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空に憧るる少女の

 落ちていく。

 落ちていく。


 リオン国王の治世下、国家の対外政策により、確実に国家アッサンドラは拡大していった。必然的に兵士がより多く必要となり、必然的に徴兵される若者たちも増えた。国に住まう権利を得た代償として、彼らには兵役の義務が課せられており、もちろん当時、それは当然のことであったので、誰も反対するものもいなかった。他国との戦いは、毎年のように行われ、決して休まることはなかった。リオン王は後に獅子王と呼ばれるようになる。それは、彼の行った対外政策が結果的には成功し、わずか10年にして、国家アッサンドラはその領地を2倍とすることができたからであった。だが、その政策の過程において、必ずしもすべての戦いに勝利したわけではない。当然負け戦もあり、多くの若者の命が、その中で失われていった。そのもっとも散々たる結果となった戦は、「エディソン河畔の戦い」であり、聖クライス朝を相手として戦ったときであった。

 聖クライス朝は、宗教を基盤として成立した王朝であり、その王朝に居住するものは、クライス教を厚く信奉していた。当時の世界的に見て、クライス教はアッサンドラも含むユーロジア地方に多く広まっていた宗教であったが、リオン国王の父ビストがアッサンドラ国内での当宗教を禁止し、自らの血筋を神の末裔と見る新たなビスト教に改宗するよう国民に求めたため、クライス教の信者の多くが聖クライス朝へと流れた。そのため、反アッサンドラという無意識の内にある理念が、強大な団結力へと顕現された。また聖クライス朝の王侯貴族は、基本的に世襲が禁止されており、彼らよりも権力を持っていた司祭によって、次の王を選出され、教会の傀儡と化した王朝となり下っていた。



 聖クライス朝郊外にある、朽ちた教会跡。私はいつものようにここに来ていた。私のもう枯れてしまった信仰心は、もはやこのように時代を追われた場所でしか届かないだろう。それでも再びこのように、あなたに祈ることになるとは、なんと自分は都合のいい人間なのだろうか。アッサンドラとの現実の戦争はもう始まっていると聞く。おそらくエディソン河畔で、両軍は衝突しているはずだ。勝ち負けはいい。私が祈っているのは唯一つ。息子の無事だけ。息子の無事だけ。息子の無事だけ。

「このようなところで、お祈りですか」

 後ろから、突然声をかけられた。驚いて振り返ると、若い女性が立っている。今までこの場所で人に会ったことはなかった。なぜ、このようなところに彼女は来たのだろうか。

「はい」

「驚きました。先客がいるなんて」

 彼女はゆっくりと私の方へ近づいてきた。もう聖像も何も残っていないこの教会。何十年も前に、ここも戦争によって破壊されたと聞いている。

「あなたも、ですか?」

 彼女は静かにうなずくと、私の隣りで膝をついた。それから、手をしっかりと胸の前に組み、目を閉じる。近くで見ると、女性と言うよりまだ少女と言ってよかった。なぜこのようなところに、この少女はきたのだろうか。彼女は真剣に何かを祈っている。その様子に、私も再び祈り始めた。


 外に出ると、日が落ちかけている。夜の風が、初秋の残暑を和らげている。草が生い茂る一角に、少し開けたところがあり、私と少女はそこにあった岩に腰掛けた。

「何を祈っていたのですか?」

「あなたは?」

 お互いに前を向いたまま、私と彼女は会話をした。

「私は息子のことを祈っていました。22になるのですが、先日召集命令が出されまして、アッサンドラとの戦争に赴くことになったのです。あれは、正直馬鹿でしたがまじめな奴でして、異教徒を追い返してくると、誰よりも早く中央の教会へと行ってしまいました。

「今はこんな時代です。いつかこんなときが来るだろうとは思っていましたが、あんな奴でもいなくなると寂しいものですね。けんかをする相手と、酒を飲む相手と、同時に失ってしまったのですから。ですから、無事に帰ってきて欲しいのです。ただそれだけです。

「あ、すいません。長くなってしまって」

「いえ」

「あなたは何を祈っていたのですか?」

「私も同じです。ただそれが夫と言うだけ」

 少女は遠い目をして言った。

「結婚して4年になります。歳は離れていますが、28に先月なりました。私と10違います。したての頃はよく分かりませんでしたが、今は夫を愛しています。無事に帰ってきて欲しいのです」

 少しずつ西日も弱くなってきている。

「ここは初めてですか?」

「はい。子供の頃、よく遊びには来てたのですけどね」

 少女は、18歳らしい笑みをこぼした。

「お祈りに来たのは初めてです」

 沈黙が流れた。私は息子のために、彼女は夫のために祈った。

「どうして……」

「なぜ……」

 私と彼女は、同時に疑問を呈した。再び沈黙が流れる。どうして彼女は、ここに、来たのだろうか。相手にしても、それと同じ疑問を持っていて当然だ。

「私の出身は、アッサンドラなのです。ですが、ビスト王の政策に納得が出来ず、国を出てしばらく放浪し、ユーロジアを回っていました。その途中で、さまざまな出会いがあり、別れがあり、色々な所で、色々なものを見て来ました。そして、ここに着いたとき、かつて信じていたのに、もう信じることが出来なくなっていたのです。

「理由は、自分でもよく分かっていませんが、とにかくそうなのです。でも、この歳になると、また考えも変わってきました。自分は無力ですし、結局祈ることしか出来ないのですね。情けないものです。

「それで、この教会だけが、私を受け入れてくれるような、そんな気がしたのです」

「私は、信じています。神もその使いも。信じていますが、私にはこのように荒廃した場所しか居場所がないのです」

 少女が悲しそうにうつむく。

「教会は、私を受け入れてくれません。罪に穢れたこの体を、神は許さないでしょう。それでも、私は祈りたいのです」

 私は立ち上がった。夜が始まろうとしている。それから、私たちは挨拶をし、家へと帰った。


 それから2ヶ月ほど、彼女は毎日その教会に来ていた。私も、休むことなく祈り続けていた。祈った後、私たちは自然と外の空き地で少し話をするようになった。私は、これまでしてきた旅の話を彼女に聞かせたし、彼女も年齢のわりにさまざまな経験をしており、いつも新鮮な話を聞かせてくれた。

 秋が終わりに近づく頃、アッサンドラを退けたという知らせが届いた。息子からだった。翌日、翌々日と、王朝は凱旋の宴に華やいでいた。息子と再会できたこともあり、私が教会へ行ったのはその次の日だった。

 少女は、教会の中で祈りをささげていた。

 私は邪魔しないようにと、静かに近づいたのだが、足音が聞こえたらしく、彼女はこちらを向いて立ち上がった。

「私は、信じています。神もその使いも信じています。ですが、罪に穢れたこの体を、神は許さないでしょう」

 今までに聞いたこともないほど小さな、けれども力のある声で彼女はつぶやいた。私は一瞬、背筋に寒さが走った。彼女はこちらを見ているようだが、視点があっていない、どこか、別のところを見ているようだ。そして、私の横を通り過ぎて、外へ出て行ってしまった。彼女が外へ出るまで、私は振り返ることも出来ず、そこに立ち尽くしていた。耳に彼女の言葉が響いている。不意に我に帰ると、私は彼女を追いかけた。様子が普通じゃなかったし、どうしてもそのままにしておくことが出来なかった。それに……

 多分、彼女はあの空き地にいる。そう信じて私はそこにいったのだが、そこに彼女の姿はなかった。代わりに岩の上に手紙が置かれている。


 名も無い詩人さんへ


 2ヶ月も会っていたのに、そういえば名前を聞くのを忘れてましたね。お馬鹿なことです。私の名前は、もう、いいですよね。今更教えるのも変な気がしますし、馬鹿げたことです。昨日、あなたにお会いして直接お話したいことがあったのですが、それはかないませんでした。ですから、失礼ですが筆を握らせていただきました。いつかあなたが、この手紙を読んでくれると信じて。

 残念ながら、私の夫は先の戦で帰らぬ人となりました。夫の親友の話では、夫は常に先頭にたって、誰よりも多くの活躍をしていたのですが、残兵に情けを掛けてしまい、その兵の槍に倒れたとのことです。夫はこの国を愛していました。私の誇りです。私の自慢です。私は夫を愛していました。教会は、この戦の勝利の立役者として私の夫の名を挙げました。それから私にも直接、これからは中央の教会に来るようにと言われました。なんだか皮肉なものです。最初の日にあなたがお話になったことが、一瞬頭を過ぎりました。体に刻まれた罪が、どうしてそれで消えるのでしょう?

 それで教会に行って、あなたにお会いしたかったのです。あなたの息子さんは無事だったようですね。久しぶりの再会はいかがでしたか?

 私も会いに行こうと思います。愛するものがいない現世で、いったい何が望めるでしょう。自らを殺めることが大罪だとしても、穢れた体に罪を重ねるだけ。届かなかった祈りは、救われなかった魂。それでも会えないというならば、あなたが正しかったって言うことになりますね。といっても、伝えようが無いのですけれど。


 追伸 今度あなたの詩をお聞かせください。

                       

 そして最後に、一昨日の日付が書かれていた。

 もう一度、背筋に寒気が走る。頭の中で整理しようとするが、うまくいかない。

「私は、信じています。神もその使いも信じています。ですが、罪に穢れたこの体を、神は許さないでしょう」

 少女の声が後ろから聞こえる。小さくて、強い声。次第に近づいてくる。私は動けなかった。不意に背中に違和感を覚える。と、突然私の右胸から、彼女の右手が突き出た。しかし痛みはまるで無い。彼女の手が、すり抜けてしまっている。

「私は天使になるの。子供の頃ここで、そんなこと夢見てた」

 続いて、左胸から左手が突き出る。

「空を飛びたくて、飛びたくて。天使になって、大空を飛び回るんだって」

 腕が次第に伸びてくる。

「10になった時、父に夢を砕かれました。私は天使になれない」

 それから、背中一面に違和感を覚える。

「私は不義の子だから、天使になれない。生まれたときから、罪が体に刻まれているから、洗礼をうけても流し去ることが出来ない」

 そして、彼女の体が私をすり抜ける。次の瞬間、彼女は消えてしまった。冬を知らせる冷たい風が、私を吹き付ける。

「私天使になるの」

 遠くで、彼女の声が聞こえた。小さくてもよく通る声だ。金縛りから開放されたように、私が声のした方を振り返ると、彼女は朽ちた教会の尖塔の頂点に立っていた。

「天使になって、大空を飛ぶの」

 そして、そこから飛び降りる。


 落ちていく。

 落ちていく。


「私は、レウレラ・ヒュームと言います」

 再び彼女は消えていた。手紙をもう一度読む。涙が自然と溢れてくる。

「聞こえていますよね、聞いてください。


 空に憧るる少女の


  空に憧るる少女の

  その瞳に映るのは

  いつも白いあの雲と

  どこまでも青いあの空と


  空に憧るる少女の

  その胸に思うのは

  鳥となりて羽ばたくことと

  天使となりて飛ぶことと


  それはとても純粋で

  それはとても危険で

  それはつまり育むことで

  それはつまり殺めることで


  朽ちて荒れた教会の

  名も無い忘れられた教会で

  名も知らない少女の

  夫を深く愛す少女が


  もしも彼に会いたくて

  天使になろうとしたならば

  鳥よ空に羽ばたきて

  空を自由に飛んでくれ


 どうぞ、あなたに贈ります。お受け取りください」

 私は空を見上げた。その時、私を待っていたかのように空が輝く。そして光の筋がこの教会の横に下りてきた。そして、再びその光が空に戻っていくまで、私は祈り続けた。多分それは一瞬のことだったのだけど、私には何時間にも感じられた。私がその光が降りた場所へ行ってみると、何枚も鳥の羽が落ちている。そのうちの一枚を持ってみると、

「ありがとう」

と聞こえた気がした。



                            おしまい


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