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隻眼の猫

 はい、みなさんおはようございます。それでは今日のホームルームをはじめたいと思います。

 ええ? 今日は何の話か、ですかって?

 今日はクラス替えをして最初の授業ですから、自己紹介と今年一年の目標を聞こうかと思ったのですが。そうですね、半分くらいは前のクラスと同じですね。ホームルームの度ごとに何かを話していると、他の先生たちに怒られてしまうのですが、そうですね、それでは自己紹介と目標は宿題にしましょう。明日の朝に集めます。紙に書いて提出してください。

 それでは、今日は何の話にしましょう。

 途中での質問は受け付けません。最後に聞きます。

 では、今日は昔噺にしましょう。これももちろん先生がレウレラ・ヒュームという詩人から聞いたお話でして、一つの話を彼がまとめたものなんです。それでですね。

 いけませんね、話に入るまでに脱線するのは先生の悪い癖ですね。ではまずこちらの詩を聞いてください。


The cat who is blind in one eye


I know that

The cat who is blind in one eye

Stands straightly on the gate and

Is waiting while I pass the gate.


He has no friends to depend upon.

The cat who is blind in one eye

Goes on journey to far away,

Alone.


Long and hard journey,

More than one year,

Makes the little cat grown-up and

Gives him strong will and might.


The cat lost,

For order and peace of the world,

His one eye and his own life,

Sacrificially.


The cat who is blind in one eye,

For the dream, hope, and more,

Stands straightly on the gate and

Makes himself the statue of will and might.


 はい、原文です。後で先生が訳した母国語も紹介しますが、どうですか? それほど難しい単語や文法は使われていないでしょう? 皆さんでも充分に意味を分かっていただけるのではないでしょうか。

 これはですね、彼がユーロジアの西に臨むグレイトブリッジと呼ばれる島に渡ったときに読んだ詩でして、その島にはですね……

 すいませんね、すぐに脱線してしまいます。

 はい、それではお話に移りたいと思います。


 彼は交易船からゆっくりと降りました。

「夕方にも船は寄るが、本当にいいんだな」

「ええ、半日では足りないくらいです」

「じゃあ、明日のこの時間に」

 船の上から声をあげている男に、彼は一礼しました。やがて、船はゆっくりと船体をくねらせました。それを見届けますと、彼は周りを見ました。

 あるのは廃墟だけです。かつては栄えていたように見える港の風景でした。メルクシスとかつては交易があったと聞きますが、数年前に起きた大嵐の際に大津波とともに滅んでしまったのです。時折の潮風が、一層の侘しさを映していました。

 全体を一望し終わると、彼は歩き始めました。どちらに進んでも町は荒廃したものです。大津波のときに逃げ出した住民も、今はユーロジアに移り住んだと聞いています。

 ですが、彼はそう考えてはいませんでした。それでも故国を離れられずに、残っている住民がいるのではないか、と。

 しかし風景は彼の期待を裏切るものばかりでした。寂れ果てた建物、崩れかけた灯台、獣があさったのであろう樽。人間味の残るものはどこにも感じられませんでした。

 結局一時間もしないうちに、彼は絶望感を味わうことになったのです。町の中に人が残っていると思われる様子は一切見つかりませんでした。

 それでも彼は歩き続けました。ええ、もう何十年も歩き続けてきたものですから、留まることなどできなかったのでしょう。それで、彼が町から出ようとしたときのことです。町の入り口にはすでに壊れてしまった門がありました。

 彼はその門を見やりました。かつての栄華を十二分に伝える大きさの門です。その向かって左側に銅像が立っていました。

 片手を天に掲げるように伸ばし、逆手を胸に当てていてました。厚手のマントを羽織るようにしていて、縁のついた帽子をかぶっていました。その中でとくに彼の目を引いたのは、その銅像の顔でした。眼帯をしていまして、それはまるで海賊のように見えました。

「これは……」

 彼は呟きながら、銅像をよく見ました。ここだけがまるで今までの荒れていた風景とは隔離されてしまっているようで、銅像はひどく生き生きしていました。生気に溢れていたのです。何年も野ざらしにされていた割には、考えられないくらいにきれいでした。

 その銅像に触れようと思い彼が手を伸ばしますと、彼は銅像の下に文字が書かれていることに気がつきました。

「カトリーヌ・ド・メレイア。偉大なる神の御手、崇高なる祖国の母、無縁なる世界の救い主。ここに眠る」

 まるで墓石に記されている銘文のようでした。

「カトリーヌ・ド・メレイア?」

 彼はぽつりと呟きました。伸ばした手もそのままに、彼はその名に思いをはせました。ええ、聞いたことのある名前でしたから。

「そこで何をしている!」

 突然の声に彼の思考は途絶えました。振り返るとそこには年の頃五十ほどの男性が立っていました。薄汚れた服に、手にはバケツを持っているだけという軽装でした。彼は伸ばした手を戻しますと、男に向き直りました。

「旅の者です。先ほど交易船から降りたところです」

「ここに船など寄らない」

「寄っていただいたのです。私はレウレラ・ヒュームと申します」

「交易船なら北のノストラートだろう」

「船長が知り合いでして、寄っていただいたのです」

「何のためにさ?」

「一度この目で、見ておきたかったのです。本当にここが……その……廃墟、なのか、と」

「いい趣味じゃぁないな」

「……そうですね。ですが、やはり違ったようです」

「ここは廃墟さ。誰もいない」

「あなたがいます」

「俺はここのもんじゃない。まあ、週に一度はここまで来とるが、それも気分さ」

「それにしてはとてもきれいな銅像です」

 彼は再び銅像を見ました。

「カトリーヌ・ド・メレイア。聞いたことがあります。よろしければ、彼女の話を聞かせてもらえないでしょうか?」

「……そうじが終わったらな」

「ありがとうございます。手伝います」

 銅像をきれいに拭きながら、彼は男と話をしました。男の名前はマール・カサ。ここから二時間ほど内陸に進んだところにあるアダテという村に住んでいるということでした。聞きながら彼は思いました。二時間もの時間を気分だけでやってくるとは思えません。

 そうじが終わると、彼はバケツを持ちマールとともに門の外の道へと歩き始めました。

「二時間もあれば話し終わる。お前、泊まるところは?」

「特に決めていません」

「俺の村はそう大きくはないが寛大だ。村長の家なら人を泊めるくらいの余裕はある」

「ありがとうございます」

 道は決して整備されているとは言えませんでした。

「どうしてあなたは?」

「生まれさ。もともと商人や船乗り中心の町で、根っからの住人は少なかった。俺だって、親父は船乗りさ。だが、あの嵐だ。ほとんど死んだ。船乗りや商人は、ここを商売地からはずした。あとは廃墟さ。残った住人の大多数は大陸に移り住んだ。商売のためだ。仕方ない。残りの僅かだけが、この島に残った」

「みなアダテへ?」

「ああ、そうだ。みな気分でここまでよく遊びに来る。バケツを持ってな」

「カトリーヌ・ド・メレイアの像がなぜここに?」

「なぜ?」

「まるであの銘文は……墓標のようでした」

「俺たちにとって彼女は英雄だ。大陸とは彼女に対する見解が異なる」

「大陸にとって彼女は脅威でした。もちろん、伝説には違いありませんが。ええ、海の悪魔とわたしたちは呼ぶことさえあります。セイレーンやスキュラの一種ではないか、という学説もあるほどです」

「彼女は歌など歌わない」

「海賊……もちろんこれが最も有力な説なのですが。西海で多くの船乗りを襲い、略奪を繰り返していた。わたしたちは、要約すると、彼女のことをこう理解しています」

 彼は自分たちの見解を話しながら、マールが怒りはじめるのではないかと心配していましたが、相手もこの見解を知っているようで怒ることも、歩調を変えることもなく進んでいました。

「お前の趣味の話をもう少し聞きたい。どうして、こんな廃墟に寄ったのか。本当は何を確かめたかったのか」

「最初にも言いましたが、わたしはここが本当に廃墟なのか、それを知りたかった」

「なぜ?」

「わたしの……懺悔でも、あります」

 このとき初めてマールは歩を止めました。ですが、すぐにまた歩き始めます。

「あの大嵐の原因を知っているからです」

「嵐に理由などない」

「嵐の前、原因不明の乾季が続いていたのはご存知だと思います」

「話には。もともとこの地域に雨は少ないのでな、誰も警戒していなかった」

「その頃に、聞いた話なのです。大陸の西に臨むグレイトブリッジに、かつて嵐の主を求めて船を出した英雄がいた、と」

 マールの顔が一瞬ぴくっと動く。

「その英雄が、カトリーヌ・ド・メレイアなのではないでしょうか?」

「それは今思いついたことだな」

「はい。わたしがここに来たのは、その英雄の話を聞くためなのです。違いますか?」

「恐らく、そうなのだろう。大陸にも彼女の理解者がいたのかと思うと、嬉しくもあるな」

「彼女の話を教えてください」

「彼女は、彼女であるために、彼女を捨てた」

 マールは一度彼を見た後、まっすぐ前を見て話し始めました。

「当時は今以上に妖精や精霊、悪魔、悪霊といったものが信じられていた。嵐もそういったものに原因を求めていた時代だった。潮の関係か、気候の問題か、あるいは船の性能のせいだったのかもしれないが、ここから大陸までの航路でさえ安全の保証がない時代だった。

 その時彼女はまだ十七歳だった。


 太陽が西に傾き、空が朱く染まる頃。メルクシスへの交易船は海賊に襲われた。その船にカトリーヌは乗っていた。その強襲を知っていた。海賊は誰の命も、何の金品も奪うことなく、カトリーヌだけをさらっていった。故郷との惜別である。嵐で失った父と、船乗りになる夢を絶った母とに別れを告げて。

 もとともと海賊に知り合いがいたのではない。港の酒場で働いていたとき、自分は海賊だと酔ってがなっていた人物に近づいただけだ。

 とにかく海に出たかった。

 大好きだった父の仇を打ちたかった。同じような不幸をもう誰にも背負わせたくなかった。だから彼女は、その人物に頼んで海賊に襲われた振りをしたのだ。

 海賊としての生活は決して楽なものではなかった。そもそも船に女の乗組員がいること自体異例、特異なことであった。だが、カトリーヌは勇敢であった。他の男どもと混じっていても遜色がないほどの体格があった。時折の海賊行為も、他の海賊たち以上の活躍をしていた。また港の酒場でも、誰以上もの酒をあおった。やがてそれが評価され、他からの信頼も得て、カトリーヌはボスの補佐役にまで登りつめた。

 一年近くの時が経ち、再び嵐の季節がやってきた。

 カトリーヌの頑なな意思は、船員の反対にも曲がることはなかった。

「嵐の悪霊を捕まえる。俺たちの海は俺たちで守る」

 出港した船は小さなものだった。海賊船に補助でついていたようなものだ。カトリーヌはただの一人で沖へ出たのだ。

 嵐が治まったのは、その五日後のことだ。カトリーヌの消息はわからなかった。あの嵐の中を行ったのだ、分からないというもの当然のことだった。

 だが、それからこの地域で嵐が起きることはなかった。毎年のその季節も、海は穏やかなものだった。


 カトリーヌの母が、その生涯を閉じようとしているとき、彼女のもとに一通の手紙が届けられた」

「手紙が?」

「そうだ。見覚えのある筆跡だった。間違いようもない、カトリーヌのものだ。そして、船出してからのことが書かれていた。


 激しく降る雨を遮るものもない。逆巻く風に抗うすべもない。ただ、嵐のなすがままに船は運ばれていた。カトリーヌは船の舳先に仁王立ちし、それでも倒れることなく前を睨んでいた。

「何者だ、我が懐に入らんとするは!」

 カトリーヌは聞いた。

「カトリーヌ・ド・メレイア」

「下がれ! 小娘がいるべき場所ではないは!」

「黙れ。お前は俺に殺されるのだ。そういう運命なのだ」

 その瞬間、木切れがカトリーヌの顔を打った。それでもカトリーヌは立った姿を崩さなかった。

「次はその目を狙うぞ」

「俺の目くらいくれてやる。お前は俺に殺されるのだ」

 予告どおり木切れはまっすぐカトリーヌの左目に刺さった。

「次はどこがいい?」

「奪うなら奪え!」

 だが次の木切れは飛んでこなかった。

「どうした?」

「違うな。お前は俺を殺すといっていながら、顔が安らか過ぎる。憎しみなどない」

「うるさい。お前は俺に殺されるのだ」

「違うな。殺されるのはお前だ。お前はそれを望んでいる」

「違う!」

「お前は死にたいのだ。そして父のもとに行きたい」

「違う!」

「では、お前の死を奪おう。お前は永遠の命と引き換えに、嵐を追い払ったのだ」


 カトリーヌが目覚めたのがいつなのか分からない。メルクシスの北方の海岸に打ち寄せられている自分に気が付いた。生きているのが不思議に思えたが、すぐに理由は分かった。鼓動を感じなかった。それから自棄な日々を過ごし、落ち着いた頃に故郷に手紙をよこしたそうだ」

 ちょうどその時、マールと彼はアダテの入り口に立ちました。彼は立ち止まると、一気に歌いました。


 隻眼の猫


 僕は知っている。

 その隻眼の猫は、

 門にすっくと立ち、

 僕が通り過ぎるのを待っている。


寄る辺もなく、

 ただの一匹で、

 その碧眼の猫は、

 彼方へと旅に出た。


 長く困難な旅は、

 一年以上の月日を経て、

 子猫を大人にし、

 強い意志を育んだ。


 その猫は失った。

 世界の秩序と平和のために、

 己の片の目を犠牲とし、

 大切な命とともに。


 夢と希望と、

 かけがえのないすべてのものために、

 隻眼の猫は門の上に立ち、

 堅い、揺るがない石となったと。



 はい。これで先生の今日のお話はおしまいです。

「先生。カトリーヌ・ド・メレイアはまだ生きてるんですか?」

 ははは、お伽の世界のお話ですよ。でも、先生も一度会ってみたいですね。きっと素敵な瞳を持っているのでしょう。

 質問はありませんか?

 ないようですので、今日のホームルームはここまでにしたいと思います。各人宿題を忘れないで下さいね、皆さんの愉快な自己紹介を待っていますよ。


                          おしまい

                    


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