押してもダメ、引いてもダメ
学園に通い始めて三ヶ月が経った。相変わらず攻略キャラ達には言い寄られているが結婚フラグをバシバシ折っている。ローズとは親友になったけどね。美人のツンデレ可愛いです。
所で、肝心のデューイとの恋愛フラグはいつ立つんですか?
毎日毎日デューイにアピールしてるが私達の関係は全く変わらない。三ヶ月前に花言葉を使って告白までしたのに進展なし。本当に泣きたい。
可愛いドレスを着ても、お菓子を作ってみても、愛の歌を歌ってみても、何も変わらなかった。顔を赤くするとかそういうのを期待していたのにがっかりだ。でも私が歌うと花達が元気に咲くからそれは嬉しそうだった。複雑。
「はぁー」と大きなため息を吐くと隣で仕事をしていたデューイが「どうかされましたか?」と作業の手を止めずに聞いてきた。
「意中の人が全く相手にしてくれないのが辛い」
「青春してるんですね、お嬢様」
「そうなの。青春してるっていうか青春捧げてるんだけど押しても押しても相手にされないのよね」
「押してダメなら引いてみろって言いますよ」
その言葉この世界でもあるんだ。私は「へぇ」と返事をしてから、せっかく意中の相手がアドバイスくれたんだし今度から少し引いてみようと密かに思った。まぁ、悩んでるのはその意中の人のせいなんだけど。
「デューイは青春しなかったの?」
「若いときはそれなりにって感じですかね。まぁ、お嬢様の様に可愛い青春はしてませんでしたが」
「そ、それはドロドロな恋愛をしていたという……?」
「まさか。土いじりばかりしていて親に怒られましたよ」
声を出して笑ったデューイの様子にホッと胸を撫で下ろす。ドロドロ昼ドラ展開とかなくて良かったー!
デューイの容姿なら若い頃さぞかしモテただろうし、言い寄る女の子たちを次々とご馳走様しててもおかしくない。けど、どうやら彼の青春は土が持っていったらしい。愛されすぎでしょ土っていうか庭。私、次生まれ変わったら庭になりたい。
出会った頃は春になったばかりだったのに今は夏に向けてぐんぐんと気温が上がり空気もカラッとしてきた。
私達の間を吹き抜ける風もどこか熱を帯びているように感じる。春にはなかったビタミンカラーの元気一杯な花達が咲き誇っているのはデューイのおかげだ。
私と話している間も作業の手を止めようとしないデューイの額には汗が浮かんでいる。まるで好きなことに夢中になってる子どもみたい、と私は小さく笑って制服のスカートからハンカチを取り出しデューイの汗をぬぐった。
突然の事に驚いた様子のデューイに言う。
「ご両親に怒られても土いじりを辞めずにいてくれてよかった。だってそのおかげでデューイに会えたんだもの。私は土いじりをしている時のデューイの顔が一番好きだよ」
照れ隠しにニシシと笑って「じゃ、じゃあ私戻るね。暑いんだからあんまり無理しちゃダメだよ!」とその場から逃げるように去った。
言っといてなんだけどかなり恥ずかしいこと言ったよね!? まぁ、どうせこんなこと言ってもデューイの恋愛フラグは立たないんだろうけどさ。切ない。
その日から私は『押してダメなら引いてみろ』作戦を実施した。毎日通っていたデューイの所には行かず、部屋の窓からガン見するだけで我慢した。
三日、一週間、一カ月たってもデューイに変化は見られず「押しても引いてもダメじゃん!」とベッドの上でゴロゴロする。もう一体どうすればフラグが立つのかわからない。彼は私の事を本当に何とも思っていないのだ。私はこんなにも会いたくて、辛くて、悩んでいるというのに。
もういっそ他の人を好きになろうかな。
でもそんなことが簡単にできたらこんなに悩んでない。要するにどうあっても私は彼が好きで、彼以外の人は好きになれないのだ。きっぱり振られたらこの気持ちは楽になるのだろうか。いやでも振られて今以上に会えなくなるのも辛い。
「もうどうすればいいの~!」とさらにベッドの上をゴロゴロ転がる私。制服に皺が付こうがお構いなしだ。
ただひたすらにゴロゴロしまくって制服が皺皺になったところで虚しくなって止めた。
こんなところで悩んでても仕方ない! 引いてダメだったんだからやっぱりもう一度押すところから始めよう!
そう思ったら少しスッキリした。
ふぅ、と息を吐いてドレスに着替える。転がって乱れた髪の毛も綺麗に直した。
姿見に映る私に「大丈夫」と声をかけると自然と笑顔になった。
大丈夫大丈夫! まだ振られた訳じゃない。元々新密度0に近い状態だったし、何にも変わってないだけ!
……それはそれで辛い。先ほどの笑顔が消えていった。あ、目が死んでる。
そうこうしているうちに時間は経ち、辺りは夕闇が迫っていた。今日から『押してダメなら引いてみろ』作戦は辞めて『押してダメならもっと押そう』作戦に切り替えようと思ったのに! デューイに会えなくなっちゃう!
私は慌てて庭に駆け出した。まだこの時間ならギリギリ会えるはずだ。
外に出ると強風が吹いていた。そういえば大きな嵐が来るって言ってたな。この世界に台風はないけれど竜巻はある。確か攻略キャラで嵐イベントもあったはずだ。
ビュウビュウと吹き荒れる風の中「デューイ! デューイ!」と彼を探すけれど姿が見えない。辺りはどんどん暗くなり、視界が悪い。もしかしたら私の声も風の音に消されて届かないのかもしれない。
いつもは綺麗な庭が、今日ばかりは不気味に感じた。
彼の名前を叫びながらすっかり暗くなってしまった庭を彷徨う。これだけ呼んでも返事がないのだからもう庭にいないのかもしれない。諦めて屋敷に戻ろうかな。
私が踵を返した時、今までとは比べものにならないくらいの強風が吹いた。思わず「きゃあっ」と叫ぶ。
次の瞬間、ミシミシと嫌な音を立てて隣に立っていた木がこちらに向かって倒れてきた。
潰される!
そうわかっても体が動かなかった。前世で鉄柱が落ちてきた時の事がフラッシュバックする。声は出なかった。ただ自分に向かって倒れてくる木を見つめる。
もうダメだ。
そう思った時に体が衝撃でふっ飛んだ。
何が起きたのかわからない。尻餅をついたお尻を撫でながら先ほどまで私が居た場所を見ると、そこには倒れた木の下敷きになっているデューイが居た。
「デューイ!」
返事はない。けれどまだ息はある!
私は一度真っ白になった頭を「落ち着け、大丈夫、息があるなら助けられる!」と落ち着かせてから水魔法を使った。ここ数カ月で習った魔法だ。器がヒロインだからか魔力が多い私は、集中すれば難しい魔法も使える。今回は力技で大量の水を使って木を持ち上げて反対側に倒した。デューイも水浸しになってしまったけれど今はそれどころじゃない。
大きな音と魔法に気づいたお手伝いさん達が来てくれたので助けを求めた。彼女達の中にも魔法が使える人がいる。デューイをこの場から動かすのが危険だと判断した私は風の影響が出ないように数人で結界を張ってもらった。結界内は風を通さず、無音だ。これなら助けられる。
「すぐ治してあげるからね、デューイ。だからどうか……」
死なないで。
冷たい彼の手を握り、私は歌いだした。