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つむぎうた

  箱を開ければ

  ビロゥドの

  仄か懐かしい

  匂いがした


  カランカランと

  足音立てて

  雪の黒い髪は

  はらはらと揺れていた


  両の手と胸に

  抱えられた小さな頭巾から

  口紐だけが

  遊んでいる


  ふっくらとした頬の

  真中からもれる

  幼い声

 「待ってよぅ」


  はやし立てる

  太鼓の音と

  空に浮かぶ

  光の群れと


 老人の手に握られた小さな箱。老人は満足そうにそれを握り締めていた。

「ありがとうございます」

 病室に眠っている老人の隣りに座っていた女性が彼に話しかけた。

「いえ、とんでもありません。わたしはただ感じただけでして」

「いえいえ、ありがとうございます」

 さらに女性は大きく頭を下げた。

「ここはよい町ですね」

 話題を変えるように彼は言った。

「ええ、今はとても」

 顔を上げた女性は、実際の年齢よりもずっと若く見えた。女性の歳はもう三十を越えているはずだ。だが、目の前にいる女性はまだ二十代のように見える。

「これでも昔はすさんだ時代だったんですよ。だから、松次郎もこんな満足そうな顔をしていて」

 彼は老人を見た。もはや呼吸を失った遺体だ。だが、その顔は本当に満足そうに微笑んでいる。彼はこの国に渡る途中に見た女性の顔を思い出した。それと同じだ。

「雪さんというのは?」

「わたくしの娘でございます。ええ、松次郎ととても仲がよくて、わたくしがうらやましいほどでした」

「今は?」

「都におります」

 一瞬女性はひどく寂しそうな表情を見せた。

「ええ、もうそろそろ戻ってきてもよい頃なのですが。せめて松次郎のこの姿でも見せてあげたかった」

 それから彼が言葉を発することなく老人を見ていると、女性は堰を切ったかのように話し始めた。


 雪の十四歳の誕生日。それが祭り日と重なったのは偶然ではない。親である雀が本当の誕生日がいつなのか覚えていなかったから、この日を選んだだけなのだ。雪はいつものように小さな頭巾を持って、家を飛び出して行った。雀はすぐに雪が頭巾の中身を忘れたことに気が付いて、それを持って雪を追いかけた。

「どうしたんじゃ、そんなに急いで」

 追いつけずに途中で諦めた辺りに松次郎がいた。

「大切な箱を忘れてしまって。多分またここを通りますから、これを渡して下さい」

 雀は松次郎に雪の宝物を渡した。

 小さな箱だ。

 だが、雪はそのままいなくなってしまった。


 彼は女性の話をそうまとめた。それから松次郎が語ってくれた話を思い出した。


 祭りの日、松次郎がいつものように町外れの木陰で休んでいると、雪が一生懸命走っていた。

「待ってようぅ」

 ふっくらとした唇からそう声を漏らしながら、足音を立てていた。

「雪ちゃ、そんなに急いでどこさ行く?」

「祭り」

 走ったまま雪は答えた。そのまま走り去った雪に続いて彼女の母親の雀がやってきた。彼女は松次郎のもとで立ち止まると、松次郎に小さな箱を手渡した。

「雪の宝物なの」

 そう雀は言った。

 次に会ったら渡すと約束をし、すると雀は帰っていった。

 だが、松次郎は二度と雪に会わなかった。


 彼が雪と出逢ったのは本当に偶然のできごとだった。大和国から中津国へと渡り、さらに陸路を使い故郷へと帰るために絹の道を、馬を使って移動していたときのことだ。前方に移動式のバラックがあり、そこで休ませてもらおうと声をかけた。

「すいません」

 数人が彼の声に振り返り、そしてその一団の最も偉い人の元へと案内をしてくれた。どうやら旅の一座のようで、各地でサァカスの公演しているらしい。その座長の隣りに座っていた少女が偶然にも雪だったのだ。

 もちろんすぐにそれが雪だと分かったのではない。慈善で泊めることはできないと言われ、彼は少しのお金を座長に渡した。すると、願ってもいないのにその少女をあてがわれ、寝所へと案内されたのだ。

 ほとんど明かりのない部屋へつき、寄り添ってくる少女を寝台に座らせると、彼は床に腰を下ろした。

「名は?」

 様々な言葉で彼は話しかけた。結果大和国の言葉で話したとき少女は顔をあげて驚いた。

「名は?」

 もう一度聞いた。

「スノゥ」

「雪ちゃんか」

 少女は両肘を抱くようにして小さく震えた。それから彼は大和国の言葉でしばらく会話を進めた。

「雪ちゃんはどうしてここに来たの?」

「雪ちゃんはどこから来たの?」

「雪ちゃんは帰りたい?」

 いくつもの質問の結果、彼は核心に迫ることを言った。

「松次郎は亡くなったよ」

「……そう」

 小さく少女はそう呟いた。

「あたしは後悔なんてしてないよ。だって、だから宝物だって置いてきたんだし。もうあたしは戻らない」

「だからって、こうやって知らない人に抱かれること」

「いいの。それでも座長様はあたしを抱いてくれる」

 彼の言葉を遮るように少女は言葉を続ける。

「あたしは、だから出てきたんだから。だって、十四になったらどうせあそこ出なきゃならないんだし。知らない人の元へ行くくらいなら、座長様に着いて行きたかったんだし」

 俯いた少女の表情は分からなかった。

 彼は自分の荷物から小さな布を取り出した。ハンカチ程度の大きさしかない切れ端だ。それでも柔らかく、縦と横に巡らされた糸からはわずかな光沢さえ見える。

「見覚えある?」

 彼はそれを少女に渡した。

「当たり前じゃない。なんでおじさんが持ってるの?」

「貰ったから」

「誰から?」

「松次郎から。彼が亡くなる前に」

「なんで松次郎が持ってるの?」

「雀が松次郎に預けたんだ。四年前の祭りの日に」

「へえ、もう四年も経つんだ」

「少しは懐かしい?」

「ぜ、全然だよぅ」

 すぐに少女は顔を伏せた。それから下から覗くように彼を睨んだ。

「おじさん、名前は?」

「レウレラ・ヒューム」

「変な名前」

「生まれはもっと西だからね」

「覚えておいてあげるよ」

 その言葉を聞いてから、彼は詩を詠んだ。


  つむぎうた


  遠い浮世の

  サァカスの

  一座に焦がれ

  飛び出して


  カランカランと

  足音立てて

  雪の黒い髪が

  はらはらと揺れている


  見せる見世物様々で

  見世物になる黒髪の

  少女のときは

  夜となり


  月日朧げに霞て

  それでも時の大鎌は

  少女のときを

  刈り取って


  箱を開ければ

  ビロゥドの

  遥か懐かしい

  香りがした


 レウレラ・ヒュームのもとに大和国から手紙が届けられたのはずっと後の、彼が旅を止めてからのことだ。雪がこちらの国の言葉で書いた手紙だった。旅の一座が一巡して大和国に帰ったときに、雪はもう一巡するほどの体力がなく故郷に帰ることにしたとのことだった。ただ、それも何年も前の話だ。

 手紙には雀が亡くなったことが書かれていた。

 それだけの内容だった。

 雪に会ったのはあの一夜だけだ。

 彼自身も、ビロゥドの香りを思い出した。


 懐かしかった。


                    おしまい。


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