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嘆きの涙を

「はい、それでは授業を始めたいと思います。今日の議題は……」

「先生!」

「なんですか?」

「議題を募って討論をするよりも、いつものお話を聞かせてください」

「しかしですね」

 教壇に立って教室を見回すと、全員が一様な顔つきをしている。ある生徒が立ち上がり、お願いします、と声を発すると、他の生徒も真似をする。

「うーん、今日の議論は、学年主任から必ず行うようにと言われたものだったのですが、そうですね、議題を物語り形式で提出させていただきましょうか」

 教室から歓声があがる。それを両手で抑えてから、

「静かに。あまり騒ぐと他の教室に聞こえてしまいます。ばれてしまうとですね、先生、もう授業をできなくなってしまうかもしれません。それは困るでしょう? ええ、そうですね。ありがとうございます。それから、議論もしなければならないのですが、きっとお話だけで授業は終わってしまうでしょうから、やはり宿題という形になります。よろしいでしょうか?」

 頷く声。

「はい。ありがとうございます。ですが、あまり他の教室の子に話してはいけませんよ。どんどん先生の立場が危うくなってしまいますから……いえ、まあいいでしょう。得てして大切なことというのは、些細なところに転がっているものです。そこから何を学び取るか、学び取ってもらうかというのが、今の先生たちにとっても学ばなければならないことなのでしょうから。ああ、はい、すいませんね、それではお話を始めたいと思うのですが。ええと、そうですね、これもやはりレウレラ・ヒュームという詩人から聞いた話でして。ええ、先生も彼とは長い付き合いでして、旅を長い間していたこともあり、様々な体験をしているのですよ。それはそれは、先生としても羨ましいほどにですね。て、すいません。どうやらすぐに関係のないところへ話がずれてしまっているようでして。この話は、彼がエディソン河畔の戦いで息子の無事を祝い、しばらくしてからまた旅に出てですね、妖精の森北方にあります小さな町ですがイルフェに赴いたときのことです。そこでですね、彼は一人の女性と出会いました。ああいえ、全然色っぽい話ではないですよ。すでに彼は息子もおりますし、当然結婚もしていますからね。まあですが、それでも彼は忘れられないほど、素敵な女性だったと。いえ、真剣な表情でそう言っていました」



 アッサンドラと聖クライス朝の戦争の影響も少ないイルフェでは、多くのものが農業に携わっていました。基本的に自給自足の生活をしていたようです。ですが、北方には海がほど近くにあります。海辺にも小さな街がありまして、そこと互いの商品の取引をしていました。イルフェまで旅をしてきましたレウレラ・ヒュームは、自分が思ったよりも歳をとっていると感じたのでしょう。すっかり疲れ切った体を休めるために、すぐに宿に向いました。

「すいません、一夜だけ泊めて頂きたいのですが」

「ああ、お客さん、今日はなんだかたくさんの旅人があってね、ほとんどの部屋は埋まってしまっているんですよ」

「眠ることができればどんな部屋でも構いません」

「いや、むしろ特上の部屋しか残っていませんで……一人で泊まるには少々値がはるところでして」

「お金でしたら充分に持ち合わせています」

 宿の主人は、そうですか、と答えると宿帳を出しました。レウレラ・ヒュームは筆を走らせながら宿帳を見たのですが、確かにたくさんの人が泊まっているように思えました。ですが、不思議なことに部屋に行くまで誰一人としてすれ違う人がありませんでした。

 彼は部屋に荷物を置くと、すぐにフロントに引き返して尋ねました。

「今日は何かこの町であるのですか?」

「あれれ、お客さん、それが目当てだったのではなくて?」

「いいえ」

「町の中央にある広場に行ってみれば分かりますよ。まあ祭りのようなものでして、見物客も毎年増えておりましてね。まあ、あまり褒められたものではないですが、うちのような商売としちゃぁ、それに感謝しないでもないんですよ」

「屋台は出ていますか。それともどこかによい料亭などないでしょうか?」

「休みですよ。屋台ならあります。そこで商った方が儲けが大きいですからな」

 彼は感謝を表すと宿から出ました。辺りは夕闇に沈んでいましたが、街の中央からは赤い光が見えていました。おそらく火の光でしょう。疲れてはいましたが、彼はもともと好奇心の旺盛な人種でしたので、すぐにそちらに向いました。進むごとに人の姿が増えてきます。確かに、多くの人が集まっているようでした。

 結構な広さの円形の中心に、炎が燃えていました。火の暖かさは広場に入った瞬間からかなりなもので、火の粉さえも飛んできています。その火の周りに、裸の男が四人座っていました。両手を合わせて何かを祈っているように見えます。そのさらに回りに、女性が立っています。こちらの人数はかなりのもので、時折動くので正確な人数は分かりませんでした。

 彼は広場の円周に並ぶ屋台で簡単に夕食を済ませると、あらためてその儀式を見守りました。ですが、大して変化は見られません。

「これは何の祭りなのですか?」

「観ていれば分かってきますよ」

 近くの人に聞いて回りますが、皆同様の返事しかしてくれません。それでしかたなく彼は再びその儀式をよく観察しました。

 ぱちぱちと舞う火の粉。周りをまわる女、四人の裸の男。炎。炎が狂い、夜空を焦がす。炎が……

「あれは!」

「ようやく気が付きましたか」

「あれは一体、何を焼いているのですか」

「いえいえ、祭りですよ」

 揺れ動く炎の頂上に、人の形があった。下半身は炎に飲まれ、上半身は必死に手を振っている。

「何を燃やしたところで、あの形に炎が揺れることはありません。ですが、あれは炎から必死に逃れようとしているように見える」

 彼には、炎から必死に逃れようとしている人の姿に見えました。それが動くのにあわせて火の粉が辺りに飛び散っているのです。

 彼はしかし、過去の経験もありこの祭りを無理に止めようとは思いませんでした。自分の価値観だけでその地方の伝統を汚すのは正しいことではないと考えてのことでしょう。ですが、この儀式の元をどうしても知りたいと思いました。そこで彼は宿に戻るとすぐにフロントへと向かい尋ねました。

「とてもよい祭りでした。人びとが集まるのも分かります」

「そうでしょう。もう何十年と続けているものでして」

「ですが、どうしてあのような形になるのでしょうか?」

「どうしてと言われても、あっしには」

「何十年という月日は、あなたにとって長い話ですか?」

「いいや、あっしが幼い頃にはなかった」

「先ほどあなたは褒められたものじゃないとおっしゃいました。客寄せに利用するような祭りではないのでしょう?」

「ははは、お客さん、これは手厳しいですね」

「覚えている範囲でも構いません。どうか、あの祭りが始まる頃のことを教えてください」

「いやいや。といっても自分もまだ子供でしたからね。確かあっしが十八の頃だったと思うよ、あの祭りが始まったのは。成人の祭りがその年はなかったからね。代わりにあれだ」

「なにがあったのですか?」

「正確には覚えてないよ。確か、その前年に死者が出たということで、その元凶を街から追い出したのさ。いや、殺してしまったのかな。そしたら、その恨みだかでさらにその年に原因不明の死者が出てな。それで、祭りでその呪いをさ、吹き飛ばそうってことでして。誰が始めたのかは分かりませんが、それで原因不明の死はなくなったわけです」

「亡くなったのはどなたですか?」

「いいや、そこまでは知らんよ。町長なら知ってるかもしれないが、今日は祭りだからな」

「そうですか。ありがとうございました」

 レウレラ・ヒュームはフロントを後にしました。それで部屋に戻ったのですが、部屋に入った途端に違和感を覚えました。自分が置いた荷物の位置が、わずかに変わっているのです。それを顔に表すことなく、彼はベッドに座りました。窓からは、まだ炎の明かりが見えます。

「誰ですか?」

 彼は部屋の中にだけ聞こえるほどの声を出しました。

「あなたに危害を加えようとは思いません。それに、わたしはこの祭りに興味で参ったのではありません。信じてくれといっても、信じてもらえるか分かりませんが。まあ、興味で来たのであれば、まだあの炎の周りにいることでしょう」

 返事はありません。

「荷物をご覧になったのでしょう。もともとあなたに興味があったのではないのですから。これからもっと北へ旅を続ける途中です。どうか、警戒をしないで下さい」

 すっと、部屋の中に気配が現れました。彼の真後ろです。その手が、彼の首に掛かりました。

「あなたに害を与えるつもりはありません」

「振り向かないで下さい」

 非常に澄んだ声が返ってきました。

「それが望みでしたら」

「あなたが興味でこの街に来たのではないことはすぐに分かりました。ですが、あまりにも早くに帰ってきてしまいましたので、部屋から出ることができなくなってしまいました」

「目を瞑っている間に出て行くことができます」

 彼は答えました。

「ですが、少しあなたと話がしたい」

「わたしは話すことなどありません」

「少しだけです。あなたに迷惑はかけない」

「引き止めることを迷惑だと思いませんか?」

「いいえ。あなたは誰かに話してしまいたいのではありませんか?」

「……あなたは変わった方ですね」

「よく言われます」

 そして彼は、自分がレウレラ・ヒュームという名で詩人であることを明かしました。ですが、相手は名乗る様子がありません。代わりに彼の首に掛けられていた手が静かに引かれました。

「ありがとうございます。それでは、あなたはどうして今日ここにおられるのですか?」

「わたしは見世物ではありません。あのような辱め、誰にも見られたくありません」

「あなたは人を呪い殺すことができますか?」

「そのようなことできるはずがありません」

「あなたと最初の死者の関係は?」

「わたしの夫です。あれは優しい男でした。このようなわたしを愛してくださったのですから。ですが、彼の兄弟は違いました。わたしの本当の姿を知り、わたしのことを化け物だと誹りました。彼が亡くなったのは、むしろあの兄弟のせいだとわたしは思っています。彼にばかりきつい仕事を押し付けまして、過労で亡くなったのですから」

 レウレラ・ヒュームは次の死者について尋ねました。

「彼らは、わたしのことを化け物だと知っているにも関わらず、わたしが未亡人になったのをよいことに、わたしのことを弄びました。わたしの中の憎しみは、ですが彼のことを思うと胸の中に秘めていました。そしてわたしは亡くなりました」

「次は?」

「わたしに人を呪い殺す力はありません。ですが、不思議と人の死期は分かります。いいえ、きっとわたしがすでにこの世に存在していないからなのでしょう。特に、彼らの死期は明確に分かりました。ですから、わたしは彼らが亡くなる少し前に彼らの前に姿を現しました。彼らはそれぞれに恐れ、驚愕し、わたしの名を口ずさみながら死んでゆきました。ですが、わたしが呪い殺したのではありません」

「信じます。ですが、この街の人たちは、あなたの呪いだと考えた」

「そうです。それで、この祭りを始めたのです」

「炎を囲む四人の男は、兄弟を表しているのですね。ですが、それではまだあなたが炎に焼かれている理由が分かりません」

「わたしを何度殺しても殺し足りないのでしょう。わたしの復讐は終わっています。もうわたしのせいで死ぬ人はいない。けれど、この街での死は、わたしの呪いが原因なのだと。愚かですが、人間らしい小さな思考です」

「あなたは人間ではないのですね」

「すでに死んでいますから」

「生きていたときからです」

 返事はなかったが、彼の背後で頷いた気配があった。

「むしろ、この祭りがあなたをこの街に縛り付けている。違いますか?」

「あのような姿を晒したくないのです。とても、恥ずかしいことです。死んでも許してもらえないのですか?」

「わたしを含め、人間とは悲しいほどに小さな存在です。羽を持った小さき人間とわたしたちが呼んでいる存在よりも、はるかに小さく、そして醜い」

「わたしはわたしたちのことを妖精と呼んでいます」

「あなたの名前をお聞かせください」

「メジュリーヌ」

 レウレラ・ヒュームはゆっくりと振り返りました。そこには美しい姿の女性がいました。ですが、あの祭りで下半身が炎に包まれて見えなかったように、その女性に人間らしい下半身はく、代わりにへそから下は蛇そのものでした。彼よりも高い位置に顔がありました。端正で、細く、その瞳は深い絶望が覆っていました。

「あなたは変わった方ですね。わたしの姿を見ても声をあげない」

「わたしには妖精の友達がたくさんあります。大きいものや小さいもの、あなたのように人間に似ているものも、また似て非なるものも。ですが、姿や形は関係がありません。あなたの美しさは、その内側から発せられているのです」

 メジュリーヌの目には涙が溢れていました。口は、何度もありがとうございます、と刻んでいるようですが、声にはなっていませんでした。彼は彼女の涙を拭いてあげました。


 翌日、早くにレウレラ・ヒュームは町長の家を訪れました。田園風景にあって、煙突もついた立派な建物でした。町長は快く彼を受け入れてくれました。

「どうも、わしがイルフェの町長でありますゼロムスです」

「朝早くからありがとうございます。昨日は祭りでお疲れではないですか?」

「いいやいいや。まあ疲れているのは確かだが、祭りのお話でしたら歓迎です」

「昨日この町に来たのは偶然でして、ですが神秘的な祭りだと感じました。ですので、祭りの由来を伺いたいと思いまして」

「まあ、見世物にするような祭りではないのですがね。ですが、このような田舎では、この人手を歓迎しないわけにはいかない。今発展してゆく中にあってはなおさらのことでしょう」

「率直に伺います。あの炎の中のご婦人は誰なのですか?」

「あれが女性に見えましたか?」

「炎から必死に逃れようとしている女性に見えました」

「あれは罪です。この町に巣食う醜い罪の形です」

「一体どのような罪なのですか?」

「今では取り壊されていますが、リュ=イ=ナンという家がありました。そこの四兄弟はたいそう仲がよく畑仕事をしていたのですが。まあ、その最も下の子が嫁を貰ったことから、彼らの中に不和が生まれたのです。二人は仲睦まじかったのですが、上の三人もまたその嫁のことをひどく好いていたようでして」

「兄弟げんかですか」

「それもひどいけんかでして」

「その下の子をついに殺してしまった」

「そしてその嫁は自殺を?」

 ゼロムスは驚いた表情をしました。レウレラ・ヒュームはゼロムスに迫ります。

「誰がそのようなことを?」

「宿の主人がそのようなことを」

「いいや、彼はまだまだ幼かったこと、きちんと記憶していないのでしょう」

「違うのですか?」

「自殺ではありません。殺されたのです。残りの三人のうちの誰かに。だからこそ三人は互いに殺し合いをしました。残ったのは長男だったのですが、彼もその一年後に亡くなりました。喉をかきむしり、最後にメジュリーヌという言葉を残して」

「メジュリーヌというのは?」

「ああすいません。その嫁の名前でして。当時、ですからその悲劇はメジュリーヌが嫁に来たことによって始まったのではないかと考えられまして。それでこの祭りが始まったわけです。彼らの罪を贖うために」

「メジュリーヌはどこから来たのですか?」

「さあ、それはわしには分かりません。ですが、ええ、確かに器量もよく美しい娘でした。ですが週末になると姿を消してしまいまして。その時何をしているのか知る者はいませんでした。ですから、この祭りも週末に行われているのですよ」

「あの焼かれているのは彼女ではないのですか?」

「焼いているのではありません。わしらは、あれによって彼女が救われてくれればと思っています」

「いずれこの世界には妖精という言葉が広まるでしょう。彼女は妖精ではありませんでしたか?」

「妖精と言われましてもね」

「正直に申しまして、彼女の意思はすでにここにないように思われるのです。いえ、このような言葉に意味はありませんね。ですが、わたしには彼女の気持ちが不思議と分かる気がするのです。ですから、どうか彼女の気持ちだと思って聞いてください


  嘆きの涙を


 胸に焼かれ、天に焼かれ、地に焼かれ、

 それでもわたしはあなたとともに、

 人にあらぬこの体なれど、

 あなたはわたしを愛してくれた。


 奪い、奪われ、また奪い、

 わたしの体は化け物のように、

 それでも心だけは汚されることなく、

 わたしはだから消えてしまいたい。


 争い、争え、死、また死、

 わたしが悪いと人は言う。

 呪い、縛り、呪い、死と、

 化け物の次はバンシーと。


 燃えよ、炎、火の粉を、振りまき、

 わたしの罪よすべて消えろ、

 消えて、わたしはいなくなる、

 なれば、すべては清らかに


  涙、流れる、嘆き、悲しむ

  お願い、わたしのことを忘れて、

  もう誰も、わたしは知らない、

  もう誰も、わたしを知らない。



「はい。これで今回のお話を終わろうと思います。ええと、補足になりますが、この翌年からイルフェで祭りは行われなくなったということです」

「宿題はなんですか?」

「難しいですね。やはり最初の議題とうまく絡めることはできませんでした。ですが、この話からも皆さん思うところが色々あったと思います。メジュリーヌの話と町長の話の違いや、宿の主人の話とも食い違うところがたくさんあります。レウレラ・ヒュームが最後に読んだ詩も、どの物語にも即していないように感じます。ですから、皆さんにはメジュリーヌの話を作ってきてもらいましょう」

 教室からは意外だという驚きの声。

「まあ、提出することが大切です。一週間で。調べ物をしてきても構いませんので。あと質問はありますか? いいですね。それでは、今日の授業を終わりたいと思います」



                       おしまい


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