殺す気か
「デューイ!」
その名を呼びながら駆け寄る私をハンサムスマイルで出迎えてくれるデューイ・スタンリーは数日前に私が恋した庭師である。彼の事は噂好きなお手伝いさん達に聞いたら聞いてない所まで事細かに教えてくれた。三十七歳独身で男気溢れるナイスガイ。けれど今まで仕事一筋すぎて女性に関心が薄く、お付き合いをしても長続きしない。そんな彼の両親はとうに結婚を諦めているんだとか。ていうか勘当されたらしい。……お手伝いさんの情報網怖いな。
そんな風にお手伝いさん達に噂されているのを知らない彼は「最近よく庭にいらっしゃいますね」と笑っている。
貴方に会いに来てるんです。
とは言わずに私は「……仕事の邪魔?」とあざとく首をかしげた。ここで普通の乙女ゲームなら「そんなことないですよ。私もお嬢様と話せるのが嬉しいので」とはにかむのだろう。けど現実は甘くない。なぜならデューイは「まぁ、そうですね」とニッコリ笑うのだから。
っく、眩しい笑顔が胸に突き刺さる……!
どうやらただのガッチリ系オッサンではないデューイは本当に仕事一筋で私が仕事の邪魔ならハッキリとそう言う。雇われているお屋敷のお嬢様だとか身分だとかそういうことは気にしないらしい。悲しいくらい私<<<庭なのだ。そういう所も好きだけどね!
本来ならそんな態度をとっただけで首だろう。けれど相手が私なら話は別だ。私は彼がどんな態度でも好きだし、彼の仕事に対する真っ直ぐさも好きだから彼を首にする気はない。心にダメージを負うだけで。
攻略対象外の彼のハートは見えないけれど私がどれだけ彼の元を訪れてアピールしても好感度が全然上がっていない事だけはわかった。
泣いていいですか。いや、最近ちょっとは良くなってきたような気がしないでもないけどしないかもしれない。出会いは乙女ゲーム的に完璧だったと思うんだけどどうしてだろうか。
周囲は私がデューイに懐いているのを父親の面影を重ねているのではないかと予想しているらしい。残念ですがその予想は外れです。完全に恋愛対象で見てます。落とす気満々です。身分違いの恋でお爺様を悲しませるんじゃ……と悩んだりもしたけどデューイが私に対して本当に何とも思ってないようなのでイラッとして【ガンガンいこうぜ】に作戦を変えました。現在通い妻作戦実行中。
通ってキャラを落とすのは乙女ゲームの定石らしい。この世界は正しくそうやって各キャラを落としていく世界。タイトルは『愛の歌を貴方に』だったかな?
前世で友達に押し付けられて全ルート攻略を命令された私はトゥルーエンドのアラン王子を攻略した時ようやくこのゲームから解放されると万歳したのを覚えている。だいたい私の好きになる人がみんなオッサンばかりだからって「もっとイケメン王子様に恋してよ」と乙女ゲームを押し付けるのはどうなんだ。二次元の王子に恋する方が問題だと思うのは私だけだろうか。けどそんな文句を彼女に言おうものなら面倒くさいことになるのは目に見えているので私は黙ってそれを受け取り彼女の言うままにプレイした。
そんな彼女にはもう会えない。文句をいう事も出来ない。
私がこの世界に生まれたのは前世で私が死んだからだ。彼女にやっと攻略し終わったこのゲームを返そうと鞄に入れ、大学へ向かう途中だった。どこからか綺麗な歌声が聞こえたような気がして立ち止まり、何気なく空を見上げた。
そこにあったのは天使ではなく、今まさに私の頭上に落下してきている鉄柱。あ、と思った瞬間に世界は暗転し気が付くと五歳児になっていた。
彼女から借りたゲームを壊してしまって怒っているだろうな。ツンデレな彼女の事だから私に対して散々文句を言って「ムカつくなら言い返しに来なさいよ!」と泣いているだろう。
ごめんね、文句を言いかえすことも出来ない所にいて。
私が感傷に浸っていると「また考え事ですか?」とデューイが顔を覗き込んだ。思考が一気に現実に戻ってくる。
「な、なんでもない!」
「お嬢様は嘘をつくのが下手なんですから無理をなさらないで下さい」
「さりげなくディスられてる……」
「でぃす?」
「気にしないで。ちょっとお腹が減っただけ」
「お嬢様のお腹は大体いつも減ってますね」
ぐぅ。とぐうの音が出た。出ないって嘘だな。
デューイは頼れる兄貴風な見た目なのに案外腹黒いというかいい顔でぐっさり刺すというか……。リヴとは違うSっ気を感じる。だがそれがいい。リヴには萌えないけどデューイには萌える。オッサンは偉大だ。
当初は使っていた敬語も「雇い主のお嬢様がたかだか庭師に敬語を使うものではありません」とリヴに言われて、今ではほとんど素で話している。まぁ、向こうは敬語なんだけどね。オッサンの敬語美味しいです。
オッサンオッサンと言っても三十七はさほどオッサンではない。私からすればまだ若い。やはり四十台を過ぎてこそのオッサンだろう。デューイの三年後がとても楽しみである。けどその前に結婚されちゃ嫌だからここは頑張って三年のうちに落とすしかない。
前世では恋愛に対して積極的ではなかった私がここまで積極的になれるのは「人間いつ死ぬかわからない」ということを身を持って体験したからだろう。前世での突然の死やこの世界での両親の死は、私に『今』の大切さを教えてくれた。
今、私がしたいことをする。
よし、と意気込んで「デューイ、手を繋ごう」と唐突に手を差し出したら「嫌です」と一刀両断された。泣ける。
でもその後「お嬢様の綺麗な手を汚すわけにはいきませんから」と土のついた手を見せ笑ったデューイにズキューンと心臓を撃ち抜かれた。彼は私をドキドキで殺す気かもしれない。