表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

人魚の口づけ

 僕は最初それを見たとき、驚いてしまって声が出せなかったんだ。

 まるで人魚が、彼にそっと口づけをしているようで……


 ユーロジア西域、海に面した地帯。そこには海洋都市がある。港も広く開かれており、そこに生まれた男たちは、誰が決めるともなく、みな船乗りとして生活していた。その海洋都市の居住区の一角の、子供が遊ぶために設けられた公園。そこに今日も、何人もの船乗りの子供たちが集まっていた。

「賛成」

「よし、今夜2時、決行。それでいいな」

「賛成」

「賛成」

「賛成」

 その中心で、いかにもそのグループのリーダーらしき大きめな子供が、周りの子供たちの様子をうかがう。

「どうした、キシス」

「え!?」

「ダメだよ、アドル。キシスは泣き虫で弱虫だから」

 キシスと呼ばれた少年は、そのグループの中で一番小さく、おそらく年齢も低いのであろう。少しうつむきながら、リーダーであるアドルを見上げた。

「後お前だけだぞ、賛成してくれないのは」

「僕……」

「ほら、泣くぞ。泣くぞ」

「キシス、可哀想」

「ウールー、キシスが可哀想なんて、何いってるんだ」

「だって、キシスはまだ7歳だよ。2時なんてもう夢の中だもの」

 ウールーはグループの中で唯一の女の子のようで、彼女が一人キシスの弁護に入った。

「おーおー、キシス様はうらやましいですね。ウールーに同情してもらえるなんて」

「そりゃあ、メディン、キシス様はカレトアシス様の息子ですから」

「そうでした。そうでした」

「ファムもメディンもやめて」

 ウールーは2人をにらみつけると、キシスの方を見た。

「どうするの? 嫌ならはっきり言っておかないと、後で後悔するよ」

「どうする、キシス」

 もう一度、リーダーのアドルが言い直し、キシスを見下ろした。キシスは、まだ下を向いたままであったが、泣きそうな声で答えた。

「僕、行くよ」

「よし。決まりだ。とりあえず今は解散」

 元気よく、アドルとメディンとファムは叫ぶようにその公園から姿を消した。彼らの姿が見えなくなると、キシスはその場に膝をついて声を出して泣き出した。

「あーもう。何で泣くの?」

 そばに立っていながら、ウールーは彼を慰めることなく泣き止むのを待っている。時々ため息をつきながら、彼女は公園を見渡してみた。

 いつもと変わらない、見慣れた光景。別に公園といっても何も無いし、石畳がただ続いているだけ。円形にかたどられていて、四方に都市の別の区域へと続く道が伸びている。その一方の道、北の路地は、子供たちの足で20分ほど歩くと、森につながっている。そこで、この海洋都市は一応終わりなのだが、道はまだ先に伸びている。もちろん、他の都市へとつなぐ連絡道となっているのだが、その道の森を越えたところに、西へ入る狭い路地があり、そこを行くと、海につながっているという。別名「人魚の住む海のほとり」。

「ウールー、ごめんね」

 いつの間にキシスが泣き止んだのか、彼はウールーの隣に立っていた。

「謝るのは勝手だけど、キシス、本当に今日行くの?」

 キシスがみるみる涙目になる。

「泣かない! とにかく、私も行くけどさ。でも、キシスが教えてくれたんだよ、あの森のこと」

 それは、「人魚の住む海のほとり」と、海洋都市の間にある森のこと。その森に怪物が出ると言うのだ。

「父さんが、教えてくれたんだ。でも、きっとそれ、子供たちを森に近づかせないようにするためでしょ?」

「何のために?」

 昔から、子供たちがその森に入ることは禁じられていた。だから、実際その森がどれくらいの大きさで、何があるのか、子供たちは当然分からなかったし、憶測や空想でしかそれが計れなかった。そんなある日、町に行商がやってきた。最初は大人たちを相手に商売していたのだが、お昼時、その行商は公園にやってきて、子供たちを相手に紙芝居を始めた。その中にあったのが「人魚」の話だった。それが、先ほど説明した森の向こうにいるのだ。色々な紙芝居があり、どれも架空の世界を舞台にしたものだったが、人魚の話だけ、現実の地名を使っており、行商もこれだけは本当の話だと教えてくれた。だからいつの間にか、子供たちの間でこの、「人魚」の噂が広まったのだ。そこで、昼は警備のものが厳しく都市の入り口を見張っているため、夜中の2時にそこへ行ってみようと決まったのだ。

「とにかく、1時半までに迎えにきてね。遅れないでよ。私まで怖がり扱いされたくないんだから」


 そして2時。

「ファムがいないな」

 約束の時間になってもファムは現れなかった。他のメンバー、アドル、メディン、ウールー、キシスはそろっている。アドルがキシスの頭をわしづかみにするように抑えた。

「よく来たな、キシス」

「私が迎えにいったんだけどね」

 ちょっと怒ったように、ウールーが代わりに答えた。キシスはばつが悪そうに、メディンの方を見た。

「ま、ファムは寝過ごしたんだろう。先行こうぜ」

「だな」

 こうして、彼らは初めて、この海洋都市という庇護下から飛び出した。

 辺りは、闇。木々が鬱蒼と生えており、月の明かりもほとんど届かない。ウールーが手にランプを持った。わずかな光が、彼らの足元を照らしている。

「何かいる」

 メディンがつぶやいた。途端、全員が一所にかたまり、震え出した。

「な、何がいるの?」

「分からない、けど……あ! アドルの後ろ!」

 森の中に悲鳴が響いた。アドルの後ろに、アドルよりも大きな影がいる。ウールーが咄嗟にランプをその影に投げつけた。

「うわっ!」

 ランプの灯が消え、辺りが暗闇に帰る。だが次の瞬間、

「あっはっはっはっは」

 突然今度は笑い声が森に響いた。この声はファムのものだ。

「どういうことだ、ファム」

 今まで腰を抜かしてしゃがんでいたアドルが、急に威厳を持って立ち上がると、ファムのほうをにらみつけた。

「いや、ちょっといたずらしようって、なあ」

 両手でアドルを抑えるしぐさをし、メディンのほうを見る。

「こ、こっち見るなって」

「お前も共犯か!」

 アドルはメディンの胸座をつかんだ。

「もう! ランプが消えちゃったじゃない」

 ウールーはランプを拾うと、その様子をうかがった。別に壊れてはいなさそうだ。一度着火を試みると、ランプは無事に着いた。

「けんかもいいけど、ここにまだ腰を抜かしてる子がいるんだけど」

 キシスは、ペタンと地面にすわり、歯を震わせ、ぼうっと視線が合わないでいる。アドルもそれに気がつき、キシスの近くへと寄ってくる。自然とメディン、ファムもキシスの近くへ来ると、キシスは明後日のほうを指差した。

「いる……」

「うん?」

「赤い目が、見える」

 四人がキシスに促され、そちらを見ると、森の奥からまさに赤い目が迫ってきた。森の闇に隠れ姿は確認できないが、赤い目だけがそこに浮かんでいるように見えた。

「また、いたずらか?」

 横にいたメディンの首に腕を回し、アドルはつぶやいた。

「誰の役ですか?」

 ファムのほうも見るが、彼も怯えている。と、彼は誰よりも先に来た道を駆け出した。

「うわぁぁ! ずるいっすよアドル!」

 慌ててメディンとファムもそれを追う。

「ちょっと! キシスどうすんのよ! 腰抜かしてて動けないのよ!」

 ウールーが大きな声で呼びかけたが、返事は返ってこなかった。当のキシスは、まだ指を指している。次第に、その赤い目が大きくなって来て、その姿もおぼろげに確認できるようになってくる。夜の闇にまぎれていたため、実際どのような色をしていたか分からないが、やはり黒い色をしていた気がする。そして、ウールーとキシスの前に赤い目をした怪物が立ちはだかった。さすがのウールーも震えている。

「子供か?」

 ウールーは辺りを見渡すが、他に誰も見当たらない。もう一度赤い目をした怪物を見る。

「わたしが言葉を話すのが意外かね。これでもそこそこ勉強したのだが」

 声に出せず、ウールーがうなずく。

「おおかた、人魚を見に来たのだろう。違うか?」

 もう一度うなずく。

「私を見ても逃げ出さないものは少ない。偶然昨日も、勇敢な青年がいたが、今日はそれ以上に幼く見える。いや、逃げ出すも何も、動けなかったのかな」

 その怪物は笑い出した。その様子をウールーは驚いた表情をして見ていた。キシスのもまだ震えていたが、少しずつ焦点が戻ってきている。

「ふぉっふぉっふぉ。驚かしてしまってすまなかったな。それで、人魚だったな」

「おじさん、人魚知ってるの?」

「おじさん!」

 とっさにウールーがキシスの口を抑えた。それから苦笑いを浮かべる。

「そうだな。そんな子供からしたら、私ももうおじさんだな。ああ、知っているとも。お前たちではまだ直接会話はできないだろうが、もしかしたら人魚を見られるかもしれんな。来るか?」

 キシスは大きくうなずいた。そして立ち上がろうとしたが、うまく立てない。

「よし、お前さんがた2人くらい、背中に負ぶってやるとも」

 その赤い目をした怪物は、後ろを向いてお座りのような格好をした。キシスがそこにまたがる。

「それ、そっちのお嬢さん、遠慮するな」

 しばらくウールーはためらっていたが、意を決するとその上にまたがった。

「なかなか疑い深いお嬢さんだ。心配せんでも、食ったりはしないよ。それならいちいち会話なぞしない。それから、歩くとしばらくかかるから、眠たかったら眠っていいぞ」

 その言葉が終わるより早く、キシスは眠りに落ちていた。


 2人が目覚めると、岩が立ち並ぶ場所に寝転んでいた。岩の間からは海が見えている。

「ようやく起きたか。よく眠るのも子供の仕事だ」

 まだ、太陽は昇っておらず、東の空がわずかに明るい他、闇に包まれている。

「私はもう行くが、できれば私のことは秘密にしておいて欲しいのだが」

 ウールーは静かにうなずいた。

「ありがと、おじさん」

 その怪物は、ひとしきり笑うと、元の森へと歩いていった。

 西を見ると、大きな海が見える。海洋都市で見る海とは違い、港のような人工物がなく、ただ一面の海。ただ、彼らがいるところは激しい岩場になっており、それ以上海に近づくことは出来ない。

「ここから、見えるのかな?」


 ピーヒョロロ。


 朝、次第に東の空が明るんできた頃、笛の音が海の方から聞こえた。そこを見ると、今まで気がつかなかったが、海から突き出た岩の上に人間らしい影が座っている。

「ウールー」

「うん」

 2人は、その影をじっと見つめた。笛の音は、優しく、暖かく、広い空間に響いている。笛を吹き終わると、その人は左手で笛を持ち、右手を前に差し出して手のひらを上に向けた。

「待っていました」

 いつの間にか、もう一つ近くにあった岩の上にも影が座っていた。その影が、笛を吹いていた人に向かって話し掛けた。

「私も、待っていました」

 互いに、右手を差し出しあっている。

「ねぇ、ウールー」

「うん」

 その、後から現れた影、それはまぎれもなく人魚であった。下半身が魚で上半身が人間の姿をしている。髪の毛は、太陽の光に金色に輝き、肌は透き通るような色をしている。

「レウレラ・ヒュームですよね」

「はい」

「では、聞いていてください」

 すると人魚が、澄んだ声で歌いだした。

「遠い遠い世界を夢見て

 遠く遠く一人で泳いで

 やっと見つけたあの人の

 せめて夢で逢いたくて


 甘い甘い言葉を信じ

 甘い甘い世界へ飛び出し

 やっと見つけた幸福の

 壊れる音が大きくて


 どうして行ってしまったの

 どうして戻って来ませんの

 私はずっと待っています

 この命が果てようとも」


「彼の思いの大きさは

 量ることの難しく

 選んだ道が違えども

 必ずここへ帰ります


 彼の心の傷跡は

 量ることの難しく

 いつか癒されたそのときに

 あなたの元へ帰ります」


 捜索隊が、ウールーとキシスを見つけたのは、その日の夕方になってからだった。アドルらが言っていた場所とはひどく離れた場所に2人がいたため、見つかるのに時間がかかった。当然2人は、家に帰ってから怒られはしたのだが、それほど苦にはならなかった。キシスはそれから部屋に入るといつもつけている日記を取り出し、今日起きたことを書き始めた。

 

 僕は最初それを見たとき、驚いてしまって声が出せなかったんだ。

 まるで人魚が、彼にそっと口づけをしているようで……



                            おしまい


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ