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少しだけ東へ

 はい。

 皆さんはとても朝から元気ですね、先生はとても嬉しいです。やはり、子供はそう合ってもらいたいですね。

 それでは、早速今日の授業に移りたいと思います。

 ですが、今日お話することはテストには出ません。安心してください。興味のない人は、居眠りしても構いません。今日だけは特別に許したいと思います。

 ただ出来ましたら聞いていてください。

 このお話、先生、とっても好きなんです。ですから皆さんにも覚えておいてもらいたいんです。

 少し前置きが長くなってしまいましたね。それではお話に移りたいと思います。

 このお話は、ずっと東の国で実際に行われていることだそうです。先生にこの話をしてくれた人が、実際にそこで見て聞いてきたことなんです。

 東といいましても皆さん、ペルトよりも東ですよ。中津国よりも東です。

 どこまでも広大といわれている、この大陸よりも外の国のお話です。島国がですね、そこにありまして、大和国と呼ばれていました。

 それで、この話を先生にしてくれた人なんですが、実はその人詩人でしてね、そこまで旅をして経験したお話です。

 詩人が中津国に行くと、そこでは当然のように大和国の話がされていました。それで彼にとって、中津国が世界の最果てでしたから、当然大和国に興味を持ったわけです。そこで、せっかくここまで来たのですから、もっと東の国を見てみたいと思ったわけですね。

 ですからそこから船に乗ってさらに東を目指したんです。

 中津国と大和国は互いに国交があるようで、頻繁に船の行き来がされていましたから、彼もその船に乗せてもらいまして、大海原に旅立ちました。

 その船がまた驚きでして、メルクシスで造られている船よりも立派なものだったと彼は言っていました。もともとメルクシスで造られている船は、国交よりも漁のために造られてる船でしたから、そう言った意味でですね、国家単位で作られた船であるから、当然立派なつくりだったんでしょう。それに加えまして、中津国でも苦労していたとのことですが、その海には魔物が住むそうなんです。その魔物に出会ってしまうと、どんな船であれ沈められてしまい、二度と戻ってくることが出来なかったというのです。もちろん、戻ってこなかっただけですから、本当に魔物と遭遇していたのかは分かりません。彼は、それは時化のせいではないかといっています。といいますのも、そこはこちらよりも気候が乱れやすく、よく雨が降ったり風が吹いたりしていたそうなんです。

 それで、とにかくその海へ出て長いときが発った後に、彼は驚くものを見てしまったのです。


「あれは何ですか」

 驚いた彼は、一緒に船に乗っていた中津国の役人に尋ねました。

「船だろう」

 そう役人は答えましたが、彼は納得しませんでした。というのも、そこに見えていたのは彼が乗っていた船の何百分の一の大きさしかなく、おそらく一人乗れるかどうかというほどの大きさしかなかったのです。

「なぜあんなところに?」

 当然の疑問ですよね。ですが役人は答えられませんでした。そこで彼は、もし人が乗っているの大変ですので、何とかあの船に近づけないかと役人に聞きました。

「分かった、聞いてきてやる」

 役人は船室に入っていきました。

 それで、彼がもう一度その小さな船を見ますと、しばらくしたら近づいてきました。いえ、近づいたのは彼が乗っていた船の方だったのですが。

 屋形船でした。

 本当に一人しか乗れないほどの大きさだったのですが、そこに人影は見えませんでした。

「ありがとう」

 役人が戻ってきましたので、彼は素直に気持ちを伝えました。

「だが、あの船に必要以上こちらから近づくことは出来ないぞ。転覆してしまうかもしれないからな」

「でしたら、私が向かいます。補助の船はあるのでしょう?」

 少しためらったそぶりを役人は見せましたが、すぐに彼に補助の船がある場所を教えました。彼が一度言ったら聞かない人だと判断したこともありますし、探そうと思えばすぐに見つかるものでしたからね。

 それで、彼はその補助の船に乗り、役人に海に下げてもらいました。

「すぐ戻ってきますので、ちょっとだけ待っていて下さい」

「そう伝えておくよ」

 役人は、船の中へと入っていったようです。

 彼はすぐに浮かんでいる船に向かって漕ぎ始めました。海もそんなに荒れておらず、すぐに彼はその船にたどり着くことが出来ました。

「すいません」

 声をかけてその船に手をかけましたが、返事はありません。

「誰もいないのですか?」

 答えが返ってこないので、彼は自分が乗ってきた船とその小さな屋形船をロープでつなぐと、離れないようにしました。

 それから改めて屋形船を見たのですが、何とも不思議な船なのです。

 一番大事な屋形の部分に、入り口がなかったのです。窓もついていませんでしたし、彼は困惑してしまいました。

 彼一人がやっと立っていられるほどの大きさしか、屋形以外の部分にはありません。それなのに、屋形の中には入れなかったのです。

 何かの祭事に使われたのか、と彼はまず考えましたが、それらしいものは乗っていません。とにかく、その屋形の中を見ないことには、何とも判断が出来ないと思ったのです。

 そこで、彼は屋形を造っている木の板を一枚はがしてみることにしました。

 板は多少傷んでいたのか、簡単にはがすことが出来ました。

 そこで彼が見たもののせいで、彼は一層困惑することになりました。

 なんとそこに、座っている人間の後姿を見たのです。

「なんだ、いらっしゃったのですね」

 少し安堵して話し掛けたのですが、相変わらず返事はありません。不思議に思って、屋形の中に入って、その人をよく見ますと、答えはすぐに分かりました。

 もうその人は亡くなっていたのです。

 手を前で合わせていまして、中津国や大和国で信仰されている宗教での神に祈る格好をしていました。

 とても神秘的で、その人の正面に回ってみたのですが、目を閉じていて、とても安らかな顔をしていました。

 身分が高いのか、幾重にも重なる服を着ていまして、その顔には生前の美しさを十分に伝えるだけのみずみずしさが残っていました。

 ですが、その姿は明らかに女性のものでした。

 彼は経験から、やはり祭事に関するものであり、もしかしたら生贄ではないかと考えました。

 そこで彼は彼女を抱き上げると、屋形を出まして、自分が乗ってきた船に乗せ、それから元の船へと戻りました。


「彼女を帰してあげなさい」

 彼は驚きました。

 ちょうどその時、大和国へ帰るところの僧も乗っていたので、そのことを話すと、そう言われてしまったのです。

「どうしてですか? 私は手厚く葬ってあげたいのです」

「彼女にとって、あそこが死に床なのですよ」

「よくわかりません。もう少し詳しく教えてください」

 彼が大和国の風習をあまりよく知らないのは、当然のことでした。ですから、大和国の僧に素直にそれを告白し、教えを請うことにしたのです。

「現世は苦界と呼ばれています」

 僧は語り始めました。

「それはあらゆる意味において正しいのでしょう。ですから我々は神仏に祈り、少しでもその苦しみを和らげようとしています。神仏は私たちの世界を常に見ていまして、自らの教えをよく実践するものを探しておいでです。というのも神仏は来世をも担っているのです。来世、この苦界ではなく極楽界に生まれ変わる資格があるものをいつも見ておいでなのです。ですから我々は日々精進を重ね、神仏を敬わねばなりません」

「それで?」

「彼女は、その来世での極楽浄土を夢見て、あの船に乗ったのです。補陀落とう言葉をご存知でしょうか。観世音菩薩が住まうといわれている山です。あなたの国で言う神に相当するものの居られる補陀落は南海にあると言われています。大和国で言う南海はまさにこの辺りに位置するところなのです。そこは苦界と極楽界を結ぶといわれているのです」

「つまり」

「はい。彼女はそこを目指して、旅立ったのです。彼女の顔のなんと安らかなことなのでしょうか。死後の平穏を知っていたからなのです。それは、彼女が無事に補陀落にたどりつけたことも表しているのです」

 すぐに彼はもう一度船を下ろして、彼女を屋形の中に座らせました。

 その彼女の顔は、死への不安もなく来世への不安もなく、まさに超越しているように彼には思われました。

 その後彼が大和国に着きまして、その話を現地の人々からも聞きました。もちろん大和国では国語も違っており、大変苦労したそうでしたが。

 それで分かったことなのですが、大和国には補陀落渡海という風習があるそうなのです。それは自分の死を見つめ、新たなる生へ踏み出すことを意味しているそうです。

 彼にとって不可解だったことは、生きている状態で船に乗り込み、その中で死を迎える、ということだったのですが、来世に生きるために旅立つのだという前向きの旅立ちと彼は理解することが出来ました。

 そして、彼はそのことを詩に残しました。

  

  補陀落渡海


 南海にあるという補陀落の

 観世音菩薩の袂へと

 来世の生をひた信じ

 海を渡りてゆく小船


 小さく波に揺られても

 どのような時化に吹かれても

 ただ行く先は一つだけ

 補陀落目指し旅へ出る


 それはとても神聖で

 信じる力の掛け橋で

 見事その海わたりきり

 見事その山たどり着く


 そこは苦しみない世界

 来世が現世に成り代わり

 ゆくゆくまでも幸せに

 それを確かに掴み取る


 彼女の顔は清らかで

 乱れることは何もなし

 祈りの力で求めしは

 見事補陀落渡海かなえけり



 はい。

 皆さん、いかがでしたか。少し難しかったですよね。すいません。

 ですが、もしもこの話を聞いて、信じる道をがんばって進むことがどれだけ大きな結果を生むか分かっていただければ嬉しいと思います。

 私たちがクライス教を信じて、神に祈り、その教えを守っていきましたら、必ず神は私たちを天国へと連れて行ってくださいます。

 それでは、長く聞いてくださいまして、ありがとうございます。何か質問はありますか?

「先生」

 はい、何でしょう。

「神は現世を救って下さらないのですか?」

 そんなことはありません。私たちが日々努力を重ねましたら、神は必ず私たちを救ってくださいます。

「戦いや争いはなくならないのですか?」

 それは私たちの心がけ次第です。

「もしも全てのものが来世のみを信じて現世を捨ててしまったらどうなるのですか?」

 うーん、そうですねえ。

「あらゆる人が、その補陀落を目指して渡海してしまったらどうなるのですか?」

 難しい質問です。それに答えるには、今日は少し時間が足りないようです。

 しょうがないですね、それは宿題にしたいと思います。来週のこの時間までに皆さん考えて置いてください。

 もちろん、今日の宿題は強制ではありませんが。

 それに答えは、それぞれの中にしか眠っていないことですから。



                       おしまい


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