お嬢様」とお手伝いさん達にも祝福されている。よーしこれからが恋愛ルート本番だ!

 デューイに「私を助けてくれてありがとう」と言うと「助けられたのは自分の方ですよ。お嬢様、ありがとうございました」と笑顔をくれた。今までになかったいい雰囲気だ。これはいける!



 ――と、思ったのにやっぱり彼は甘くなかった。



「お嬢様、そろそろ離して頂かないとまた潰れてしまいます」

「なっ! さっきの木に比べたら軽いもんでしょう?」

「どっちもどっちですかね」

「デューイのバカ!」

 


 せっかくいい雰囲気だったのに! これ以上言われたらショックでご飯が食べれなくなるので、勢いよく彼から離れた。私が怒っているのに楽しそうにしているデューイとお手伝いさん達。なんでそんなに微笑ましい顔してるの! こっちは真剣なんだからね!

 フンッとデューイから顔を背け、お手伝いさん達に「結界ありがとう! 屋敷に戻る!」と結界を解除させた。途端に吹き荒れる風に体が飛ばされそうになる。


デューイが私を支えようと肩に手を置いてくれたけど、私はその手を振り払った。



「一人で歩ける! いつまでも子ども扱いしないで!」



 そう言って顔も見ずに歩き出した。風は相変わらず強く吹いているけどグッと足に力を入れれば進めないことはない。


 せっかくフラグが立ちそうだったのに……なんでこうなっちゃうんだろう。


 滲む視界を気にしないようにただ真っ直ぐ前だけを向いて歩いた。

 屋敷に戻るとお爺様が出迎えてくれた。私を優しく抱きしめ「体は大丈夫かい?辛いところはないかい?」と心配してくれる。



「大丈夫です。……デューイが、守ってくれましたから」

「そうか、彼が。……アンジェリカ、少し話をしたいんだがいいかな?」



 神妙な面持ちでそう言われて、私は少しだけ震える声で「はい」と返事をした。

 私と彼の関係について話があるのだろう。もしかしたらこれ以上彼には近づくなと釘を刺されるかもしれない。お母さん達が駆け落ちしているのだから、私にだってその可能性はある。ラッセル家の跡継ぎが欲しいお爺様にとってそれは許されない行為だと思う。

 最悪、デューイに会えなくなる。あんなに酷い態度をとったまま会えなくなるなんて嫌だ。でもお爺様を悲しませることもしたくない。


 頭の中でぐるぐると思考を巡らせているとお爺様の部屋に着いた。人払いをして、二人っきりで向き合って座る。



「アンジェリカは、デューイの事をどう思っているんだい?」



 お爺様はとても優しい声で私に尋ねる。嘘をついてしまえば簡単なんだろうけど、お爺様の優しくて少し寂しげな瞳を見てしまった私にはそれが出来なかった。



「私は彼が好きです。父の面影を重ねている訳ではありません。異性として、デューイが好きです」

「……そうか」

「年の差や身分の差があるのもわかっています。お爺様を苦しませていることも、わかっているんです。でも好きなんです! 諦める事なんてできません!」



 ぎゅっと握った拳に力が入る。

 さっきは酷い態度をとってしまったけれど、それでもやっぱり彼が好きだから諦める事なんて出来ない。彼を諦めてどこかの貴族と結婚するのは嫌だ。侯爵家のお嬢様としては間違った選択だけれど、お家の為だけに自分を犠牲にできるほど私は『お嬢様』ではない。今はただの恋する乙女だ。いや乙女っていえる精神年齢ではないけどね。



「私は何も彼を諦めろと言っている訳ではないんだよ。彼はスタンリー伯爵の五男だからね」

「へ?」

「本人は勘当されたと言っているが、彼の両親に話を聞いたらそうではないらしい。デューイが好きな庭仕事をできるようにわざと距離をとっているようだ。彼は両親にとても愛されているんだね」

「えっと?」

「だからアンジェリカがデューイと結婚しても何の問題もないんだ。身分の差なんて考えなくていいんだよ」



 そう言ってお爺様は可愛らしくウインクした。

 私は何も言えずに口をパクパクするだけだ。



「できれば彼には婿になって私の跡を継いでもらいたいけれど、嫌がるかもしれないね」

「では、私が彼のお嫁さんになるのは……?」

「それでも構わないよ。この家が途絶えるのは寂しいが、私はアンジェリカが幸せになってくれればそれでいいんだから」

「お爺様……」



 お爺様は少し寂しげに笑って「アンジェリカの母、ルーシェにもそう伝えるべきだった」と呟いた。



「ルーシェには婚約者との結婚を勧めていた。ルーシェの気持ちを無視してでもこの家を継がせるべきだと、それが彼女の幸せにつながると信じていたんだ。けれどルーシェは好いた男と駆け落ちし、姿を消した。何年も何年も探したけれど中々見つからなかった」

「お爺様は母を見つけて、連れ戻すおつもりだったんですか?」

「最初はそのつもりだったが、数年後にやっとの思いで見つけたルーシェには子どもが生まれていた」

「私?」

「そう。天使の様に可愛らしい女の子、名前はアンジェリカだと聞いた。両親に沢山の愛情を注がれてすくすくと育っているその子の様子を使いの者から聞いた時、私はこれ以上娘の幸せを壊すことをしたくないと手を引いたんだ」

「じゃあお爺様は私の事を知ってたんですね」

「あぁ。探しに行くのが遅くなってすまなかったね。まさかルーシェが亡くなっているなんて思わなかった。ただ、教会に天使の歌声を持つ少女が居るという噂を聞き、その名がアンジェリカだと知っていてもたってもいられず調べたんだよ」



 お母さんの事を思い出したのかお爺様の目にうっすら涙が浮かんでいる。

 そして優しく「アンジェリカが幸せになれるならこの家がなくなってもいいんだ。私にはお前の幸せの方が大事なんだからね」と笑った。



「ただ一つ約束しておくれ」

「何でしょう?」

「私より先に逝かないで欲しい。アンジェリカの歌で人の命を救うことはできても、自分の命は救えないのだから。自分の命を大切にし、絶対に私より先に逝ってはいけないよ」

「はい。約束します、お爺様」



 私が笑顔で答えるとお爺様も嬉しそうに頷いた。そして「所で、肝心のデューイの気持ちはどうなんだい? 彼もアンジェリカの事を好いているのかい?」と聞かれたので「ソ、ソウダトオモイマスヨ。タブン」と引きつった笑顔を返しておいた。 


 こんな話までしといて何だけど、デューイと結婚どころか恋愛してないしそれ以前にフラグすら立ってないというね! あれ? なんだろう? 目から水が。

 というかフラグ立ちそうだったんだけど自ら折ってしまったような気がする。子ども扱いしないでなんて、なんで言っちゃったんだろう。さっきの私を殴りたい。


 もういっそお爺様に周りから固めてもらえばいいじゃんと悪魔な私が囁く。

 そんなのダメよ! 愛がないわ! と天使な私も頑張っている。

 

 私は一体これからどう行動するのが正しいのだろうか。ゲームみたいに選択肢が出ればいいのにと現実逃避しながら遠くを見つめた。

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