花心、顕わるる乙女
<<王国アッサンドラ・「小さき我が友」に関する報告書より>>
首都より北方5マイルにある「神秘の森」において、昔からよく確認されている。その多くが、「神秘の森」に入ってすぐにある湖。そこに現れ、遊んでいるらしい。体長15cm、人間の10分の1程の生き物。姿形は人間に酷似しており、違う点といえばその背中に4枚の羽がついていること。蜻蛉の羽のようで、いつもそれがせわしなく動いている。生態系も人間と似ているらしく、雄と雌の区別がある。
以前リオン王の治世、「羽を持った小さき人間に関する20の規約」と呼ばれる規約が制定され、その湖に現れる生き物を捕らえることが盛んになったことがある。それによってその生き物の数は激減したものと思われるが、それでも「神秘の森」において、その生き物は確認されている。当然彼(彼女)らの生活する場所があるはずであり、「神秘の森」の中を探索したこともあったが、彼(彼女)らの村は見つからなかった。人間とは違った存在空間があるのではないかと囁かれている。実際、湖の上から突然姿を消すこともあり、人間の視覚では見えないのかもしれない。
他の地域からも「小さき我が友」の目撃例は出ている。それが湖に遊びに来る生き物と同種のものであるかは不明だ。もし同種であるならば、彼(彼女)らの生活圏は我々とほとんど変わらない。ただし、都市の中では目撃されたことはなく、どれも自然の中でのことである。もし多種であるならば、「小さき我が友」と一緒くたに扱うことは出来なくなる。いずれの場合にせよ、「小さき我が友」は、我々人間とは違った生態系を持った生き物であり、知性、意識等、我々と同等に持ち合わせているので、それを我々の下位として扱うことは、不当といえる。それゆえ、新たなる呼び名が必要となるだろう。(41-42)
<<白表紙本より>>
見よ、なんと彼女らの美しいことか。彼女らを見れば見るほど、私たちの醜さを改めて痛感せざるを得ない。
見よ、なんと華麗に舞うことか。まるで別空間を現出せしめ、私たちを異世界へ誘わん。なぜ、これほどまでに完成されているのだろうか。そしてなぜ、彼女たちはここでこのように舞っているのだろうか。
聞け、なんと繊細な声をしているのだろうか。心に直接話し掛けているようで、一種の麻酔に似ている。脳内に甘美の薬を与えているかのように、ひと時の恍惚感が得られる。
ああ、その短い時の終わりは突然訪れる。朦朧とした意識が再び戻ると、彼女たちの姿は見えなくなっている。湖に、彼女たちの姿はない。残るのは己の虚しさ、醜さ、愚かさと、それでももう一度見えたいという観念。まったく不思議なものだ。(512)
アラウルネ・スプライト・ピクシー。
一般に「小さき我が友」と呼ばれるもの。
妖精。
いずれは、そう呼ばれるときが来よう。なぜなら、私たちとは違う道を行くものであるから。
花に住むもの。水周りを好むもの。森に生きるもの。私たちの人種のようで、それぞれにそれぞれの生き道がある。(2118)
<<カーネスとアルパトの往復書簡より>>
「私はあなたと言う理解者を得られて幸せに思います。私の周りには今、悲しくもそれを狩ろうとするものが多くいて、本当に残念です。まるで、私の心に傷をつけているようで、私には耐えられないことです。リオン王は幼少の頃は非常に温厚な方でしたのに、どうして国王になられてこのように変わられてしまったのでしょうか。あなたがリオン王を説得し、あのような規約を早く白紙に戻して頂きたいものです」
「あなたにそのようなことを言ってもらえる私は、非常に幸せ者です。もちろん私も、現在のリオン王の考えが理解できないでいる一人です。もしかなうのならば、彼を昔のよき私の友に戻したいものです。ですが、残念なことに一つの過程を飛ばすだけで、今の彼は何の躊躇もなく私の首を切るでしょう。あえてそこに挑むことは出来ません。ですが、私はリオン王を、時間をかけてでも必ず説得し、あの規約の解約をかならす実現させて見せます」
「以前お話しました、わたしの友達アーネは、先日森へ帰ることになりました。彼女も最初はとても嬉しそうに接してくれたのですが、時がたつにつれてやはり、疲労がたまってきたらしく、やはり彼女は森にいないと次第に力を失ってしまうようです。それに特に彼女の場合は、一緒にもってきた花がとても重要らしく、その花が枯れると彼女も死んでしまうと言っていました。わたしも、彼女と別れるのは非常に悲しいことでしたが、花をからしてしまうくらいでしたら、森へ返そうと決心したしだいであります」
「友との別れは悲しいものですよね。私にも分かります。今まで何度も別れを経験してきましたが、慣れることは一向にありません。やはり悲しいですし、涙が出るものです。そういうものなのでしょう。お心お察しいたします。
それから、贈り物を一つ同封させていただきました。もしそれで、あなたの心が少しでも癒されればよいと、思っています」
「数々の贈り物、なんとお礼を申し上げてよいか、言葉に窮するばかりです。私のような下賎の者に、このような情けを掛けてくださいまして、百の祝福があなたに訪れることを祈っています」
「わたしの最高の祝福はあなたを娶ることです」(3月10日~12月7日)
<<キシスの日記より>>
突然現れて、僕は驚いてしまった。
だって、ちょっと花の匂いを嗅ごうとしたら、目の前にいるんだもの。
父さんにアッサンドラに連れてきてもらったこと、感謝しないとね。
で、それ何? って言われると困るんだけど、なんかちっちゃくて可愛かった。人間に似てたんだけど、僕の手より少し大きいくらいしかないんだ。肌なんて透けてるの。いや、透けてはいなかったのだけど、本当透けてるみたい。
なんか、あっちも驚いたみたい。
最初僕に気づかないで、欠伸をするんだもの。その後しばらくして
「うわっ」
て隠れちゃった。きっと寝起きだね。
今日はそこの近くでお泊りだから、明日も絶対ここに来るぞ。
8月12日
その花のところに行って呼びかけてた。それも1時間くらい。
「もう、うるさいなぁ」
なんて、やっと出てきてくれたよ。赤い花(なんて花か分かんないんだけど)の上にぴょこって感じで。おっかなびっくりって感じだったけど、ずっとお話してたら、最後にはまた明日も来てねって言ってくれた。なんか嬉しい。あしたも行くさ♪
それで、その子、アーネっていうんだって。最近まではアッサンドラに住む、カーネスっていう女性のところで暮らしてたらしいんだけど、ホームシックにかかったらしく、森に帰ってきたんだって。しゃべり方とか、なんか大人ぶってるけど、僕と同じくらいの年なんじゃないのかな。
アーネはアラウルネっていう種族の女性らしいんだけど、みんないなくなっちゃったんだって。理由は教えてくれなかったけど、なんかとっても悲しそうだった。だから、僕が友達になってあげるんだ。
8月13日
もう、早すぎるよ、5日なんて。
せっかくアーネととっても仲良くなれたのに、もう今日でお別れだなんて、絶対また会いに来る。すぐにでも!
思いっきり泣いちゃった。アーネが泣くから、それにつられてついつい。
はぁ。って大嘘。
「もう会えないの?」
どっちが言ったんだっけ。
恋?
じゃあないと思う、分かんないけど。お姉さんぶった妹が出来た感じ。日記書いてても泣きそうだよ。
でも、忘れないように、アーネが最後に言ったこと。
「良識ある大人には内緒にしてね」
8月16日
<<怪奇目撃録より>>
アラウルネ。花の精であり、自分の花をそれぞれ持っている。女系。15cm程の大きさで、肌が透き通るように美しい。自分の花が枯れると死んでしまう。眠るときは自分の花に戻らなければならない。必要に応じて、人間ほどの大きさになれる。自分の花の花粉を用いることで、多種族の美しい男を魅了し、自分の子孫を残すとされている。
また、彼女たちの花には別の効力もあると言われているが、その効力がなんであるか、いまだ不明である。ある報告によると、呪いを癒したり、死傷を癒したりと言ったことが過去あったらしいが、どれも信憑性は怪しい。
「神秘の森」で目撃例が多く、もし彼女たちに会いたいと思うならば、一度出かけてみるのも一興だろう。ただし、先ほども書いたように、魅了されてしまい、彼女たちの小間使いになることもある。そのため、美しさに自信があるものは、近づかない方が賢明と言える。もちろん、美しくないものの前に姿を現すことはめったになく、偶然目撃したとしても、執拗に話し掛けることは避けたほうがいい。実際話し掛けてしまったために、奴隷のように一生その森で生活しているものもいる。遠くから見守るのがやはり、彼女たちと関わる上で大切なのである。
人間に対しては非常に友好的であり、敵対することはまずない。もしあったとすれば、それは彼女らの友や名誉を傷つけてしまったときだ。彼女たちは横のつながりも強く、驚くほどの集団で襲って来たという報告もある。もしそうなってしまったら、戦うしかないだろうが、彼女たちを普通の武器で攻撃することは出来ない。そのときは空気のようにすり抜けてしまうからだ。彼女たちの本体はあくまで花であり、その花を攻撃しない限り、彼女たちに痛手を負わせることは出来ない。もちろん、その場に花があればの話だが。(312)
<<ある旅人の手記より>>
アーネは、心優しい女性で、私は、彼女の心に触れてしまい、涙を隠せなかった。友を悼み、それでいてその原因を作った相手を許している。心の中の葛藤は計り知れない。ただ一つの気がかりは、アーネの娘、アシスのこと。まだ幼くて、彼女を放っておくことができない、と。私は、アーネと約束し、アシスを海洋都市メルクシスに連れて行くことにした。
彼女の姿が見えなくなったとき、私は無性に詠いたくなった。それが、私に出来る罪滅ぼしなのかもしれない。
花心、顕わるる乙女
乙女の心を映す鏡の
清らかなることこの上なく
赤く染まったその花の
一途なること偽りなし
白く透るその肌も
声も心も澄み切って
紅く染まったその頬の
温かきこと真なり
獅子の悲壮を嘆きやり
友の別れを慮る
挟まれ揺れるその心
曇ることなきその鏡
乙女の心の顕れる
花の色は紅色で
乙女の心の表れる
頬の色は赤色で
獅子と友とを救わんと
自ら絶ちしその命
涙の雫を紡ぎ出し
獅子と友とに与えんと
おしまい




