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日の目

 彼との出会いは、わたしがまだ15の時のことでした。一回りほども上のあの人に、どうしてわたしは惹かれてしまったのでしょう。不思議なようですが、この気持ちに偽りはありません。きっと、ときおり彼が見せる幼さや、それでいて深いまなざしに、わたしの心は奪われてしまったのでしょう。

 後悔はありません。この薬指の指輪が輝いている限り。


 ペルトの夜は厳しい。その上、この4年近く、雨が降っていない。国家レベルで、何度も行われた雨乞いの儀式に関わらず、世界は枯れていた。

「デージーや、ちょっと頼まれてくれ」

 仕事場からの帰り道、デージーは呼び止められた。ペルトでも東に位置するこの村は大きくない。それゆえ、村のものならば誰でもその顔を知っていた。

「タッカートおじさん、どうしたの?」

 デージーは立ち止まり、道路わきの家の影に腰かけていたタッカートを見た。着ている物は砂埃に汚れている。頭に巻いたターバンが崩れかかっている。

「ちょっとね、聞いてると思うが息子がけがしちまって」

「はい。先日母からうかがいました」

「ああ、それであいつに頼んでる仕事が進まなくてな」

「いいですよ、わたしにできることならお手伝いします」

「ああ、悪いね」

 日はまだ高い。デージーもタッカートの家の影に移動すると、彼から小さなコインを受け取った。多少汚れているものの、結構な額だ。

「お釣りはやるが、それで水を買ってきて欲しいんだ」

「こんなにですか?」

「いや、それでも少ししか買えやしないよ」

 確かに、それなりの額だが水を買うにしては少ない。それほどまでに水は高価なものとなっていた。しかし、水は必要なものだ。買わざるを得ない。

「オアシスまで、ちょっとあるが頼むよ」

「大丈夫です。いつも行ってますから」

 デージーはお金を胸にしまうと、笑顔を見せてから家の影から出ていった。


 オアシスは村から西の、数マイル離れた場所にある。4年前までは、オアシスまでの道は短いが草に覆われていた。デージーの村まではオアシスのおかげで発展していたといっても過言ではないだろう。だが、この乾季のせいで、その様子は様変わりしていてた。わずかな草もなく、砂が吹き荒れている。オアシスと村は完全に切り離されてしまっていた。ゆえに、デージーの村もかつてに比べるとかなり小さくなっている。移民するものもいれば、水を手に入れることができず亡くなった者も多かった。

 多少日は落ちてきたものの、日差しはまだまだ強い。デージーは手でも傘をつくりながら、その道なき道を行った。


 ピーヒョロロ。


 かすかな音色が聞こえた気がしたが、辺りに渦巻く風にかき消された。否、渦巻く風によってかろうじてその音が届いたのかもしれない。けれどもデージーは、道を急いでいたため、気にとめることはなかった。

 オアシスにたどり着いた。

 村に比べて、幾分まだ活気がある。行き交う人々がその活気を伝えている。デージーは急ぎ、オアシスの中心へ行った。水売りの業者が軒を連ねている。デージーがよく行くのは、一番端にある、小さな業者だ。

 閉まっていた扉をデージーはノックする。返事はない。

「何かそこにご用かい?」

 後ろから声をかけられ、デージーは振り返った。

「そこはつぶれたよ、結構利用してたんだがね、ま、よくあることさ」

 幾重にも重なるボロをまとった男がそこには立っていた。腕を組み、デージーよりも高い位置にある顔から、こちらを見下ろしている。影のせいで顔はよく見えないが、目だけは鋭く光って見える。

「それは困ったわ。他の業者じゃ高いんですもの」

「だからつぶれたんだろ」

 男は屈み込むようにしてデージーの耳元に顔を近づけた。びくっと体を震わせたデージーだったが、動けなかった。

「主人が殺されたんだよ。そりゃそうだろう。これで軒の連中は安心ってもんだ」

「だって、価格が十倍も違うのよ」

「だから俺も困ってるんだよ。奴ら、俺らの足元見やがってよ。きっと十分の一でもやっていけるだろうってのに」

「どうしましょう」

「あんた、ここの者か?」

「いえ。わたしは隣村です」

「ここで買うだけの金は持ってるんだろ?」

 男は姿勢を戻した。

「俺は、今日一晩の宿代が欲しいわけだが」

 次の瞬間、男はデージーの首を掴んだ。男の大きな手がデージーの喉を締める。デージーの足は浮き、首だけにすべての体重がかかる。

「あたしの、お金じゃ、ないの」

「それで?」

「ごめん、なさい。許して?」

「別に許すもないさ」

 余った手で、男はデージーの服をまさぐった。そしてデージーの右胸で止まる。ピンと弾くと、一枚の小さなコインが宙を舞った。

「おねが、い」

「これだけあれば十分他の業者でも買えるじゃねえか。おめえも充分悪だよ」

 男は手を離した。途端、デージーは腰から崩れ落ち、激しく咳き込む。同じように男も座り込むと、再びデージーの耳元に囁いた。

「おめえ、安い業者のこと黙ってただろう。残ったお金をどうする気でいたんだ?」

「ちが、う」

 デージーは咳き込む。

「違わないね。おめえなら一晩も稼げば、すぐに水くらい買えるだろ?」

「ちが、う、の」

「何なら、俺が相手をしてやろうか? あんたの顔は嫌いじゃない」

「消えて」

 デージーは男をにらみつけた。男の鋭い眼光は、一度だけ瞬きをすると、光を失った。男は立ち上がり、肩を軽くすくめるとその場からいなくなった。

 確かに、デージーは安い業者のことをタッカートに言っていなかった。けれど、それだけたくさんの水を一気に買って帰る気でいただけだ。そうすれば、当分はこちらまで買出しに来なくて大丈夫であっただろうから。もちろん、デージーが何度も手伝いを買って出ればいいわけだが、彼女にも自分の仕事がある。今日みたいに早く仕事が終わるとも限らない。

 それなのに。

 周りを見渡す。誰もデージーを気にかけない。一部始終を見ていたものもいるだろう。だが、もはや他人を構っていられるほどのゆとりなど、このオアシスになかった。

 デージーはため息をつくと立ち上がった。

 ため息だ。

 続けざまに何度もつく。

 恐らく、今の出来事をタッカートに正直に話せば、許してもらえるだろう。デージーの村で残っているものは互いに信頼が置ける相手だけだ。けれども、許してもらって何になるというのか。

 必要なのは水なのだ。とにかく水を手に入れなければならない。

 足は自然と動いていた。どこへ向かうともなく、それでもどこかへ。


 オアシスの外れ、宿泊通りにたどり着いたとき、デージーは意思を固めていた。ここで稼ぐしかない。宿の1階にある酒場からは、高価であるにもかかわらずにぎやかな声がもれている。金持ちの道楽だ。

 その入り口に立ったとき、デージーの手は震えていた。固めた意思はもろかった。

 前へは動こうとしない足は、後ろへは素早く動いてくれる。酒場の喧騒の届かない、静かな街頭にデージーは立っていた。太陽はもはや沈み、辺りは闇に溶けている。デージーの上がった呼吸だけが彼女の耳に届く。心臓は激しく打ち、涙が流れていた。


 ピーヒョロロ。


 自分の嗚咽に紛れて、笛の音が聞こえた。驚いて顔をあげる。どこかで聞いたことがある音色だ。懐かしいようで、ひどく物悲しい。

 笛の音は、デージーが立っている場所から少し離れた建物の2階から聞こえていた。部屋に点けられた光によって、シルエットでその姿が見えている。不思議とデージーには、シルエットがこちらを向いているように感じられた。デージーはそこで姿勢を整え、窓を見た。シルエットから笛の音は絶えることなく聞こえる。旋律は震え、長く、弱々しい。けれど消えない。

 いつしかデージーは聞きほれていて、シルエットが消え、笛の音も聞こえなくなっていたことに気がつかなかった。

 そして、シルエットの主がデージーの隣りに立っていることも。

「今晩は、お嬢さん」

 その言葉に我に返り、デージーは横を見た。闇の中にあっても彼の肌は白かった。ユーロジアでも西からの旅人なのだろうか。長い髪の毛や、来ている服は決して調えられているとは言い難かった。けれども、魅力があった。

 デージーは彼を見上げ、答えなかった。

「光栄です。このような場所であなたのような観客に巡り会えるなんて」

「わ、わたし、デージーです」

「私はレウレラ・ヒュームと申します。色々な場所を旅しているのですが、この季節になるとどうもこの場所が恋しくなりまして、ちょうど今日ここに戻ってきたところだったのです。ええ、お笑いになるかもしれませんが、もう何年も前にここで親友と別れましてね、未だにこの季節には胸が苦しくなるものでして」

「あの、そういうの、素敵だと思います」

「面白いことを言うね」

 彼は口元に手を当てて笑った。デージー自身、自分で何を言っているかよく分からなかった。先ほどよりも早く打つ心臓が、なぜかこんなにも心地いい。彼の自然な魅力が、デージーの心に達しているかのようだ。

 デージーは初めて会った彼に、今日あったことを話していた。

 その時にはすでに、デージーは彼の部屋にいた。

「じゃあ、デージー。どうしても水が欲しいのですね」

「はい」

「それは、私が原因かもしれないからね」

「そんなことないです」

 彼はデージーの頭を軽く撫でると、不思議な話を彼女に聞かせた。龍と出会った話だ。感心したり、笑ったりして聞いていたデージーに気をよくしたのか、彼は東へと旅に出ていたときの話もした。中津国や大和国の話だ。

 嘘か本当か分からない。

 すでに外は明けはじめていた。


「ごめんなさい。わたし、帰らないと」

「これを使うといい」

 そう言うと彼はコインを一枚差し出した。

「いけません」

「そう気にすることじゃない」

「頂けません」

「それでは、これでデージーを買おう」

 デージーは動きを止める。

「い、いりません」

「これから私は、親友の龍とお別れをしてくる。そうしたらデージーを迎えに来るよ」

「だめです」

「受け取って」

 彼はデージーの手を取った。

「あの、でしたらやはり買ってください」

 彼はデージーを抱き寄せた。


  日の目


 空に輝く太陽の

 眩しく眩しく輝いて

 失われた雲たちは

 今はどこに彷徨うか


 野辺に花咲くデージーの

 真中に燦々と降り注ぐ

 瞳と瞳の合さって

 春は今ややってくる


 空に輝く太陽と

 野辺に花咲くデージーの

 姿やともに向かい合い

 親が込めし温かさ


 いつか空に輝きて

 いつか野辺に降り立ちて

 瞳と瞳が立ちかわり

 互いの名をば重なるや


 日の目に我ら照らされて

 春やいまや咲き誇り

 雲や願わば集まりて

 再びこの地に一滴


                                                         おしまい


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