天使の歌声ってなんぞや
天使の歌声なんて本当にあるのだろうか。
その歌を聞くだけで傷や病が治るという天使の歌声。そんな非科学的な物が存在するのは二次元だけだと思っていた時代が私にもありました。どうやらここがその二次元らしい。
私は生前プレイしていた乙女ゲームのヒロインに転生したようだ。流行りの悪役令嬢じゃないのかよとツッこみたい。天使の歌声を持つヒロインな私は齢五歳にして数年後の自分にどんな未来が待っているかを悟った。
私が前世の記憶を思い出したのは五歳の時だ。
大好きな両親が盗賊に襲われて呆気なく死んだ。まだ前世の記憶がない私はただの五歳児。両親の死を受け入れられずに来る日も来る日も泣いていた。両親以外に身寄りもない私にはどうすることもできず未来は真っ暗で何も見えなかった。
独りぼっちになるくらいなら無理をしてでも両親に付いて行けばよかった。
近くの町まで仕事に行く両親を、見送り出迎えるのが私の仕事だと諭されたらそれ以上何も言えなくて「早く帰ってきてね」と手を振るしかなかったのだ。両親は仕事の際に私を近所に住むサムリーナおばさんに預ける。
サムリーナおばさんはとても優しくて本当のおばあちゃんのように私を可愛がってくれた。その日もいつまでたっても帰ってこない両親を「きっとお土産を選んでいて遅くなっているのよ。大丈夫、もうすぐ帰ってくるわ」と頭を撫でてくれた。
けれど私が両親と再会した時、二人はとうに冷たくなっていた。
この時自分が『天使の歌声』というスキルを持っていることを知っていたら物語は変わったのかもしれない。
しばらくして私はサムリーナおばさんの所から教会へと移った。おばさんは私の事を引き取ると言ってくれたけど傍に居るだけで両親の事を思い出してしまい、おばさんの温かさが逆に辛くなった私は教会へと逃げ込んだ。
その教会の名前を見た瞬間に全てを思い出したのだ。
自分が乙女ゲームの世界にヒロインとして転生したと。そしてどんな傷も病も治す『天使の歌声』というスキルを持っていることを。残念ながら死んでしまった両親を生き返らせる事は出来ないけれど、瀕死状態までなら私の歌声で回復させることが出来る。なんて厨二な設定なんだと思いつつ、私は教会に助けを求めてくる人々の傷を癒しながら成長していった。
この世界は中世ヨーロッパをモチーフとした魔法が存在する世界。そして私の右上には前世で見ていたステータス画面が表示されている。
どうしてこうなった。
五歳までは何も見えなかったのに教会に入ってから突如それは私の右上に現れた。消そうと思えば消せる。ステータスが上がるたびに出てくるけど。そしてそのステータス画面は私自身の情報しか見られない。他の人の情報は映らないのだ。
ふむふむ。よくわからん。
ここがゲームの世界だとは自覚しているけど、私はプレイヤーによって動かされているのだろうか。何の意図があってステータス画面が見えているのかわからない。とりあえず料理のステータスがヤバいのでシスターに料理習おうと思う。
そんなこんなで各ステータスをまんべんなく上げつつ天使の歌声で人々を癒す生活を十一年続けてようやくその日はやってきた。
私がバルト・ラッセル侯爵に養女として迎えられる日。
実は私の母はラッセル侯爵の一人娘で、父と身分違いの恋をして駆け落ち。私が五歳の時に亡くなった。跡取りがいないラッセル侯爵はどこからか私という孫がいることを知って養女に迎え入れたのだ。
なんというテンプレ展開。十六歳でラッセル侯爵の養女となり十七歳で貴族ばっかりの学園に編入して乙女ゲーム開始ってことですね、把握。編入が高等部二年からというのも後輩攻略キャラを登場させるためなんだろうなと溜息をついた。
前世ではキャラを落とすために頑張った乙女ゲームだけど、現実となると頑張る気さえ起きなかった。私がヒロインだったばかりに大好きな両親が死んでしまったのかと思うとやるせない。悲劇のヒロイン設定のために両親死亡とか嬉しくない。私はヒロインになりたいわけじゃない。ただひっそりと家族と穏やかな生活をできたらそれでよかったのだ。
けれど悲しいくらい順調に月日は流れていく。気が付けば乙女ゲームスタートまで一か月を切っていた。
豪華に飾られた広い部屋に一人。大きな姿見に映る私は天使の如く可愛い。前世での面影なんてこれっぽちもない。にこりと笑ってみたけれど鏡に映る私は泣きそうな顔をしていた。
これからどうしよう。
鏡に映る自分に尋ねても浮かない顔をするだけで返事はない。
私、アンジェリカ・ラッセルはもう一度盛大な溜息をついた。