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彩られた龍の話

冷たい風が吹いている。辺りは落ちかけた太陽によって、うっすらと赤紅色に彩られている。

ピーヒョロロ・・・。

その風に紛れて、どこからか笛の音が聞こえている。それは、荒涼としたこの大地に一粒の雫を垂らしているかのような、暖かな音色に聞こえた。ただその音色の中にどことなく寂しさが感じられるのは私だけではないはずだ。深い悲しみ。私の心の中へと静かに舞い下りてくる。もしかしたら最愛なる恋人に裏切られたのかもしれない。もしかしたら最愛なる息子に先立たれたのかもしれない。

私は自然とその笛の音が聞こえる方へと歩き出した。

この地域一帯は雨が降らなくなってちょうど2年程になる。そのため大地はひび割れ、風が硬くなった大地の表面をさらって行く。風化した岩の固まりがいくつも地面から生えており、見渡す限りに緑はなくなっていた。

ピーヒョロロ・・・。

私が村を出ておよそ一ヶ月。地図によれば隣の村までは10日も歩けば着けるはずであったのだが、その村はすでに滅んでしまっていた。そのためそこを通過し、さらに次に村へとむかったのだが、それ以来村を見つけることができなかった。最初に蓄えておいた水や食料はもう尽きかけている。もしかしたらそこに村があるのかもしれない、私は期待していた。

音がだいぶ大きくなってきて、3度目の巨大な岩を回ると、彼は荒れ果てた小さな岩に座っていた。

ピーヒョロロ・・・。

横笛にそっと口を当てている。ちょうど沈みゆく太陽に照らされて朱色にそまった彼は、あまりにも神秘的で人間ではないのではないか、と私に思わせた。

彼は笛から唇を放すと、すっと岩から立ち上がった。それからこちらを振り返った。

「すみません、お邪魔をしてしまいましたか?」

私がそう声をかけると、彼はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。ぼろぼろになった服と、やや厚めの、これもやはりぼろぼろなマント。そして笛。それ以外は何も持っていない。

「すみません」

もう一度声をかけると、にっこりと彼は笑ってそれから私の側まで来て話し始めた。

「いえ、とんでもありません。ここは私にとって特別な場所でして、こんな時に旅人に会えるなんて私も思っていませんでしたから」

太陽はもう沈み、ゆっくりと闇が広がり始めていた。彼は自分をレウレラ・ヒュームだと名乗った。しがない詩人だという。

「ここは、私が彼と初めて出会った場所でした。いえ、実際は彼なのか彼女なのか分からないのですが」

彼に興味を持った私は、今まで一人寂しい旅を続けていた事もあり、彼を座らせると彼の話しに耳を傾けた。

「5年くらい前だと思います。あの頃は、まだこの辺りには緑が溢れてましてね、ちょうど森と平原との境目でした。まだ昼ごろだったのですが、突然辺りが真っ暗になったんです。私が驚いて空を見ますと、空がなくなってしまっていたんです。あ、笑わないで下さいよ。私だってそれをどう表現していいのか分からないんですから。それでですね、実はそれが彼だったんですが、まるで空を覆うように彼が飛んでいたんです。今まであんな大きな生物がいたなんて考えもしなかったのですが、本当に驚きでした。

「そしてね、さらに驚いた事にその彼が私に話し掛けてきたんです。ただ最初私のいた場所から彼の顔が見えていませんでしたから、一体何事かと思ったんですが、次第に彼が体をくねらすと私をまっすぐ見下ろすように、その顔を見る事ができました。それはちょうどですね、ずっと東の方の国に伝わる龍とそっくりな顔をしていました。ええ、実は私その時腰を抜かしてしまっていたんですがね。それで、その話なのですが、彼はもうすぐ寿命だというんです。そして彼が死んだらもしかしたら私たちに影響が出るかもしれないと。

「突然の事でまったく意味が分からなかったのですが、私は何とか彼と少し会話をしました。それから月に一度くらい彼とこの場所で会っていたんです」

少しずつ寒さが増してくる。太陽が完全に沈んでしまい、空には数え切れないくらいの星が輝き始めた。皮肉な事に、この2年で空気が非常に澄んだため、見える星の数が倍くらいなっていた。私は彼の話を少しだけ遮って、以前拾った乾ききった枯れ木に火をつけた。その火が彼を再び赤く照らし出し、煙がゆっくりと空へと昇って行く。一息つくと彼は再び話し始めた。

「それで分かったのですが、彼はいわゆる雲を扱っている存在なのらしいです。ただしその雲は雨雲でして、雨を降らしたり、雷を落としたりというのが彼の仕事らしいのです。そう言われてみると、彼の全体像というのはどことなく雷に似ていました。はい。ですが、彼の言うもうすぐというのは、私たちの感覚とはひどく異なったものでした。おそらく時間の感覚というのが、私たちより数百倍だったといえるでしょう。つまり、彼にとってそれはもう一日と先のことではなかったのですが、私たちにとって3年という時間が残っていたのです」

何時の間にか、彼の言葉が子守唄のように聞こえていた。長旅と不安とで私は疲れ切ってしまっていたのだろう。それから後、彼がどんな話をしていたのか覚えていない。ただ、彼は私が完全に眠りに落ちる前まではずっと話していたし、もしかしたら私が眠ってしまってからもやはりずっと話していたのかもしれない。

ピーヒョロロ・・・。

私が目を覚ましたのは、その笛の音であった。とても寂しい音色が響いている。昨日の話からすると、おそらくその龍の死を悲しんでいるのだろう。辺りはまだ闇に包まれている。

「すみません、起こしてしまいましたか?」

彼は笛を吹くのを止めると、こちらを見た。昨日最初に彼が座っていた場所に、再び彼は座っていた。

「いえ、こちらこそ、なんだか途中で眠ってしまって」

そう言うと私は、今度はこちらから彼の方へと近づいた。

ピーヒョロロ・・・。

もう一度彼は横笛を吹く。私が彼の隣に腰掛けると、彼はそっと横を向きそちらを真っ直ぐ見つめた。自然と私もそちらの方向を見る。夜がうっすらと明けてくるのが分かる。

「あそこに、一際明るく輝いている星があるのですが、見えますか?」

私は彼の視線を追うと、そこには確かに周りの星よりも明るい星がある。

「あれは金星、俗にルシファーと呼ばれている星です」

「ええ、知っています」

彼はとても悲しそうな顔をした。

「あの星は太陽が昇ると消えてしまいます。昔の人はあの星を見ながら、神に反乱しても決して勝つ事のない神話を作り上げたのかもしれません。ルシファーはサタンと言い換えてもかまいません。巨大な蛇とも龍ともつかない姿をしていたといいます。

「私もそれまでは、その神話を信じていたのですが、彼と出会い信じる事ができなくなりました。龍というのはあらゆる世界において神聖なる存在として語られていると聞きます。この広い世界において等しくです。ですが有名なあの神話だけは、龍を敵対視しています。おそらく以前この地域においても、龍は神聖な存在だったのでしょう。それが新たな勢力が入ってきた事によって土着の存在を自らが崇める神の下位神あるいは敵対者としてしまったのだと思います。あ、すいません。私の勝手な意見を押し付けてしまいまして」

彼はこちらを振り返り、本当にすまなそうに両手を合わせた。

「いえ、大丈夫です。この2年間、神は私たちを助けて下さいませんでしたから」

東の空が明るくなる。太陽が昇り始めた。すると、彼が言ったように金星はゆっくりと、そしてあっという間に姿を消してしまった。それに合わせるように、彼が再び話し始めた。

「今日がちょうど彼が死んで2年になるのです。あの金星が太陽に消されるのと同じ瞬間に、彼は消えてしまいました。私は、彼が雨を扱う存在であり、また彼がいなくなる事によって人間界に何か影響が出るかもしれないと分かっていながら、結局何もできませんでした。今、このように多くの世界で人々が苦しんでいるのは私のせいなのです。せっかく彼が最後の力を振り絞って私に教えてくれたというのに」

真っ直ぐ東の空を見つめている彼の瞳が、うっすらと潤んでいる。龍という友と別れた悲しみと、彼自身の自責の念がその瞳に現れている。

「もう一度、笛の音を聞かせていただけませんか?」

そう彼に促すと、彼はうなずき、立ち上がると横笛を口元に当てた。

ピーヒョロロ、ピーピーヒョロロ・・・。

ピーヒョロロ、ピーピーピー・・・。

すると彼は横笛から唇を話し、今度は朗々と詠い出した。



  我が思いのいと拙さは

  儚きこと限りなく

  我が思いのいと小さきは

  決して表出ることはない


  お前が私に伝えてくれた

  お前の大きなその思いは

  私の小さき胸には大きすぎて

  決して治まることができなかった


  私が犯してしまった罪は

  穢れた大地に横たわり

  枯れた世界を作り出し

  お前の思いを無駄にした


  雨よ

  大地を潤すものよ

  今は我が袂をぬらす

  ひとしずくしかなくなってしまった


  もしもお前の大いなる思いが

  今もこの世界にあるならば

  私のために泣いてくれ

  世界のために泣いてくれ



彼は腰を下ろした。それから下をずっと見つめている。私は、彼の詠を聴いていつの間にか涙をためてしまっていた。彼の強い思いがひしひしと伝わってくる。とても悲しい音色。

ピーヒョロロ・・・。

その姿勢のまま、彼が笛を吹いた。

ピーピーヒョロロ・・・。

ピーヒョロロ、ピーピーピー・・・。

私の涙は、何時の間にか堰を切ったようにながれ始めた。あんなにも体が求めていた水分が、体から溢れてくる。不思議な感覚だった。私の涙が地面に落ちたとき、私の肩にも涙が落ちてきた。

見上げると、あんなにも晴れていた空が曇っていた。



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